蒼の箱庭

葎月壱人

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第三章

前哨戦

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真白達が放送で呼び出される少し前から、“朱の大会”会場は異様な熱気で満ちていた。
体育館よりも広い場所の前方にあるステージ上では何か催しでもやっているのか、そこだけ異様に人だかりができている。
盛り上がりを見せる場所へ颯爽と向かう白椿に気づいた何人かが徐々に輪を崩していき、ステージに上がる為の階段までの道が開かれた。
上から左右のスポットライトで照らされた先には、ステージで注目を集めている二人の人物がいる。

一人は、白椿と同じピンク色の髪を半分以上、血に染め両腕を後ろ手で縛られ身体には重そうな鎖が胴体の辺りからぐるぐる巻にされている白椿の双子の片割れ、姫椿。
服は無惨むざんにも切り刻まれた跡があり、露出している白い肌は幾重もの赤い線から血が滲んでいた。
両膝をついて力なく項垂れる頭からは血が滴り落ちているが、大きく肩で息をしている辺りまだ意識はあるみたいだ。
もう一人は、そんな姫椿と相対する形で錆色の大鎌を肩に担いだ赤髪の男、王李は怪我一つなく神妙な面持ちでただ姫椿を見下ろしていた。

「……えーん。まだ決着つかないのぉ?」

わざと泣き真似をしながらステージに上がる白椿に気づいた姫椿は、重い頭を上げ口の中に溜まった血液の唾を吐き捨てた。
夜も明けようとしてた頃、突然部屋中に立ち込めた煙を吸って気づいたらこの有様だ。
王李もまた操られている様だが紙一重の所で致命傷にはならない浅い攻撃をしてくる辺り、完全に操られている訳ではなさそうだ。
唾を吐き捨てられた一瞬だけ忌々しそうに顔を歪めた白椿は、か弱い素振りを見せながら王李の背後に隠れる。

「やだぁ、こわーい。ねぇ、綾瀬?早くアレを殺してくれない?」

綾瀬と呼ばれても、無表情のまま微動だにしないその頬を人差し指で軽く突いても反応は無かった。
小首を傾げて、ステージ上に立ち込める白い煙の匂いを嗅ぐ。
仄かに香る薔薇の匂いは、確かに綾瀬の為に調合したお香のものだ。
量を間違えたかしら?それとも香りだけでは効果が薄いのかもしれない。
ならば直接、体内に注入した方が良さそうと結論づけてから白椿は手を叩きステージを見守る観客達の視線を集めた。

「みなさーん!?“朱の大会”前哨戦、楽しんでますかぁ?」

おおお、と野太い歓声に満面の笑みで両手を広げると、スポットライトが白椿に集中した。
スパンコールを散りばめた赤いマーメイドラインの煌びやかなドレスを身に纏い腰まで伸ばしたピンク色の髪は晴れ舞台である“朱の大会”に合わせて緩く巻かれている。
主催者として場を盛り上げるべく来賓客に対して恭しく一礼をした後、黒子から渡された金のマイクで話し始めた。

「では此処で少しだけ昔語りを。ここにいる彼は、ずっと昔に魔女によって引き離された私の最愛の人です。彼は、私に会う為に学生として身分を偽り、この学園へ入学してきました。そしてこの女……」

バツン、とライトの明かりが姫椿へと移った。

「巷では、零落の魔女と呼ばれている私の双子の片割れ……。そう、私から愛する人を奪っていった張本人!!私は長い間、ずっとずーーーーっと彼を探してきました。そんな私を嘲笑う様に、この魔女は“天狼”を隠れ蓑として世間から彼を隠していたのです。でも私達の愛は今日、魔女に勝利する……だって、私達の愛は、無敵だからっ!!」

わぁっと湧き上がる歓声は、会場全体を大きく震わせた。
断罪を、処刑をと糾弾する声に感極まって涙を流す白椿に対し、益々同情の声が寄せられていく。

「……はぁ」

何だ、この茶番。ド定番過ぎて最高かよ。
おもむろに姫椿が立ち上がると会場にいる誰もが息を呑んだ。
年端も行かない幼女が、みるみる妖艶な女性へと身体つきを変化させ、身じろぎしないまま拘束具を砕いてみせたのだ。
自由になった両手を広げて王李と白椿を誘ってみせる。
せっかくだし零落の魔女として仰々しく、口調もそれっぽくして少し脚色してやろう。

「いいよ、やってごらん?」

姫椿に声をかけられた時、初めて王李の瞳が揺れ動いた。
雲掛かっていた意識が鮮明になって、また操られていた事を苦々しく思う。
そして久しぶりに見る姫椿本来の姿に息を呑んだ。
相変わらず綺麗だった。
サイズが合わなくなった服が窮屈そうに身体に食い込んでいるが、それすらも艶っぽさを増す演出に見える。
綺羅を正気に戻す為に切り捨てた短い髪にすっぽり収まってしまう色白の小顔も、此方の気持ちをもて遊ぶ発言ばかりする唇も、学園生活を共にした姫としての仮の姿も、その全てが王李を……綾瀬を虜にするのだ。

「……出来ない」

自然と口から出た声も聞こえている筈なのに、姫椿は大袈裟に耳に手を当てる仕草をしてまで聞き返してきた。

「ん?」
「っ!!で、出来るかよっ!!くそっ!!」
「ははっ」

軽快に笑われたにも関わらず、反応してくれた事が嬉しくて頬だけでなく耳まで真っ赤にする王李を見た白椿の表情はみるみる険しくなった。

「ど、どうしたの。綾瀬?貴方、そんなんじゃなかった……もっとお人形さんみたいで……何?何をしたのよ!!!」

怒りの矛先はすぐに姫椿へと向けられた。

「何も?」
「嘘おっしゃい!!返してよ……!私の、綾瀬を!!!」
「返すも何も、彼はもう自由よ。好きにすれば」

「「え?」」

ついに名前すら呼ばれなくなった事に心が冷えていく王李と、欲しい物を取り合うでもなく呆気なく譲られた事に驚く白椿の声が綺麗に重なったのが面白くて口元に手を当てて淑やかに笑いながら、はっきりと告げた。

「お好きにどうぞ?」
「はっ。随分と余裕があるのね?待ちなさいよ。この場において、あんたに決定権はないの。ここで死ぬか……そうね、お客様に媚びて買われなさいよ!!」

一気にどよめく会場の反応を見て、白椿は名案だと言わんばかりに手を叩いた。

「零落の魔女の即売会、素敵でしょう?追加商品も到着したみたいだし、皆様大変お待たせしました!!“朱の大会”を盛大に始めましょう!!」

白椿が後方の扉を指差すと、恐る恐る扉を開けて中の様子を伺う真白が見えた。
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