26 / 29
終章
約束
しおりを挟む
三人の処遇を決めた後、カフマはレージに連れられて地下室に急遽設られた簡易ベッドで眠る白椿と対面していた。
冷蔵庫の中を彷彿とさせる寒さの中で、腕や身体に幾つもの管を取り付けられたまま眠る姿は健やかで、一見これは死んでいるんじゃないかと疑ってしまう程に生死の区別がつかない。
カフマは隣でカルテを記入しているレージに問うた。
「これは生きてるのか?」
「うん、意識不明ってやつだよー」
「姫椿は何て?」
ペンを動かす手がピタリと止まり、そこでようやくカフマを見たレージの顔は心底面白いと言わんばかりの笑みだった。
「心が見当たらないって」
「難儀な……」
面倒な匂いしかしないと溜め息をつくカフマの隣でケラケラ笑う。
「壊れに壊れた人間の末路をじっくり観察できるなんて!楽しいなぁ。このまま死んでも卵子凍結してあるから長い時間かけて彼女の博識な頭脳を復元するのもいいね。どちらにせよ、いい買い物だった!僕は幸せだよ」
うっとりしている姿にドン引きしていると、重厚な音を立てて地下室の扉が開かれた。
「失礼します」
「おや?ディー、こんな所までどうしたんだい?」
「カフマ様のお迎えにあがりました」
「おやおや。お前を酷使していいのは僕だけなのに妬けるね。でも待って?その後の進捗はどんな感じなんだい?」
「牡丹についての情報はまだありません」
牡丹。
白椿が綾瀬との間に作ったと噂されている子供。
真偽を調査しているのがイミューノディフィシェンシーなら、安心して任せられる。
もし、子供が生きているならば保護も視野に入れるべきだろうか。
綾瀬と姫椿の家は力に固執するあまり面倒事が多く、子供の存在を知ったら血眼で探し出して幽閉し血族を確保するべく子孫繁栄に努めるだろう。
全て一思いに殺せたら楽なのにと悪い方に考える頭を切り替えて、カフマは命じた。
「念の為、白馬にも確認しろ」
「既に済んでおります。わからない、と」
事実上の手詰まり感が否めないが白椿の虚言で済ませるかの際どいラインだと悩む様子を語っている眉間の皺が濃くなったカフマを見ながら、レージはイミューノディフィシェンシーに話を振った。
「なら業務に余裕があるね?よし、倍に増やそう」
「…………はい?」
「お前が僕に泣きついてくるのをずっと、ずっと待ってるからね?壊れるまで働いておいで?」
このイカれ野郎、と苦々しく呟いたイミューノディフィシェンシーの声をカフマとレージは静かに聞き流した。
◇
「え?男子会?」
「うん、中庭のガゼボで開催してるみたい」
カフマが拠点へと帰ってから数日後のとある昼下がり。
いまだ療養中でベッドに拘束されている姫椿は真白の髪型を整えながら窓の外を覗き込んだ。
確かに白いガゼボに身を寄せ合う三人の姿が確認できる。
そこでどんな会話がされているかも手に取るようにわかってしまう事にジワジワ笑いが込み上げてくるのを堪えながらパチンと真白のポンパドールの部分に花飾りを留めた。
「はーい、できた!まぁ、私が元気になるまで暫く動けないからねぇ。ごめんね、真白」
「全然っ!というか、むしろ回復早くなってない!?」
常々気になっていたんだけど!と切り出して振り返った真白はベッドで人魚座りをしている姫椿を改めて観察した。
意識を取り戻した時は幼女だったのに、今では自分より二、三歳上かな?というレベルまで成長している。
何故?と視線で尋ねてみても、にこやかな笑顔でかわされてしまった。
「そうかな?」
「そうだよ!だって逆に綾瀬が王李サイズになっていってて……ん?」
「ほらほら、見て真白!かーわいいっ!!」
手鏡を向けられた真白は、そこに映る自分を見た途端もう少しで掴めそうだった謎の答えをあっさり手放した。
「ありがとう!」
綺羅に貰った髪留めをつけて心機一転した真白は、これから綾瀬に魔法を教わりに行く。
綾瀬と姫椿の申し出により、二人の娘という事になった真白は晴れて親公認の元、正式に魔法を学べる事になったのだ。
「でもいいの?朱色のリボン、お気に入りだったんじゃない?」
「黎明の鍵につけてるからいいの」
「そう。……しっかし南京錠どこにあるんだろ?このままだと適当な扉に差し込んだら白馬がいる場所に繋がるただの便利鍵だし。本腰入れて探さなくちゃ」
「ただの便利鍵って、それはそれで凄いと思うけど……でも、そうだよね。姫椿の魔力消費され続けちゃうもんね、私も探してみる!」
「ありがとう。あ!白馬にさ、あんた隠してんじゃないの?って聞いておいて?」
「はーい」
いってきます、と元気に駆けていく真白を見送りながら、自分の発言が真実味を帯びている様な気がして姫椿は笑い飛ばした。
「はっ。ま、まさかねー?」
◇
ガゼボで開かれている男子会は女子会やお茶会とは違って殺伐としていた。
むしろ綾瀬の公開処刑が行われていると言ってもいい位、綺羅に糾弾され頭の上がらない綾瀬に挟まれた状態で一人お茶を飲みながら白馬は時を流している。
「ちょっといい加減にしてくれませんかっ!?これ以上、庇いきれませんよ!!」
「はい、すみません」
「真白に好奇の瞳を向けられた時の俺の気持ち分かります!?え?俺から説明しろって!?」
「や、やめてください」
「お前らがやめろよ!!!」
ガチギレである。
肩を怒らせて怒りをぶち撒ける綺羅から綾瀬……というか王李を見ると、本来の姿である黙っていればかっこいい年上のお兄さんだった綾瀬から今は見慣れた学友の王李の姿に戻っていた。
姫椿から何らかの方法で魔力を吸い取られているせいなのだが、それこそ綺羅がキレている主たる原因なのだ。
白馬は飲み干したティーカップを静かに置くと、助けを求める王李と目が合った。
助けて、と瞳が訴えているのを見て静かに微笑みを投げかける。
「お盛んな事で」
「うぁぁぁ、!!この!!裏切り者っ!!!」
「喉に噛み跡が残ってちゃ、もう手遅れだろ。お父さん?」
「お、お父さんって言うなぁぁぁ!!!」
真っ赤になって半べそで怒り出す王李を諌めながら笑う白馬の背後からひょっこり真白が現れた。
「ねぇ、何の話?」
「!!!」
「あっはっは」
青ざめる王李と大笑いしている白馬を見ながら小首を傾げている真白に、話題を逸らすべく綺羅が助け舟を出した。
「あっ!それ、つけてくれたの?」
髪留めを指差す綺羅に照れながら真白は頷く。
「うん!姫椿につけてもらったんだ!どうかな?」
「似合ってる。嬉しいな、捨てたんじゃないかと思ってたから」
「お、おいおい!?!?黒綺羅が混ざってて感想が怪しくなってるぞ」
「え?」
「あ、すみません!!もう黙ります」
「真白。綺羅とお父さんは取り込み中だから、少し散歩しに行かないか」
「え?大丈夫なの?お父さん」
「大丈夫、大丈夫」
「……お前ら馬鹿にしてぇぇぇぇ」
恨めしげな声を上げる王李とドス黒い笑顔の綺羅に見送られ、半ば強制的に腕を引かれた真白は白馬に連れられガゼボを離れていった。
「ねぇ、どこいくの?」
「こっち」
並木通りを進み、二人が辿り着いたのは学園の入り口に君臨する巨大な正門。丁度、開閉確認の為に扉が仰々しい音を立て開け放たれていく最中だった。
中々お目にかかる事のない貴重な光景を目の当たりにしている真白に、思わず白馬は微笑んだ。
「あ、圧巻……」
突如として目の前に開かれた道は、ずっと夢見てた外の世界に繋がっているのだと思うと胸が高鳴った。
きっかけをくれたのは、綺羅。
夢を膨らませてくれたのは、白馬。
そして今日まで諦める事なく夢を繋いでくれたのは、綾瀬と姫椿。
皆の後押しがあったからこそ、この場所に立てている事を実感しながら前を見据える。
「緊張してる?」
真白の隣に立ちながら質問する白馬に頷く。
「少し……けど、わくわくが勝ってる!」
「離れがたく思ってるのは俺だけ?」
「え?」
「あんなに一緒にいたいって言ってたのに」
「は、白馬?」
「嘘だよ」
顔を赤て困ったように照れる真白の頭を軽く触る。
わかってる。この学園を運営し続ける事が自分に課せられた贖罪だと。
「びっくりした……今度は私が白馬に土産話を沢山聞かせてあげる番だからね」
「ん、待ってる」
扉が閉まる為にゆっくりと動き出そうとしている音を聞きながら真白の足が学園と外との境に到達した。
振り返れば背後に住み慣れた学園が昼間の太陽を浴び、煌々とそびえ立っていた。
衣食住を全て共にし、色々あった学び舎。
そして学園の敷地内で優しく見守ってくれる白馬の瞳を見つめながら、ずっとしこりの様に残っている疑問を口にしようとした時だった。
「ねぇ、雪乃って……」
ざぁっと、一陣の風が吹き抜ける。
まるで真白の質問を掻き消す為に吹いた風に煽られる髪を押さえながら、聞こえなかったと小首を傾げて続きを促す白馬に、真白は首を振った。
「ううん。やっぱり、何でもない」
そうか、と答える白馬の傍に戻った真白はポケットから朱色のリボンを結びつけた黎明の鍵を取り出した。
「南京錠、どこにあるんだろ?」
「さぁ」
興味なさそうな返答をする白馬に畳み掛ける。
「もしかして持ってる?」
両手を広げて肩を竦める白馬に口を尖らせながら、もう片方のポケットに入れてた朱色のリボンを取り出す。
黎明の鍵に結ぶには長すぎたので、見つかったら南京錠にも結ぼうと思って用意したものを見ていると、白馬もリボンに気付いたのかおもむろに手を出してきた。
「見つけたら結んでおくよ」
「本当?」
「でも黎明の鍵を南京錠に差し込んだら消えるんじゃないか?」
「え、消さないよ。私、これから魔法を沢山勉強してこの黎明の鍵と対になってる南京錠を維持し続けるんだから」
「……そんなに大事?俺はここに居るんだし、普通に帰ってくれば」
「駄目!嫌!!会いたくなったらすぐ白馬のところに帰れるのに」
寂しいのって我慢できないよ!と頭を抱える真白を尻目に白馬は預かった朱色のリボンに口づけた。
「なら一生見つからないままの方がいいかな」
「え?」
「頑張れよって話。なぁ、“朱の大会”で優勝したら聞いて欲しい願いって何?」
「え、覚えてたの?!」
「忘れないよ」
面食らった顔をしている真白に悪戯っぽい笑みを返すと、真白の顔が真っ赤になった。
「あの時は一緒に旅をしませんか?だったんだけど今は、ちょっと変わって。ずっと一緒にいてください……です」
控えめに差し出された手を、躊躇なく取る。
迷いのない行動に驚く真白の目の前で、手の甲に口づけて見せた。
「いいよ。真白が帰る場所は、俺だ」
ガゼボに置き去りにしてきた綾瀬と同じくらい茹蛸状態になって口をパクパクさせている真白の手を握ったまま白馬は学園の方向へと踵を返す。
「さて。帰りますよー」
白馬と一緒に旅をする事は出来ないけど、帰りを待つ場所として傍に居続けてくれるんだと、握られた手を見ながらゆっくりと実感していく気持ちを心に染み込ませた。
熱った頬を開いている手で仰ぎながら、先程の白馬の言葉を何度も反芻して嬉しくなってニヤニヤが止まらない。
白馬が前を向いてて良かった。
温かくて大切な人達と共に進む私の物語は、もう少し先の未来から学園を飛び出して新しく始まろうとしている。
けれど今はまだ貴方の隣で、そっと幸せに満たされていたい。
fin
冷蔵庫の中を彷彿とさせる寒さの中で、腕や身体に幾つもの管を取り付けられたまま眠る姿は健やかで、一見これは死んでいるんじゃないかと疑ってしまう程に生死の区別がつかない。
カフマは隣でカルテを記入しているレージに問うた。
「これは生きてるのか?」
「うん、意識不明ってやつだよー」
「姫椿は何て?」
ペンを動かす手がピタリと止まり、そこでようやくカフマを見たレージの顔は心底面白いと言わんばかりの笑みだった。
「心が見当たらないって」
「難儀な……」
面倒な匂いしかしないと溜め息をつくカフマの隣でケラケラ笑う。
「壊れに壊れた人間の末路をじっくり観察できるなんて!楽しいなぁ。このまま死んでも卵子凍結してあるから長い時間かけて彼女の博識な頭脳を復元するのもいいね。どちらにせよ、いい買い物だった!僕は幸せだよ」
うっとりしている姿にドン引きしていると、重厚な音を立てて地下室の扉が開かれた。
「失礼します」
「おや?ディー、こんな所までどうしたんだい?」
「カフマ様のお迎えにあがりました」
「おやおや。お前を酷使していいのは僕だけなのに妬けるね。でも待って?その後の進捗はどんな感じなんだい?」
「牡丹についての情報はまだありません」
牡丹。
白椿が綾瀬との間に作ったと噂されている子供。
真偽を調査しているのがイミューノディフィシェンシーなら、安心して任せられる。
もし、子供が生きているならば保護も視野に入れるべきだろうか。
綾瀬と姫椿の家は力に固執するあまり面倒事が多く、子供の存在を知ったら血眼で探し出して幽閉し血族を確保するべく子孫繁栄に努めるだろう。
全て一思いに殺せたら楽なのにと悪い方に考える頭を切り替えて、カフマは命じた。
「念の為、白馬にも確認しろ」
「既に済んでおります。わからない、と」
事実上の手詰まり感が否めないが白椿の虚言で済ませるかの際どいラインだと悩む様子を語っている眉間の皺が濃くなったカフマを見ながら、レージはイミューノディフィシェンシーに話を振った。
「なら業務に余裕があるね?よし、倍に増やそう」
「…………はい?」
「お前が僕に泣きついてくるのをずっと、ずっと待ってるからね?壊れるまで働いておいで?」
このイカれ野郎、と苦々しく呟いたイミューノディフィシェンシーの声をカフマとレージは静かに聞き流した。
◇
「え?男子会?」
「うん、中庭のガゼボで開催してるみたい」
カフマが拠点へと帰ってから数日後のとある昼下がり。
いまだ療養中でベッドに拘束されている姫椿は真白の髪型を整えながら窓の外を覗き込んだ。
確かに白いガゼボに身を寄せ合う三人の姿が確認できる。
そこでどんな会話がされているかも手に取るようにわかってしまう事にジワジワ笑いが込み上げてくるのを堪えながらパチンと真白のポンパドールの部分に花飾りを留めた。
「はーい、できた!まぁ、私が元気になるまで暫く動けないからねぇ。ごめんね、真白」
「全然っ!というか、むしろ回復早くなってない!?」
常々気になっていたんだけど!と切り出して振り返った真白はベッドで人魚座りをしている姫椿を改めて観察した。
意識を取り戻した時は幼女だったのに、今では自分より二、三歳上かな?というレベルまで成長している。
何故?と視線で尋ねてみても、にこやかな笑顔でかわされてしまった。
「そうかな?」
「そうだよ!だって逆に綾瀬が王李サイズになっていってて……ん?」
「ほらほら、見て真白!かーわいいっ!!」
手鏡を向けられた真白は、そこに映る自分を見た途端もう少しで掴めそうだった謎の答えをあっさり手放した。
「ありがとう!」
綺羅に貰った髪留めをつけて心機一転した真白は、これから綾瀬に魔法を教わりに行く。
綾瀬と姫椿の申し出により、二人の娘という事になった真白は晴れて親公認の元、正式に魔法を学べる事になったのだ。
「でもいいの?朱色のリボン、お気に入りだったんじゃない?」
「黎明の鍵につけてるからいいの」
「そう。……しっかし南京錠どこにあるんだろ?このままだと適当な扉に差し込んだら白馬がいる場所に繋がるただの便利鍵だし。本腰入れて探さなくちゃ」
「ただの便利鍵って、それはそれで凄いと思うけど……でも、そうだよね。姫椿の魔力消費され続けちゃうもんね、私も探してみる!」
「ありがとう。あ!白馬にさ、あんた隠してんじゃないの?って聞いておいて?」
「はーい」
いってきます、と元気に駆けていく真白を見送りながら、自分の発言が真実味を帯びている様な気がして姫椿は笑い飛ばした。
「はっ。ま、まさかねー?」
◇
ガゼボで開かれている男子会は女子会やお茶会とは違って殺伐としていた。
むしろ綾瀬の公開処刑が行われていると言ってもいい位、綺羅に糾弾され頭の上がらない綾瀬に挟まれた状態で一人お茶を飲みながら白馬は時を流している。
「ちょっといい加減にしてくれませんかっ!?これ以上、庇いきれませんよ!!」
「はい、すみません」
「真白に好奇の瞳を向けられた時の俺の気持ち分かります!?え?俺から説明しろって!?」
「や、やめてください」
「お前らがやめろよ!!!」
ガチギレである。
肩を怒らせて怒りをぶち撒ける綺羅から綾瀬……というか王李を見ると、本来の姿である黙っていればかっこいい年上のお兄さんだった綾瀬から今は見慣れた学友の王李の姿に戻っていた。
姫椿から何らかの方法で魔力を吸い取られているせいなのだが、それこそ綺羅がキレている主たる原因なのだ。
白馬は飲み干したティーカップを静かに置くと、助けを求める王李と目が合った。
助けて、と瞳が訴えているのを見て静かに微笑みを投げかける。
「お盛んな事で」
「うぁぁぁ、!!この!!裏切り者っ!!!」
「喉に噛み跡が残ってちゃ、もう手遅れだろ。お父さん?」
「お、お父さんって言うなぁぁぁ!!!」
真っ赤になって半べそで怒り出す王李を諌めながら笑う白馬の背後からひょっこり真白が現れた。
「ねぇ、何の話?」
「!!!」
「あっはっは」
青ざめる王李と大笑いしている白馬を見ながら小首を傾げている真白に、話題を逸らすべく綺羅が助け舟を出した。
「あっ!それ、つけてくれたの?」
髪留めを指差す綺羅に照れながら真白は頷く。
「うん!姫椿につけてもらったんだ!どうかな?」
「似合ってる。嬉しいな、捨てたんじゃないかと思ってたから」
「お、おいおい!?!?黒綺羅が混ざってて感想が怪しくなってるぞ」
「え?」
「あ、すみません!!もう黙ります」
「真白。綺羅とお父さんは取り込み中だから、少し散歩しに行かないか」
「え?大丈夫なの?お父さん」
「大丈夫、大丈夫」
「……お前ら馬鹿にしてぇぇぇぇ」
恨めしげな声を上げる王李とドス黒い笑顔の綺羅に見送られ、半ば強制的に腕を引かれた真白は白馬に連れられガゼボを離れていった。
「ねぇ、どこいくの?」
「こっち」
並木通りを進み、二人が辿り着いたのは学園の入り口に君臨する巨大な正門。丁度、開閉確認の為に扉が仰々しい音を立て開け放たれていく最中だった。
中々お目にかかる事のない貴重な光景を目の当たりにしている真白に、思わず白馬は微笑んだ。
「あ、圧巻……」
突如として目の前に開かれた道は、ずっと夢見てた外の世界に繋がっているのだと思うと胸が高鳴った。
きっかけをくれたのは、綺羅。
夢を膨らませてくれたのは、白馬。
そして今日まで諦める事なく夢を繋いでくれたのは、綾瀬と姫椿。
皆の後押しがあったからこそ、この場所に立てている事を実感しながら前を見据える。
「緊張してる?」
真白の隣に立ちながら質問する白馬に頷く。
「少し……けど、わくわくが勝ってる!」
「離れがたく思ってるのは俺だけ?」
「え?」
「あんなに一緒にいたいって言ってたのに」
「は、白馬?」
「嘘だよ」
顔を赤て困ったように照れる真白の頭を軽く触る。
わかってる。この学園を運営し続ける事が自分に課せられた贖罪だと。
「びっくりした……今度は私が白馬に土産話を沢山聞かせてあげる番だからね」
「ん、待ってる」
扉が閉まる為にゆっくりと動き出そうとしている音を聞きながら真白の足が学園と外との境に到達した。
振り返れば背後に住み慣れた学園が昼間の太陽を浴び、煌々とそびえ立っていた。
衣食住を全て共にし、色々あった学び舎。
そして学園の敷地内で優しく見守ってくれる白馬の瞳を見つめながら、ずっとしこりの様に残っている疑問を口にしようとした時だった。
「ねぇ、雪乃って……」
ざぁっと、一陣の風が吹き抜ける。
まるで真白の質問を掻き消す為に吹いた風に煽られる髪を押さえながら、聞こえなかったと小首を傾げて続きを促す白馬に、真白は首を振った。
「ううん。やっぱり、何でもない」
そうか、と答える白馬の傍に戻った真白はポケットから朱色のリボンを結びつけた黎明の鍵を取り出した。
「南京錠、どこにあるんだろ?」
「さぁ」
興味なさそうな返答をする白馬に畳み掛ける。
「もしかして持ってる?」
両手を広げて肩を竦める白馬に口を尖らせながら、もう片方のポケットに入れてた朱色のリボンを取り出す。
黎明の鍵に結ぶには長すぎたので、見つかったら南京錠にも結ぼうと思って用意したものを見ていると、白馬もリボンに気付いたのかおもむろに手を出してきた。
「見つけたら結んでおくよ」
「本当?」
「でも黎明の鍵を南京錠に差し込んだら消えるんじゃないか?」
「え、消さないよ。私、これから魔法を沢山勉強してこの黎明の鍵と対になってる南京錠を維持し続けるんだから」
「……そんなに大事?俺はここに居るんだし、普通に帰ってくれば」
「駄目!嫌!!会いたくなったらすぐ白馬のところに帰れるのに」
寂しいのって我慢できないよ!と頭を抱える真白を尻目に白馬は預かった朱色のリボンに口づけた。
「なら一生見つからないままの方がいいかな」
「え?」
「頑張れよって話。なぁ、“朱の大会”で優勝したら聞いて欲しい願いって何?」
「え、覚えてたの?!」
「忘れないよ」
面食らった顔をしている真白に悪戯っぽい笑みを返すと、真白の顔が真っ赤になった。
「あの時は一緒に旅をしませんか?だったんだけど今は、ちょっと変わって。ずっと一緒にいてください……です」
控えめに差し出された手を、躊躇なく取る。
迷いのない行動に驚く真白の目の前で、手の甲に口づけて見せた。
「いいよ。真白が帰る場所は、俺だ」
ガゼボに置き去りにしてきた綾瀬と同じくらい茹蛸状態になって口をパクパクさせている真白の手を握ったまま白馬は学園の方向へと踵を返す。
「さて。帰りますよー」
白馬と一緒に旅をする事は出来ないけど、帰りを待つ場所として傍に居続けてくれるんだと、握られた手を見ながらゆっくりと実感していく気持ちを心に染み込ませた。
熱った頬を開いている手で仰ぎながら、先程の白馬の言葉を何度も反芻して嬉しくなってニヤニヤが止まらない。
白馬が前を向いてて良かった。
温かくて大切な人達と共に進む私の物語は、もう少し先の未来から学園を飛び出して新しく始まろうとしている。
けれど今はまだ貴方の隣で、そっと幸せに満たされていたい。
fin
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
泡沫の小話
葎月壱人
ファンタジー
【5000字前後のショートストーリー集】
連載をするまでもない、けど書きたい!そんな小話達。
流行りの王道っぽいものを目指してみたものの出来上がる作品は“思ってたのと違う”ものばかり。
どうしてこうなった?何が違う?え?全部違う?根本的に??は?
……そんな感じで楽しく模索した軌跡。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる