蒼の箱庭

葎月壱人

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第一章

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4人が案内されたのは、学園長が来賓をもてなす時に使う大部屋だった。
ダンスホール並の広さの中、音楽家による優雅な演奏が場に花を添え立食パーティー形式で各々楽しんでいる様子は昼時の食堂の喧騒に似ている。
ここが学園の中だとは思えず、急に大人びた世界へ放り出された戸惑いと熱気を帯びた甘い香りと場の雰囲気に圧倒されて動けずにいると、急にスポットライトの熱さと眩しさが4人を包む。
会場は4人の登場により最高潮の盛り上がりをみせ、豪雨の様な拍手と共に向けられた周囲の視線に真白は思わず息を呑んだ。
誰もが皆、目元を隠す仮面をつけているのだ。

「おぉ。これは」
「流石、気品高い」
「可愛らしい子」
「ほう……」

口々に感想やら感嘆の声を漏らしながら距離を詰め4人を囲む。
仮面の奥の瞳はギラギラと光り、中には上から下まで舐め回す視線すら感じる。
なんだか品定めされている感じがする嫌悪感と居心地の悪さに身じろぎしていると、何処からともなく伸びてきた手に真白は腕を触られた。

「これは失礼。お嬢さん」

クスクス笑い声が響く中、私も、私もと悪びれる様子もなく沢山の手が伸び、まるで一つの人形を取り合う子供達の様な無邪気さと無遠慮さに恐怖で動けない真白を強引に抱き寄せたのは白馬だった。

「触るな」

一喝する白馬の声に静まり返る室内に、やんわりとした学園長の声が響いた。

「皆様、はやる気持ちはわかりますが……ね?まずは私の可愛い生徒達の紹介をさせて下さいな」

そう声掛けすると、今度は学園長の周りに人だかりが形成されていった。
自分達の周りに人が居なくなったのを見届けてから、白馬は真白を解放する。
よほど怖かったのか両手を胸の前で握りしめ、青白い顔をしたまま震えている真白は白馬に気づいてない様子だった。

「真白、大丈夫だから」

優しく声を掛けながら頬に触れると、ようやく目があう。
真白は白馬にお礼を言いたかったのに声が出ず、自分の意に反してまだ小刻みに震える手を握る。
大丈夫、大丈夫。
何度も自分に言い聞かせている小さな呟きは、白馬に届いていた。
真白を安心させる為に頭を撫でていると王李が疲れた様子で二人の近くに寄ってきた。

「し、尻触られた」
「どうでもいい」
「ひどい!」

憤慨する王李を余所に、気遣わしげに雪乃が真白の傍に来て声をかけた。

「大丈夫?顔色が悪いわ、少し外の空気を吸いましょう。白馬くん、後は私に任せて?」

雪乃の提案に、一瞬だけ躊躇う白馬に気づいた真白は笑みを返す。

「行ってくる」
「……そうか。雪乃、頼む」
「えぇ」

真白は雪乃に肩を抱かれテラスへ出た。
まだ正午にも満たない明るい時間帯なのに、心はどんより曇っていた。
しかし徐々に緊張も解れて気持ちも落ち着いてくると森林の香りがふわりと風に乗って吹き流れていくのを感じる事が出来る。
今は、たったそれだけの事が泣きたくなる位、有難かった。

「……ありがとう、雪乃」

隣に立つ雪乃にお礼を言うと、小さく微笑みを返してくれた。
今までの態度が嘘みたい。
前に戻ったのかと勘違いしそうになるが、心のどこかで警鐘も聞こえてる。
何か、ある。
それは小さな確信だった。

「あのね、真白。貴女に是非紹介したい方々がいるの」

嫌な予感が的中するなんて、この時は思いもよらなかった。

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