蒼の箱庭

葎月壱人

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第一章

親友

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その時、校内放送用のスピーカーに雑音が入った。
反射的に顔を向けると軽快なノリでアナウンスが入る。

“ピンポンパンポーン♪えーっとぉ。えーっとぉ。あ!はぁーくん、はぁーくん!聞こえる?聞こえるかな?あれれ?はぁーくんのお返事が聞こえない!やーん、聞こえないからもう一方的にお話するよ?あのね~?私のトコロに、き・て・ね??プププッ!!”

「……恥ずかしい」

白馬は、頭を片手で抑えながら毒づいた。
先程の無駄にテンションが高く、甘ったるい声の持ち主は白馬と同時期に他国から赴任されてきた学園長の白椿。
姫と同じピンク色の髪をツインテールに結び、ギリギリまで胸と身体のラインを強調した漆黒のワンピースは魔性の女スタイルらしい。

「すまない真白。行ってくる」
「あ、うん。最近よく呼び出されてるけど、何かしたの?」
「……なにも」

疲れた様に答える白馬に向けて真白はそっと合掌した。
学園一の秀才ともなると、色々あるのだろう。流石です、白馬さま。
そんな事を思いながら学長室へ向かう白馬を見送り、真白は改めて寮棟を目指した。

雪乃と喧嘩の様な言い合いになる事は珍しくなかった。
本音で向き合える相手だからこそ衝突は避けられないと思うが、正直あまり良い気はしない。
自分の気持ちを真っ向から伝える所は雪乃の長所だが、常に自分が正しいと思っている節があり、そうなると絶対に折れない。
私達はお互いの気持ちを吐き出して折り合いをつけ納得し歩み寄る事が苦手だ。
原因は私にもあって、頑固だし、ついつい言い返してしまう所も火に油を注ぐ結果となってしまうのだが……
そうなったら最悪で、雪乃は気持ちの切り替えに1週間どころか一ヵ月も部屋を出てしまう。
その後、何事もなかった様に普段通りになるのだ。
最早この毎度お決まりのサイクルは一種の中毒に感じる。

「……嫌だな」

またこの過程を踏むのかと思うと胸に重たい物が広がってきた。
自室の扉の前で一旦、立ち止まる。
その時、先に雪乃を追って教室を出た姫に道中会わなかった事を思い出した。もしかしたら既に二人は、部屋にいるのかもしれない。
真白は、雪乃と二人きりじゃないという淡い期待を抱きながら深呼吸して扉を開けた。

「雪乃?姫?」

返事はない。 
部屋に入ると両脇に二段ベッドがあり圧迫感があるが、昔は生徒数が多く、今は二人で使っている部屋を四人で使っていた時の名残だ。
中央の通路を抜けると背中合わせに勉強机が完備されている。
雪乃は自分の席に座っていて、真白が入ってきても振り向きもしなかった。
姫が来ていない事に絶望したが、平静を保って雪乃に再度声を掛けてみた。

「雪乃、今、いい?」

「………。」

やはり返事はない。
何をしているのか背後から覗いてみると、気を紛らわす為なのか参考書が開かれていた。
邪魔にならないように真白も自分の席に座る。
とっちらかっている自分の机周りとは対照的に整理整頓されている雪乃のスペースを見ながら私達って本当に対照的だな、と思いつつ話を切り出した。

「さっきの話なんだけどね?私、どうしても大会に出たかった。優勝して外の世界を見てみたいの」

雪乃の背中を見ながら言葉を探す。

「大会の出場条件って正規だと男女成績優秀者でしょう?ほら、私って馬鹿だから成績も下だし。だから“特別枠”を狙って」

「そんな事はどうでもいいの。私が言いたいのは……!!」

荒ぶる感情のまま振り返った雪乃の瞳は涙で真っ赤だった。
泣きはらした顔のまま驚く真白を睨む。

「どうして白馬くんを巻き込むの?一人じゃ何も出来ないの?」
「誰かに賛成して欲しかったの」
「何それ、だったら私に言ってくれれば!!」

真白は言おうか言うまいか一瞬悩んだ。
白馬の為を思って涙する雪乃を傷つけてしまう……
それに“無神経”という先程の言葉が重く胸に響いていた。
それでもこのままじゃいけない、いけないよ、と自分に言い聞かせ口を開く。

「雪乃は、色々考えた上での結論を教えてくれるよね。できるか、できないか」
「当たり前じゃない」
「うん、でもね?私。無条件で賛成して欲しかったんだ。背中を押して欲しかった。白馬なら、私の欲しい回答をくれるって思った」

“がんばれ”

その一言が欲しかった。
白馬なら、言ってくれる。そういう人だから。
言い切ってしまったら、少し楽になれるとか思ったけど大間違いだった。
恐る恐る雪乃を見ると、いつぞやと同じ様に信じられないものを見るかのように大きく目を見開いている。
そして何か言葉を発しようとして口を動かすが、頭の中で整理しきれてないのか言葉は出ないみたいだった。
長いようで短い沈黙が部屋中を重たく満たす。
横顔に当たる夕日の光の熱さに、時がもう夕暮れであることを漠然と知った。
部屋を紅く染める中、雪乃と真白の影が二段ベッドの方へ長く伸びる。
交わることが無い様に、真っ直ぐに。

「わ……」

一段と小さな声で雪乃が声を震わせる。

「私達、親友じゃなかったのね?」 

ん、何故そうなる?

「そんな事、ないよ!雪乃は大事な友達だよ!!」

答えてから“しまった”と思った。
答え方を間違えた。
“親友”というワードにただならぬ拘こだわりを持つ雪乃には言ってはいけない言葉だった。
後悔も遅く、見逃さないとばかりに再び雪乃が声を荒らげた。

「大切な……友達?友達なの?私は!!!親友だと思ってたのに!!!」
「ごめん」
「……ごめんって、何?何に対してのごめんなの?」

真白が答えようと口を開きかけると、雪乃はキツく目を閉じ、耳を塞ぎ、首を振り、全力で真白を拒絶した。

「止めて!!聞きたくないわ!!もう……もう一人にさせて!!!!」

絞り出す様に言われて、真白はそれ以上何も言えなくなってしまった。
こんな筈じゃなかったのに。
何か言わないと駄目なのに、でも、もう何を言っても今の雪乃には届かない。
取りつく島なく部屋を出た真白の前に、心配そうに此方を見上げている姫がいた。

「ましろ……」

ちゃんと笑えてたか、自信がない。
目頭が熱くなる。
でもこれ以上、私には何もできない。

「姫、お願いしてもいい?私だと……傷つけちゃうから」

今できる精一杯の笑顔を姫に見せた。
唇をキツく結び、姫が頷うなずく姿を見届け、真白は静かに部屋を後にした。

「……。」

姫は物悲しそうな真白になんと声を掛けていいのか分からなかった。
気丈に振る舞う真白をこの場から一刻も早く立ち去らせてあげたいと切に思った。
私が遅かったから、また二人が喧嘩してしまった?
違う。
きっと間に合っていたとしても雪乃の態度は変わらない。
雪乃が、あんな風に真白を一方的に責めるのは今に始まったことでは無い。
“特別枠”の相談だって必ず親友を通さなくてもいい筈だ。
相談を受けた白馬だって自分で決めた事だ。
白馬の彼女でも何でもない雪乃が、どうこう言うものでも無いだろうに。
思い返せば思い返す度に怒りが込み上げてくる。

え?
真白、何も悪くなくない?

今回ばかりは我慢の限界だ。
よし!私、ガツンと言ってやる!!!

強い決意で、扉を開けて子供みたいに泣いている雪乃に対峙する。
パンッと乾いた音が廊下にまで響いた事と叱責の声は閉まる扉によって真白には聞こえなかった。
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