蒼の箱庭

葎月壱人

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序章

秘めた約束

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朱の大会を目指すきっかけはなんだったろう?
昔は漠然とここから出たいって気持ちだけだった。
その事を雪乃に打ち明けた時、信じられないものを見るような反応が即座に返ってきたっけ。
それ位、学園の生活は充実しているのだ。
生徒は皆、二十歳を迎えるまで学園から出られない決まりもあり、適正年齢になるまで外の世界を思う事自体がおかしいとさえ言われた。

“だってそうでしょう?事実、あと何年かしたら嫌でも出るじゃない”

それが雪乃の言い分だった。

“真白は、何が不満なの?”

不満なんて、ない。
ただ学園の外に出てみたかったの。
学園全体を覆う白い城壁を見たことはある?城壁の向こうには少しの緑と青い海が見えた。
私は、あれを見た時からずっと……外に惹き寄せられている。

“馬鹿馬鹿しい”

いい?真白。私達はとても恵まれた場所にいるのよ?
欲しいものは全て物品要求書を提出すれば後日支給され、外へ出ずともバーチャル体験が可能な施設が完備されてるし。
学園内であれば全て許される環境、施設も多数。
それなのに城壁まで行ったの?
先生方に知られたらどうなってた事か!!

怒る雪乃に、あの時はひたすら「ごめん」と言って、それ以上何も言えなくなってしまった。
そしてそれ以来、外の話をするのは避けている。
理解してもらえないこの気持ちは、おかしいのかもしれない。
真白は、口をつぐんで誰にも話さないまま胸に燻る思いの答えを求めて連日図書室に通いつめた。
学園の外を知らない私達は、林檎の国の情勢や城壁の向こう側の生活環境についても無知だった。
不信感が増していったのは、数多くの蔵書を誇る学園の図書室にも、地理や歴史、経済などの類の本が1冊も無かった事だ。
豊富にあるのは成績を上げる為の参考書や資料だけ。
そんな矢先に留学生としてやってきた白馬との出会いが私の人生を変える決定打になった。

“ねぇ!お願い。外の話を聞かせて?私、外に興味があるの”

面食らった白馬の顔を今でも思い出せる。
毎日毎日拝み倒して渋々聞かせてくれる話は、図書室にある本よりも先生の授業よりも楽しくて、ずっと聞いていたかった。

人魚のいる港町ホワイトリーフ
絵の中に入れる美術館
眠らない国アズリング
連勝し続ける女王がいる闘技場

他言無用を条件に教えてもらった話を頭の中で何度も反芻した。
それからだ。
朱の大会に出場して優勝しようと思ったのは。





「真白」

背後からの声に足を止め振り向くと、渡り廊下の近くにある木陰で女子に囲まれ迷惑そうにしている白馬と目があった。
あそこは白馬のお気に入りの場所で、よく授業をサボっては昼寝をしているのだが今日は起きるタイミングを逃して目覚めたら女子に囲まれ身動きが取れなくなってしまったのだろう。
王李だったら泣いて喜ぶシチュエーションなだけに心底絶望している白馬の冷めきった顔が面白く感じてしまう。

「はく……」

返事をしようとして上げた手を、下ろす。
小首をかしげる白馬に釣られ、白馬の周りにいる女子数名からの視線も感じ始めた。
その見目麗しい容姿も相まって白馬は学園中の女生徒から異常な程人気がある。
彼が歩くだけで金魚のフンみたいな行列が出来たりするのだ。
しかし皆、馴れ馴れしく話し掛けたりはしない。
怒られるか怒られないかの距離を保ち続け、冷静沈着な白馬がたまに見せる感情をあらわにした顔が極上なのだと。
特に節目がちな目で微笑まれた日には保健室がいっぱいになる程、救護者が出るらしい。
そんな乙女事情を知っているからこそ、返事を躊躇した。
白馬が犠牲になればその他大勢が笑顔になるなら、そっとしておこう。
一人意味深に頷く真白を笑顔で見つめたまま白馬は逃がさないとばかりに、もう一度声を掛けた。

「真白」

白馬の笑顔に取巻き達から悲鳴が上がる。
しかし真白には、白馬の背後からどす黒いオーラが滲み出ている様にしか見えなかった。
“早くなんとかしろ”と言わんばかりの迫力をひしひしと感じる。
逆らってはいけない。
ついに観念した真白は、引きつった笑みを浮かべながら手を上げ答えた。

「白馬!!王李が探してたよ!」

わざとらしかっただろうか?しかし反応はすぐにあった。
群がる女子の頭から白馬の肩から上だけが飛び出て見えていたのに、パラパラと数名の女子が白馬の為に道を開け隠れていた全身が確認できた。
そして真白の目の前まで来ると、白馬は顔を近づけて真白に耳打ちした。

「助かった」
「お役に立てて何よりです」

皮肉を込めて答えると、白馬は優しく真白の頭を撫でた。
すると背後でこれまた甲高い歓声が湧く。

「うぅゔ……」

また変な噂が立つに決まってる。
それを知っててわざとやっているのだ。
白馬は、完全に遊ばれたと口をへの字に曲げて怒りを堪えている真白の腰に手を回し歩く様に促しながら話題を変えた。

「それで?見たのか?掲示」
「あ!そうなの!!“特別枠”獲れたよ!白馬、ありがとう」
「それは真白の頑張りだよ」
「謙遜しちゃって!俺が特別枠に選ばれれば次に成績の良い王李が正規で選ばれるって予想も当たってたんだよ」

こんな感じー、と、いきなり立ち止まり腕組みをして神妙な面持ちの白馬を再現した真白の頭を“似てない”と小突く。

「良かったな」
「うん!本当に!ありがとう」

真白の屈託のない笑顔に、普段無表情な白馬の口角も少しだけ上がった様に見えた。

「それで?何処か急いでたのか?」
「あ……うん。ちょっとね」

そこまで言ってから、真白は隣を歩く白馬の横顔を見上げた。
背の高い白馬の白い髪が陽の光を受けて銀色に光って眩しい。さして気にした様子もない生返事の後に、言おうか言わないでいるか悩んでいた事をポツリと呟いた。

「あのさ、“特別枠”に付き合わせてごめんね」
「何だそれ」

呆れた様に白馬の青い瞳が細められ、向けられた視線から逃れるべく真白は前を向き直して話続けた。

「いやほら。白馬は学園一の秀才だったのに……」

それを聞いた白馬は、益々呆れたみたいで声のトーンもどんどん下がり、冷たいと感じてしまう程になる。

「雪乃はそんな事で怒っているのか」

言葉に詰まる真白の反応に図星かと思いながら、白馬は足を止めた。

「俺が勝手にしただけだ。お前が負い目を感じる事はない」
「でも」
「でも、だって、禁止。気にするな、それだけでいい」

言い聞かせる声に、不覚にも真白は泣きそうになってしまった。
白馬がこっちを見ているのに顔を上げられそうもない。

「ねぇ、白馬」
「ん?」
「私、絶対優勝して、外の世界を旅する。ありがとう、私に夢をくれて」

突然の言葉に白馬は面食った。
普段、二人きりの時でもこんな真面目な話などした事はない。
言った本人すら恥ずかしいのか、泣き笑いの様な顔をして笑っている。
その笑顔は、出会った頃から変わらない。
明るくて奔放で眩しすぎる位、芯のある少女。
外の国の話を目を輝かせて聞く姿は、いつも眠る時に物語をせがむ子供の様だった。
放課後必ず図書室へ通い、分厚い本を引っ張り出しては読み耽る姿を何度も見てきた。
国内最大級の蔵書数を誇る学園の図書から得た知識の量は、この学園の誰よりも膨大な物になる筈。
そんな奴が“特別枠”を狙っていたなんて、真白から打ち明けられるまで信じられなかった。
正規で挑むとばかり思っていた俺に小さく答えた真白の言葉を今も覚えている。

「……あのね?ずっと前に雪乃も王李も大会に出てみたいって言ってたの。二人共忘れてるかもしれないけど、一緒に参加できたらいいなって」

思えば、あからさまに真白の成績がガタ落ちした時期があった。
既にあの時から高成績を叩き出すのをやめていたのかもしれない。
友の為、“特別枠”に賭ける思いの強さとひたむきな努力を続ける真白を。
俺は……

白馬は、それ以上考えないように努めつつ真白の頭を撫でた。
手に当たる朱色のリボンとお手製の制服を着た真白は今日も誇らしい。

「叶うといいな」
「うん!あっ!もちろん大会の時は、ライバルだからね?負けないよ!手加減無しの全力でぶっ潰す!!!」
「……口が悪いな、王李の真似はよくない」

力の加減をしたデコピンにペシっと軽快な音をたてる真白のおでこに、白馬も真白も顔を見合わせて笑った。
真白は、おでこを触りながら改めて白馬のことを思う。
一緒にいるだけで、どうしてこんなに心が軽くなるんだろう?
なんて事ない事で笑い合えるのが楽しくて、ずっと続けばいいのにと思ってしまう時もあるって言ったら白馬は何て答えるだろう?
聞いてみたいけど、これについてはまだ勇気が必要だった。
だから……未来の自分に託そうと思う。

「ふふっ。あ、ねぇ!私が優勝したら白馬にひとつお願いしてもいい?」
「お願い?」
「うん!覚えてて!絶対!!」
「嫌な予感しかしないな」
「断るのなーし!約束だよ!!」
「はいはい」

たわいないやりとり中に取り付けた約束に真白は密かにガッツポーズした。
朱の大会が終わって、私が優勝したら聞いてみたい。

一緒に旅をしませんか?って。


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