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第十九話 その女性は
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それからミルファと二人で、街を見ながらのんびりと歩いた。
それは僕にとって、体験したことの無い、幸せな時間だった。
そして、日が傾いてきた時のこと。
とある広場に人だかりができているのを遠目に発見した。
「あれ、なんでしょうか?」
ミルファがそれを指差して言った。
「なんだろうね。行ってみようか?」
「はい、行ってみましょう」
二人でそこに近寄っていくと、壇上に上がっている人がなにやら話をしているのがわかった。
演説しているのは空色のドレスを纏った綺麗な女性。
老若男女入り混じる聴衆たちは、その女性に神様に送るような羨望の眼差しを向けながら、真剣に話を聞いている。
その街頭演説をもっと近くで見ようと思って歩みを進めるが、数歩進んだところで、突然ミルファが足を止めた。
見開いた大きな目が演説者に釘付けになっている。
なんだか様子が変だ。
「ミルファ、どうしたの?」
「お母さん……」
それは風にかき消されてしまいそうなほど小さな呟きだった。
僕はその単語の意味を数秒間頭の中で反芻した。
そしてもう一度、ミルファの視線の先の女性に目をやった。
壇上に乗っている、流麗な黒髪と大きな眼が特徴的な女性。
それらに加えて、愛嬌のある優しそうな表情からは、僕の隣にいる女の子の面影が見て取れる。
ミルファは不意に、自分を捨てた母親を目撃してしまったのだ。
その場面でミルファが何を感じているのか、どんな言葉をかけるべきなのかわからない。
僕はミルファの不安と驚愕の入り混じった、今までに見たことも無い表情を、ただ見ていることしかできなかった。
やがてミルファはローブをぎゅっと握り締めて俯き、消え入りそうな声で言った。
「ごめんなさい……、ツバサさん。今日はもう、帰りましょう……」
ミルファはすぐに後ろを向いて、足早に広場から離れていった。
僕もその後を追いかける。
それから街を出て家に帰るまで、ミルファは一言も発さなかった。
それは僕にとって、体験したことの無い、幸せな時間だった。
そして、日が傾いてきた時のこと。
とある広場に人だかりができているのを遠目に発見した。
「あれ、なんでしょうか?」
ミルファがそれを指差して言った。
「なんだろうね。行ってみようか?」
「はい、行ってみましょう」
二人でそこに近寄っていくと、壇上に上がっている人がなにやら話をしているのがわかった。
演説しているのは空色のドレスを纏った綺麗な女性。
老若男女入り混じる聴衆たちは、その女性に神様に送るような羨望の眼差しを向けながら、真剣に話を聞いている。
その街頭演説をもっと近くで見ようと思って歩みを進めるが、数歩進んだところで、突然ミルファが足を止めた。
見開いた大きな目が演説者に釘付けになっている。
なんだか様子が変だ。
「ミルファ、どうしたの?」
「お母さん……」
それは風にかき消されてしまいそうなほど小さな呟きだった。
僕はその単語の意味を数秒間頭の中で反芻した。
そしてもう一度、ミルファの視線の先の女性に目をやった。
壇上に乗っている、流麗な黒髪と大きな眼が特徴的な女性。
それらに加えて、愛嬌のある優しそうな表情からは、僕の隣にいる女の子の面影が見て取れる。
ミルファは不意に、自分を捨てた母親を目撃してしまったのだ。
その場面でミルファが何を感じているのか、どんな言葉をかけるべきなのかわからない。
僕はミルファの不安と驚愕の入り混じった、今までに見たことも無い表情を、ただ見ていることしかできなかった。
やがてミルファはローブをぎゅっと握り締めて俯き、消え入りそうな声で言った。
「ごめんなさい……、ツバサさん。今日はもう、帰りましょう……」
ミルファはすぐに後ろを向いて、足早に広場から離れていった。
僕もその後を追いかける。
それから街を出て家に帰るまで、ミルファは一言も発さなかった。
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