9 / 31
第七話中編
しおりを挟む
ぼろぼろの服を着たその男の子は痩せた両手を縄で後ろ手に縛られています。足も縛られ、口は布で塞がれています。
「待っててください。今助けますから!」
わたしは急いでリュックからナイフを取り出し、ロープを切り、男の子の拘束を解きました。男の子は小さな痩せた体を起こし、立ち上がりました。
見たところすり傷はあるものの、大きなケガはなく元気そうです。少しほっとしました。
「おねーちゃん、縄を解いてくれて、ありがとー!」
男の子はにっこりと微笑んで、声変わりしていない幼い声でお礼を言って頭を下げました。しかし、顔を上げた笑みは、先程見せたほほえみよりずっと口角の上がった歪んだ笑みに変わっていました。
「でもダメだよ、おねーちゃん。悪魔なんか助けちゃ」
「えっ……?」
男の子の体は、見る見るうちに黒い霧状に変わっていきます。
「オマエノカラダ、イタダコウカ」
重々しい低音の声が人の形をした黒い霧から発せられると、霧は形を崩し薄い反物のようになって、わたしの体にまとわりついてきました。触れた感覚は一切なく、わたしの体に染み込むようにじわじわと入ってきます。
「いやっ! こないでっ!!」
わたしは無我夢中で体中の魔力を解き放ちました。
すると、黒い霧はわたしの体からさっと離れていき、再び真っ黒な人型を形成していきます。
「くそっ、ようやく体が手に入ると思ったのに……。なんなんだよ、その魔力は! ……くそっ、くそ!」
低い怒号が、洞窟内に響き渡ります。
「くそっ! くそぅ!」
何度も何度も、繰り返し叫んでいました。
しばらくして落ち着いたのか、黒い霧は黙り込んでしまいました。
「あのっ、あなたはいったい……? どうして……いきなり、襲い掛かってきたのでしょうか?」
恐る恐る尋ねます。
「俺は悪魔だよ。カラダが欲しかったんだ」
黒い霧は、落ち着いた低い声で話し始めました。
「何百年も前のことだ。俺は貧しい農民の家に、3人兄弟の長男として生まれた。
「親父は飲んだくれで、仕事は俺たち兄弟に任せて昼間っから酒を浴びていた。
「母さんは酔っぱらった親父に暴力を振るわれ、鬱になって家に引きこもっていた。
「俺が10歳のときだ。弟たちが病気で死んじまった。金が無かったから医者にも診せられずぽっくりとな。
「それからは俺一人で働いたが、ガキの俺は両親の分まで稼ぐなんてできなかった。貯金はみるみるうちに無くなっていった。
「そんなある日の夜のことだ。家に見知らぬ男がやってきた。ひげもじゃで、髪が長く、がたいがいい男だ。そいつは机の上に金貨の袋を置くと俺を指差し、こいつを売れ、と親父に持ち掛けた。金貨は2、3年は遊んで暮らせるほどの量だった。
「親父は迷いもせずに首を縦に振った。
「母さんは、何も言わずにうつむいていた。
「人買いの男はにたりと笑うと、ごつごつした手で俺の手首を強く握り、馬車の荷台に乗せた。
「それから、馬車で一晩中移動した。隣町を通り、来たこともない森を抜け、洞窟までたどり着いた。
「そこで馬車を降ろされ、洞窟の奥へと連れてかれた。
「すると、そこには俺と同じくらいの歳の子供が10人程、手足を縛られ地面に転がってた。
「俺も同じように手足を縛られ、動けなくなった。そして、男は洞窟から出ていった。
「それから数時間後、人買いの男がひょろひょろの中年を連れて戻ってきた。
「ひょろひょろの男は、床に転がる子供たちをじろじろと見比べると、2人を指差した。
「人買いの男はその2人の拘束を解き、洞窟の外へと連れ出していった。
「それから、同じようなことが5回あり、洞窟内の子供は俺以外みんな連れられて行った。
「たった一日の間の出来事だった。
「最後の子供が連れていかれてから、30分後くらいだったろうか。入り口の方から銃声が聞こえた。
「しかし、それきり何も起こらず、以来、人買いの男が洞窟の奥に来ることも無かった。
「俺はやがて飢え、死んだ。
「――けれど、魂は消えなかった。
「洞窟の中から出ようとしても入り口から外には出られず、長い間、洞窟に閉じ込められていた。
「洞窟の中で、この世界を恨んで暮らしていた。ずっとずっと恨んでいた。いつか外に出て、この世界をぶち壊してやろうと考えて暮らしてたんだ。
「外に出るためには、人の体を乗っ取ればいいと考えていた。
「そして、今日、お前が洞窟に入ってきた。チャンスだと思った。だけど失敗した。強力な魔力を持つお前の体は乗っ取れなかった。
「これがお前を襲った理由だ」
「待っててください。今助けますから!」
わたしは急いでリュックからナイフを取り出し、ロープを切り、男の子の拘束を解きました。男の子は小さな痩せた体を起こし、立ち上がりました。
見たところすり傷はあるものの、大きなケガはなく元気そうです。少しほっとしました。
「おねーちゃん、縄を解いてくれて、ありがとー!」
男の子はにっこりと微笑んで、声変わりしていない幼い声でお礼を言って頭を下げました。しかし、顔を上げた笑みは、先程見せたほほえみよりずっと口角の上がった歪んだ笑みに変わっていました。
「でもダメだよ、おねーちゃん。悪魔なんか助けちゃ」
「えっ……?」
男の子の体は、見る見るうちに黒い霧状に変わっていきます。
「オマエノカラダ、イタダコウカ」
重々しい低音の声が人の形をした黒い霧から発せられると、霧は形を崩し薄い反物のようになって、わたしの体にまとわりついてきました。触れた感覚は一切なく、わたしの体に染み込むようにじわじわと入ってきます。
「いやっ! こないでっ!!」
わたしは無我夢中で体中の魔力を解き放ちました。
すると、黒い霧はわたしの体からさっと離れていき、再び真っ黒な人型を形成していきます。
「くそっ、ようやく体が手に入ると思ったのに……。なんなんだよ、その魔力は! ……くそっ、くそ!」
低い怒号が、洞窟内に響き渡ります。
「くそっ! くそぅ!」
何度も何度も、繰り返し叫んでいました。
しばらくして落ち着いたのか、黒い霧は黙り込んでしまいました。
「あのっ、あなたはいったい……? どうして……いきなり、襲い掛かってきたのでしょうか?」
恐る恐る尋ねます。
「俺は悪魔だよ。カラダが欲しかったんだ」
黒い霧は、落ち着いた低い声で話し始めました。
「何百年も前のことだ。俺は貧しい農民の家に、3人兄弟の長男として生まれた。
「親父は飲んだくれで、仕事は俺たち兄弟に任せて昼間っから酒を浴びていた。
「母さんは酔っぱらった親父に暴力を振るわれ、鬱になって家に引きこもっていた。
「俺が10歳のときだ。弟たちが病気で死んじまった。金が無かったから医者にも診せられずぽっくりとな。
「それからは俺一人で働いたが、ガキの俺は両親の分まで稼ぐなんてできなかった。貯金はみるみるうちに無くなっていった。
「そんなある日の夜のことだ。家に見知らぬ男がやってきた。ひげもじゃで、髪が長く、がたいがいい男だ。そいつは机の上に金貨の袋を置くと俺を指差し、こいつを売れ、と親父に持ち掛けた。金貨は2、3年は遊んで暮らせるほどの量だった。
「親父は迷いもせずに首を縦に振った。
「母さんは、何も言わずにうつむいていた。
「人買いの男はにたりと笑うと、ごつごつした手で俺の手首を強く握り、馬車の荷台に乗せた。
「それから、馬車で一晩中移動した。隣町を通り、来たこともない森を抜け、洞窟までたどり着いた。
「そこで馬車を降ろされ、洞窟の奥へと連れてかれた。
「すると、そこには俺と同じくらいの歳の子供が10人程、手足を縛られ地面に転がってた。
「俺も同じように手足を縛られ、動けなくなった。そして、男は洞窟から出ていった。
「それから数時間後、人買いの男がひょろひょろの中年を連れて戻ってきた。
「ひょろひょろの男は、床に転がる子供たちをじろじろと見比べると、2人を指差した。
「人買いの男はその2人の拘束を解き、洞窟の外へと連れ出していった。
「それから、同じようなことが5回あり、洞窟内の子供は俺以外みんな連れられて行った。
「たった一日の間の出来事だった。
「最後の子供が連れていかれてから、30分後くらいだったろうか。入り口の方から銃声が聞こえた。
「しかし、それきり何も起こらず、以来、人買いの男が洞窟の奥に来ることも無かった。
「俺はやがて飢え、死んだ。
「――けれど、魂は消えなかった。
「洞窟の中から出ようとしても入り口から外には出られず、長い間、洞窟に閉じ込められていた。
「洞窟の中で、この世界を恨んで暮らしていた。ずっとずっと恨んでいた。いつか外に出て、この世界をぶち壊してやろうと考えて暮らしてたんだ。
「外に出るためには、人の体を乗っ取ればいいと考えていた。
「そして、今日、お前が洞窟に入ってきた。チャンスだと思った。だけど失敗した。強力な魔力を持つお前の体は乗っ取れなかった。
「これがお前を襲った理由だ」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
後宮の最下位妃と冷酷な半龍王
翠晶 瓈李
ファンタジー
毒を飲み、死を選んだはずなのに。なぜか頭にお花が咲きました……。
♢♢♢
~天より贈られし『甘露』降る大地
仁政を施す王現れる証
これ瑞兆なり~
♢♢♢
甘露とは天から与えられる不老不死の霊薬。中国古来の伝説では天子が仁政を行う前兆として天から降るといわれている。
♢♢♢
陥落寸前の瑤華国で死を望み『毒』を飲んだ最下位妃、苺凛(メイリン)。
けれど『毒』は〈死〉ではなく『霊力のある花』をその身に咲かせる〈異能〉を苺凛に与えた。
一方、軍を率いて瑤華国を征圧した釆雅国の第二王子、洙仙(シュセン)。
彼は龍族と人の血が混ざった冷酷な男だった。
「花が咲き続ける限り、おまえは俺から逃れられない」
死を願う苺凛に洙仙は冷たく笑う。
冷酷で意地悪な洙仙が嫌いな苺凛だったが、花に秘められた真実を知ってから気持ちに変化が……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる