4 / 31
第三話 魔女の館
しおりを挟む
自然豊かな森の中。安全面に考慮してなのか、はたまた、僕とミルファを乗せて重量オーバーなのか、リースは周囲の木々の背丈の半分ほどの高さでゆっくりと飛んでいた。
それでも、杖に乗って空を飛ぶという現実世界ではあり得ない体験に心躍る。なにより、自然の爽やかな風を受けるのが心地良い。
移動中、ミルファは、
「あのオレンジの木の実はタンガーっていうんですが、とーっても酸っぱいからそのまま食べちゃダメですよ」
とか、
「右に見えるあの池は夏になるとホタルがいっぱいで、綺麗なんです」
とか、
「池のほとりに生えている黄色い閉じた蕾のあのお花は雷花っていう名前で、成熟した雷花は雷のなっている時に開花して、雷が収まると散ってしまうんです。わたしは雷が苦手なので、雷花が咲いているところは見たことないんですけどね……。えへへ」
といった風に、弾んだ口調で楽しそうにこの森のことを紹介してくれた。
十五分ほど移動した頃だろうか。森が開けたところに、西洋風の大きな館が見えてきた。
石造りの館は、僕の背丈の2倍ほどの高さがある塀に囲まれている。館の正面にある門に近づくと、門がゆっくりと開きだした。
それと同時に、僕の体を支えていたリースさんの魔法が緩まり、体がぐらっと揺れたが、ミルファが頑張って支えてくれた。
「ツバサ、すまない。魔法を複数同時に使うと、効果が薄くなってしまうんだ」
リースさんが申し訳なさそうに謝る。
「ミルファ、支えてくれてありがとう」
僕はミルファに礼を言った。
「いえいえっ、どういたしまして!」
ミルファの明るい声が僕の背中で反射した。
門が開いて中に入ると、玄関まで真っすぐに通路が続いている。そしてその両脇の広々とした庭に、赤、白、黄と色とりどりの花々が咲き誇っている。
その中にはバラやカーネーションなどの見知った花もあるが、名前の分からない花や、見たこともない花もたくさんある。
花畑を見るのはいつ以来だろう?
種類ごとにまとまっている、手入れの行き届いた花畑。
そこから漂うフローラルな香りが僕を満たしてゆく。
「どうだい? 見事なものだろう? 私とミルファで毎日世話してるんだ」
口元を綻ばせ、心成しか自慢げに話すリースさん。
「はい、なんて言うか、すごくきれいです」
なんとも下手な誉め言葉になってしまった……。
「ツバサさんに気に入ってもらえて、私も嬉しいです!」
それでもミルファは僕の言葉に答えて、満面の笑みを浮かべた。
僕たち三人はしばらくの間、花畑を見つめていた。
ミルファは第一印象通りの素直で優しい、明るい女の子だ。リースさんは、切れ長の目と薄い唇、それに加えて長身と神秘的な白髪のロングヘアから受けた第一印象では、高潔で近寄り難い人物のように感じられたが、親切に接してくれるところや、花を愛する一面のある、面倒見の良い女性だと分かってきた。
この世界に来てこの二人の魔女と過ごした数時間は、今までの病院の個室で過ごした十三年間とは比べ物にならないくらい幸せな時間だった。
僕は花畑を見つめながら、柔らかい気持ちになっていた。
しかしながら、いつまでもこうしている訳にはいかない。リースさんは彼女の不思議な魔法で僕の体を浮かび上がらせ館に入ると、二階の一室にある、大きくてふかふかなベッドまで運んでくれた。
♢ side ミルファ
「ミルファ、悪いけれど夕食の用意を任せていいかい?」
ツバサさんを運び終えた先生が、部屋の前までついてきていたわたしにそう言いました。
「えっ、でも、お客さんに出す料理までわたしが作っていいんですか?」
以前、私がお客さんに料理を出した時、調味料の配分を間違えてお客さんを怒らせてしまったことがあって、それ以来、お客さんが来たときには必ず先生が料理を作っています。
「今日はやらなければならないことがあるんだ。だから、料理は任せる」
先生がそう言うので、
「分かりました! では、腕によりをかけて作りますね!!」
と張り切って答えて、わたしはキッチンへ向かいました。
side 新見翼
ミルファが立ち去り、僕はリースさんと二人きりになった。
「さて、ツバサ」
リースさんが真剣な面持ちで口を開く。
「何ですか?」
「私は、キミを殺さなければならない」
「……、えっ?」
それって……どういう……。今、リースさんはなんて言った?僕を殺す?
突然のことに動揺してしまい、言葉がうまく出て来ない。
「安心し給え。面倒はしっかり見てあげるさ。キミの死体の面倒はね」
そう言うと、リースさんは呪文を唱え始めた。僕は普段から、いつ死んでもいいとは思っていたけれど、まさか、リースさんに殺されるとは思いも寄らなかった。あの純真無垢なミルファの先生で、庭のあの綺麗な花畑を作り上げた、面倒見の良いリースさんに殺されるなんて……。
呪文を唱えるリースさんの長い白髪が、風もないのにゆらゆら蠢きだす。
そのただならぬ空気に冷や汗が止まらない。嫌な寒気がする。
……いや、この寒気は恐怖や冷や汗から来ているものではない。
それは僕の足先からきているものだった。
僕の寝ているベッドが、足元から氷漬けになっているのだ。
僕の爪先からくるぶしを覆った氷は、脛から膝へ、そして太ももまでじわじわと覆ってきた。
やがて、氷の浸食は腹部、胸部へと達し、最後には頭まで覆いつくした。
僕の世界は凍りつき、意識が途絶えた。
それでも、杖に乗って空を飛ぶという現実世界ではあり得ない体験に心躍る。なにより、自然の爽やかな風を受けるのが心地良い。
移動中、ミルファは、
「あのオレンジの木の実はタンガーっていうんですが、とーっても酸っぱいからそのまま食べちゃダメですよ」
とか、
「右に見えるあの池は夏になるとホタルがいっぱいで、綺麗なんです」
とか、
「池のほとりに生えている黄色い閉じた蕾のあのお花は雷花っていう名前で、成熟した雷花は雷のなっている時に開花して、雷が収まると散ってしまうんです。わたしは雷が苦手なので、雷花が咲いているところは見たことないんですけどね……。えへへ」
といった風に、弾んだ口調で楽しそうにこの森のことを紹介してくれた。
十五分ほど移動した頃だろうか。森が開けたところに、西洋風の大きな館が見えてきた。
石造りの館は、僕の背丈の2倍ほどの高さがある塀に囲まれている。館の正面にある門に近づくと、門がゆっくりと開きだした。
それと同時に、僕の体を支えていたリースさんの魔法が緩まり、体がぐらっと揺れたが、ミルファが頑張って支えてくれた。
「ツバサ、すまない。魔法を複数同時に使うと、効果が薄くなってしまうんだ」
リースさんが申し訳なさそうに謝る。
「ミルファ、支えてくれてありがとう」
僕はミルファに礼を言った。
「いえいえっ、どういたしまして!」
ミルファの明るい声が僕の背中で反射した。
門が開いて中に入ると、玄関まで真っすぐに通路が続いている。そしてその両脇の広々とした庭に、赤、白、黄と色とりどりの花々が咲き誇っている。
その中にはバラやカーネーションなどの見知った花もあるが、名前の分からない花や、見たこともない花もたくさんある。
花畑を見るのはいつ以来だろう?
種類ごとにまとまっている、手入れの行き届いた花畑。
そこから漂うフローラルな香りが僕を満たしてゆく。
「どうだい? 見事なものだろう? 私とミルファで毎日世話してるんだ」
口元を綻ばせ、心成しか自慢げに話すリースさん。
「はい、なんて言うか、すごくきれいです」
なんとも下手な誉め言葉になってしまった……。
「ツバサさんに気に入ってもらえて、私も嬉しいです!」
それでもミルファは僕の言葉に答えて、満面の笑みを浮かべた。
僕たち三人はしばらくの間、花畑を見つめていた。
ミルファは第一印象通りの素直で優しい、明るい女の子だ。リースさんは、切れ長の目と薄い唇、それに加えて長身と神秘的な白髪のロングヘアから受けた第一印象では、高潔で近寄り難い人物のように感じられたが、親切に接してくれるところや、花を愛する一面のある、面倒見の良い女性だと分かってきた。
この世界に来てこの二人の魔女と過ごした数時間は、今までの病院の個室で過ごした十三年間とは比べ物にならないくらい幸せな時間だった。
僕は花畑を見つめながら、柔らかい気持ちになっていた。
しかしながら、いつまでもこうしている訳にはいかない。リースさんは彼女の不思議な魔法で僕の体を浮かび上がらせ館に入ると、二階の一室にある、大きくてふかふかなベッドまで運んでくれた。
♢ side ミルファ
「ミルファ、悪いけれど夕食の用意を任せていいかい?」
ツバサさんを運び終えた先生が、部屋の前までついてきていたわたしにそう言いました。
「えっ、でも、お客さんに出す料理までわたしが作っていいんですか?」
以前、私がお客さんに料理を出した時、調味料の配分を間違えてお客さんを怒らせてしまったことがあって、それ以来、お客さんが来たときには必ず先生が料理を作っています。
「今日はやらなければならないことがあるんだ。だから、料理は任せる」
先生がそう言うので、
「分かりました! では、腕によりをかけて作りますね!!」
と張り切って答えて、わたしはキッチンへ向かいました。
side 新見翼
ミルファが立ち去り、僕はリースさんと二人きりになった。
「さて、ツバサ」
リースさんが真剣な面持ちで口を開く。
「何ですか?」
「私は、キミを殺さなければならない」
「……、えっ?」
それって……どういう……。今、リースさんはなんて言った?僕を殺す?
突然のことに動揺してしまい、言葉がうまく出て来ない。
「安心し給え。面倒はしっかり見てあげるさ。キミの死体の面倒はね」
そう言うと、リースさんは呪文を唱え始めた。僕は普段から、いつ死んでもいいとは思っていたけれど、まさか、リースさんに殺されるとは思いも寄らなかった。あの純真無垢なミルファの先生で、庭のあの綺麗な花畑を作り上げた、面倒見の良いリースさんに殺されるなんて……。
呪文を唱えるリースさんの長い白髪が、風もないのにゆらゆら蠢きだす。
そのただならぬ空気に冷や汗が止まらない。嫌な寒気がする。
……いや、この寒気は恐怖や冷や汗から来ているものではない。
それは僕の足先からきているものだった。
僕の寝ているベッドが、足元から氷漬けになっているのだ。
僕の爪先からくるぶしを覆った氷は、脛から膝へ、そして太ももまでじわじわと覆ってきた。
やがて、氷の浸食は腹部、胸部へと達し、最後には頭まで覆いつくした。
僕の世界は凍りつき、意識が途絶えた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
孤児による孤児のための孤児院経営!!! 異世界に転生したけど能力がわかりませんでした
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はフィル
異世界に転生できたんだけど何も能力がないと思っていて7歳まで路上で暮らしてた
なぜか両親の記憶がなくて何とか生きてきたけど、とうとう能力についてわかることになった
孤児として暮らしていたため孤児の苦しみがわかったので孤児院を作ることから始めます
さあ、チートの時間だ
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
目覚めれば異世界!ところ変われば!
秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。
ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま!
目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。
公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。
命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。
身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる