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32 揺れる列車

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「あ、きりちゃん来たっ」

 祐一が缶の中身を飲み干した時、綾香が声をあげた。
 綾香の視線を追った先に、子ども二人を連れたお団子髪の女性の姿。
 黒のワンピースを揺らしながら周囲に視線を巡らせている。
 一瞬、その女性が誰なのかわからなかった。
 普段の夜霧より大人っぽくて、それでいて明るい雰囲気だったから。
 けれど、連れている子ども二人が月夜と雅人だったので、その女性が夜霧だとわかった。
 彼女の視線が綾香を捉え――隣に座る祐一と目が合う。
 子どもたちの手を引き、微かな笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。

「きりちゃんおはよー! お団子可愛いねっ!」
「……ありがとう。……綾香、祐一くん、お待たせ……」
「ああ……じゃ、行くか」

 言って祐一がイスから立ち上がる。
 そのとき、月夜が祐一の服を軽く引っ張った。

「……? なんだ?」
「ねえねえいつもよりオシャレさんなの」
 
 祐一にだけ聞こえるように小声で囁いてくる。
 暗に褒めろと言われている……。
 しかも期待一杯の眼差しで見上げてくる……。

「……景村さん」

 祐一がそう呼びかけ、夜霧と綾香が祐一に視線を送る。

「あー、今日の格好、いつもと違う感じで……いいと思う」
「……あ、ありがとう……」
「……」

 そして、今度こそ歩き出す。先行する祐一の背中を追うように、残りの四人も歩き出した。
 

 数分待って、電車に乗り込む。
 電車の中はそこそこ込み合っていた。
 立っている乗客もちらほらいて、全員が座れる場所は見当たらない。
 たまたま空いていた席に子ども二人を座らせて、三人は並んで吊革につかまる。
 祐一を挟んで、綾香と夜霧が他愛もない話しをはじめる。
 ……なぜか祐一が綾香と夜霧に挟まれる立ち位置になっていた――子供二人を座らせるときに、二人と手を繋いでいた夜霧を先に行かせたからだ。

 電車がガタンと揺れ、ゆっくりと駅から離れていく。時折、祐一の肩に二人の身体が触れる。
 あまり意識しないように、視線を車外に向けた。車窓の雨粒越しに雨模様の街が流れていく。どんよりとした光景に意識を向けていると――電車が激しく揺れた。

「ひゃっ!」

 可愛らしい悲鳴と共に、お団子頭が目の前につんのめってくる。それと共に、右腕に柔らかい感触。
 空いている手で彼女の肩を抑え、吊革を掴む手と脚の力で支える。
 揺れが収まり、夜霧の体温と柔らかさに感覚を支配される。
 そこに目を向けると、夜霧の大きな胸がはっきりと押し当てられていた。
 ……。

「……大丈夫か?」

 できるだけ平常心を装い祐一が口を開く。
 その言葉に夜霧が顔を上げる。
 視線が重なり、夜霧の顔が赤く染まっていく。

「すすす、すみませんっ……!」

 慌てて祐一から離れ、夜霧が珍しく早口で謝る。
 俯いた夜霧の顔は、以前とは違って前髪でほんの少し隠れる程度。赤らんだ頬は隠れない。
 二人の隣で、綾香は気付かれないように小さくため息を漏らした。

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