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第一章 箱庭の住人
依乃姉妹②
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――詩子ちゃんを人間扱いしてあげてください――
その異様なお願いに、僕は思わず息を飲んだ。
……そんな言葉、どんな事情があったら出てくるのだろうか?
「……とにかく、会えばわかりますから」
戸惑う僕に対しぎこちない表情を浮かべ、星寧は再び階段を上り始める。
僕も黙って星寧に付いていく。
「ここが、依乃姉妹の――正確には依乃摩耶ちゃんが使っている部屋です」
階段を上がってすぐの部屋、彼女は一言そう説明して、部屋をノックする。
「摩耶ちゃん、星寧です……入りますよ」
音霧さんに対する友好的な呼びかけとは違う、穏やかな声で呼びかけると、星寧はドアノブを回した。
鍵がかかっていなかったらしく、ドアはすんなりと開き、星寧が部屋の中を覗き込む。
それと同時に、中から声がした。
「あかねぇ、どーしたのー?」
幼げな口調。
声の方向に視線を向ける。
真っ白なベッドの上。
そこには薄い桜色のパジャマを着た、銀髪の女性が座り込んでいた。
「っ……!」
その女性を見た瞬間、僕は異様な何かを感じ、地面に足を縫い付けられたかのように動けなくなる。
何度も瞬きを繰り返し、徐々に判断力を取り戻してゆく。
それに伴って、だんだんと女性が纏う異様さの原因が理解できてきた。
ベッドの上にぺたんと座っている銀髪の女性は座高が高い。
パジャマの胸部は視線を引き付けるほどの女性らしさを主張している。
つまり、彼女は成人女性に匹敵するルックスをしている。しかも、目にしたことの無いほどの美貌だ。
そんな女性が、大きめのウサギの人形を抱きながら、きょとんと首を傾げているのだ。
そして、彼女こそが先程幼げな口調で星寧に呼びかけた主なのだ。
歳不相応な振る舞い――それが異様さの正体だったのだ。
僕がそんな分析をしている間に、星寧はその女性のそばまでゆっくりと近寄っていく。
ベッドの手前で立ち止まったかと思うと、星寧の長い髪がさらりと揺れ動いた。
軽く屈んでベッドの上の女性と目線を合わせたのだ。
そうして、星寧は口を開く。
「管理人さんがいらっしゃってるの。今日からここで一緒に暮らす方よ」
「あたしとうたのへやに住むの?」
銀髪の女性は、右手の人差し指を立て自分の口元に付けながら、首を傾げる。
それを受けて、星寧はゆっくりと首を振り、女性の目を見つめながら言葉を返す。
「ううん、この屋敷に住むの。管理人さんの部屋は四階」
「そーなんだ」
銀髪の女性は納得して頷き、星寧も頷き返した。
「それで、摩耶ちゃんと詩子ちゃんに挨拶したいって。部屋に入れてもいいかな?」
「うん! いーよー!」
元気いっぱいの肯定の返事。
それを受けて、星寧がドアの先にいる僕の方へと振り返る。
「五十嵐さん、どうぞお入りください」
僕は頷いて、部屋の中へと足を踏み入れた。
「お、お邪魔します」
そう口にした瞬間、ベッドの上の女性と目が合った。綺麗なブルーの瞳をしていた。
そのまま傍まで歩みを進める。
「かんりにんさん、初めまして! あたし、摩耶。依乃摩耶ってゆーの!」
自分の名前を名乗ってニコッとした後、女性は抱えていたウサギの人形の方に視線を向けた。
僕の視線も人形の方に誘導される。
人形としては大きなサイズ。小さな子供くらいの大きさがある。
白い生地で、腕のところに縫合した痕がある。過去に一度、取れてしまったのだろうか?
その人形の片腕を自分の手で挙げて、摩耶は言葉を続ける。
「こっちは詩子。依乃詩子! あたしの妹!」
嬉しそうに妹だと紹介する依乃さん。
その言葉に、思考が一瞬止まってしまう。
だが、その瞬間、部屋に入る前の星寧の言葉が脳内で再生された。
――詩子ちゃんを人間扱いしてあげてください――
その言葉を事前に聞いていたおかげで、混乱状態に陥らずにすんだ。
僕は、依乃摩耶が抱えているウサギの人形を依乃詩子として扱うことに決めた。
「……へえ、妹さんですか。僕は五十嵐修哉。今日からここで管理人として住み込みで働くことになりました。 二人とも、よろしくお願いします」
「お兄さん、けーごじゃなくていーよ! これからいっしょにくらすんだし!」
「わかった。摩耶ちゃん、詩子ちゃん……二人とも、よろしく」
「うん! よろしくね!」
元気に言って無邪気に笑う摩耶ちゃん。
その表情は銀髪の成人女性の美貌とはどこか整合性を欠いていて。
そんな彼女に曖昧な笑みを返しながら、僕は事前に受けた説明を思い出していた。
――この屋敷の住人は心に深い傷を負っている。
依乃摩耶の幼い言動は、その傷がもたらした結果なのだろうか。
だとしたら、僕には何ができるのだろうか。
この屋敷の管理人として。あるいは彼女のことを知ってしまった者として。
僕にできることはあるのだろうか。
その異様なお願いに、僕は思わず息を飲んだ。
……そんな言葉、どんな事情があったら出てくるのだろうか?
「……とにかく、会えばわかりますから」
戸惑う僕に対しぎこちない表情を浮かべ、星寧は再び階段を上り始める。
僕も黙って星寧に付いていく。
「ここが、依乃姉妹の――正確には依乃摩耶ちゃんが使っている部屋です」
階段を上がってすぐの部屋、彼女は一言そう説明して、部屋をノックする。
「摩耶ちゃん、星寧です……入りますよ」
音霧さんに対する友好的な呼びかけとは違う、穏やかな声で呼びかけると、星寧はドアノブを回した。
鍵がかかっていなかったらしく、ドアはすんなりと開き、星寧が部屋の中を覗き込む。
それと同時に、中から声がした。
「あかねぇ、どーしたのー?」
幼げな口調。
声の方向に視線を向ける。
真っ白なベッドの上。
そこには薄い桜色のパジャマを着た、銀髪の女性が座り込んでいた。
「っ……!」
その女性を見た瞬間、僕は異様な何かを感じ、地面に足を縫い付けられたかのように動けなくなる。
何度も瞬きを繰り返し、徐々に判断力を取り戻してゆく。
それに伴って、だんだんと女性が纏う異様さの原因が理解できてきた。
ベッドの上にぺたんと座っている銀髪の女性は座高が高い。
パジャマの胸部は視線を引き付けるほどの女性らしさを主張している。
つまり、彼女は成人女性に匹敵するルックスをしている。しかも、目にしたことの無いほどの美貌だ。
そんな女性が、大きめのウサギの人形を抱きながら、きょとんと首を傾げているのだ。
そして、彼女こそが先程幼げな口調で星寧に呼びかけた主なのだ。
歳不相応な振る舞い――それが異様さの正体だったのだ。
僕がそんな分析をしている間に、星寧はその女性のそばまでゆっくりと近寄っていく。
ベッドの手前で立ち止まったかと思うと、星寧の長い髪がさらりと揺れ動いた。
軽く屈んでベッドの上の女性と目線を合わせたのだ。
そうして、星寧は口を開く。
「管理人さんがいらっしゃってるの。今日からここで一緒に暮らす方よ」
「あたしとうたのへやに住むの?」
銀髪の女性は、右手の人差し指を立て自分の口元に付けながら、首を傾げる。
それを受けて、星寧はゆっくりと首を振り、女性の目を見つめながら言葉を返す。
「ううん、この屋敷に住むの。管理人さんの部屋は四階」
「そーなんだ」
銀髪の女性は納得して頷き、星寧も頷き返した。
「それで、摩耶ちゃんと詩子ちゃんに挨拶したいって。部屋に入れてもいいかな?」
「うん! いーよー!」
元気いっぱいの肯定の返事。
それを受けて、星寧がドアの先にいる僕の方へと振り返る。
「五十嵐さん、どうぞお入りください」
僕は頷いて、部屋の中へと足を踏み入れた。
「お、お邪魔します」
そう口にした瞬間、ベッドの上の女性と目が合った。綺麗なブルーの瞳をしていた。
そのまま傍まで歩みを進める。
「かんりにんさん、初めまして! あたし、摩耶。依乃摩耶ってゆーの!」
自分の名前を名乗ってニコッとした後、女性は抱えていたウサギの人形の方に視線を向けた。
僕の視線も人形の方に誘導される。
人形としては大きなサイズ。小さな子供くらいの大きさがある。
白い生地で、腕のところに縫合した痕がある。過去に一度、取れてしまったのだろうか?
その人形の片腕を自分の手で挙げて、摩耶は言葉を続ける。
「こっちは詩子。依乃詩子! あたしの妹!」
嬉しそうに妹だと紹介する依乃さん。
その言葉に、思考が一瞬止まってしまう。
だが、その瞬間、部屋に入る前の星寧の言葉が脳内で再生された。
――詩子ちゃんを人間扱いしてあげてください――
その言葉を事前に聞いていたおかげで、混乱状態に陥らずにすんだ。
僕は、依乃摩耶が抱えているウサギの人形を依乃詩子として扱うことに決めた。
「……へえ、妹さんですか。僕は五十嵐修哉。今日からここで管理人として住み込みで働くことになりました。 二人とも、よろしくお願いします」
「お兄さん、けーごじゃなくていーよ! これからいっしょにくらすんだし!」
「わかった。摩耶ちゃん、詩子ちゃん……二人とも、よろしく」
「うん! よろしくね!」
元気に言って無邪気に笑う摩耶ちゃん。
その表情は銀髪の成人女性の美貌とはどこか整合性を欠いていて。
そんな彼女に曖昧な笑みを返しながら、僕は事前に受けた説明を思い出していた。
――この屋敷の住人は心に深い傷を負っている。
依乃摩耶の幼い言動は、その傷がもたらした結果なのだろうか。
だとしたら、僕には何ができるのだろうか。
この屋敷の管理人として。あるいは彼女のことを知ってしまった者として。
僕にできることはあるのだろうか。
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