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[第2話] 幽霊になった少女/宮下亜子(17歳)
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不思議なことに、私は今、宙に浮かんでいる。私の上には綺麗な星空、下には悲惨な事故現場。トラックが塀に激突し、塀とトラックの間に血まみれの女子高生が挟まれているのが見える。その女子高生は見覚えのある水色のシュシュで髪を束ね、私のリュックと同じものを背負っている。きっとあの女子高生は私なのだろう。全身血まみれで顔も判別がつかないが、所々に見られる特徴が、私と同じであるような気がする。というか、私がこうやって宙に浮かんでいるのが、私が事故にあって死んでしまったという証拠に他ならない。幽霊なんてものは信じていなかったが、スケスケの体で、宙に浮かんでいるというこの状況からは、幽霊になったとしか考えられない。
私はこれからどうすればいいのだろうか。あの体に戻ればいいのだろうか。そう思って私の体に近づいてみる。近くで見ると、悲惨な事故現場だ。私が死んでしまっているという事実は、あり得ない角度に曲がった体と大量の流血からはっきりとわかるし、トラックの運転手も運転席で意識を失ったまま動かない。おまけに周囲には誰もいない。この道は人通りが少ないため、発見されるのも遅くなるだろう。とりあえず、私の体を引っ張り出そうと思い、触れようとしたが、スケスケの指が私の腕をすり抜けただけで、触れることはできなかった。他の物も、すり抜けて触れない。これでは私にはどうすることもできない。私はしばらくの間、立ち尽くしていた。
どうして幽霊になってしまったのだろう。何か未練でもあったっけ?まあ、もっと長生きしたかったけれど、特に夢や目標があったわけでも無いし、家族とも円満な生活を送れたし、友達と毎日楽しく過ごせたし、未練のようなものは特に思い浮かばない。この世に未練が無くなれば、成仏できるってよく言うけど、未練が無いのに幽霊になった場合はどうすればいいのだろう。お坊さんにお願いすればいいのかな。
いつまでもここにいても仕方ないので、とりあえず、お寺に行くことにした。浮いているけれど、移動速度は遅い。徒歩と同じくらいだ。私は綺麗な星空を眺めながらゆっくりと進んだ。途中、公園の前を通ったところで、女性の優しい声が私を引き留めた。
「ねえ、そこのお嬢さん。ちょっといいかしら?」
声のする方を見ると、黒のロングドレスを着た女性がブランコに座ってこちらを見ていた。レースの部分が月明かりに照らされて煌びやかだ。
「私……ですか?」
戸惑いながら聞き返した。
「ええ、あなた。こっちに来てくれないかしら」
女性はにこやかに微笑み、手招きをした。どうやら彼女は私のことが見えるようだ。
私は戸惑いながら、女性の元へと浮いて行った。
「あなた、途方に暮れているようね」
女性は柔らかな笑みを浮かべそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。手入れの行き届いたさらさらな黒髪がひらりと揺れる。
「ねえ、私と取引しない?」
「取引?」
「そう、取引。あなたにとって一番大切なものをくれたら、あなたにとって一番必要なものをあげるわ。今のあなたにとって一番必要なものは、そうね……健康な肉体じゃないかしら」
と、女性は非現実的なことを言い出した。けれど、女性の真っ黒な瞳から、本気で言っていることが伝わってくる。大体、非現実的と言ったら、幽霊になった私の今の状況が一番非現実的だ。私は話を続けることにした。
「それで、私が貴女にあげるものは?」
「それは言えないわ。けれど、あなたにとって一番大切なものなのだから、あなたが一番よく分かっているはずよ」
「私にとって一番大切なもの……。私の家族とか?」
「あなた以外の人間には干渉できないわ」
そうなると、私に思い当たるものは無い。少なくとも失って困るようなものは思い浮かばない。
「いいよ、取引しよ」
「それじゃあ、決まりね」
女性はそう言うや否や、私に接近し、屈んでキスをした。
とても優しいキスだった。
刹那、私の意識は遠のき始めた。薄れゆく意識の中、優しい声が聞こえたような気がした。
「――」
暖かい場所で身を丸めて眠っていた。ここはどこなのか……私は誰なのか……分からない。ただ、心地良いこの場所で眠り続けていたい気分だった。どこかから聞こえてくるゆったりとした子守唄に包まれて、私はまた眠りについた。
私はこれからどうすればいいのだろうか。あの体に戻ればいいのだろうか。そう思って私の体に近づいてみる。近くで見ると、悲惨な事故現場だ。私が死んでしまっているという事実は、あり得ない角度に曲がった体と大量の流血からはっきりとわかるし、トラックの運転手も運転席で意識を失ったまま動かない。おまけに周囲には誰もいない。この道は人通りが少ないため、発見されるのも遅くなるだろう。とりあえず、私の体を引っ張り出そうと思い、触れようとしたが、スケスケの指が私の腕をすり抜けただけで、触れることはできなかった。他の物も、すり抜けて触れない。これでは私にはどうすることもできない。私はしばらくの間、立ち尽くしていた。
どうして幽霊になってしまったのだろう。何か未練でもあったっけ?まあ、もっと長生きしたかったけれど、特に夢や目標があったわけでも無いし、家族とも円満な生活を送れたし、友達と毎日楽しく過ごせたし、未練のようなものは特に思い浮かばない。この世に未練が無くなれば、成仏できるってよく言うけど、未練が無いのに幽霊になった場合はどうすればいいのだろう。お坊さんにお願いすればいいのかな。
いつまでもここにいても仕方ないので、とりあえず、お寺に行くことにした。浮いているけれど、移動速度は遅い。徒歩と同じくらいだ。私は綺麗な星空を眺めながらゆっくりと進んだ。途中、公園の前を通ったところで、女性の優しい声が私を引き留めた。
「ねえ、そこのお嬢さん。ちょっといいかしら?」
声のする方を見ると、黒のロングドレスを着た女性がブランコに座ってこちらを見ていた。レースの部分が月明かりに照らされて煌びやかだ。
「私……ですか?」
戸惑いながら聞き返した。
「ええ、あなた。こっちに来てくれないかしら」
女性はにこやかに微笑み、手招きをした。どうやら彼女は私のことが見えるようだ。
私は戸惑いながら、女性の元へと浮いて行った。
「あなた、途方に暮れているようね」
女性は柔らかな笑みを浮かべそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。手入れの行き届いたさらさらな黒髪がひらりと揺れる。
「ねえ、私と取引しない?」
「取引?」
「そう、取引。あなたにとって一番大切なものをくれたら、あなたにとって一番必要なものをあげるわ。今のあなたにとって一番必要なものは、そうね……健康な肉体じゃないかしら」
と、女性は非現実的なことを言い出した。けれど、女性の真っ黒な瞳から、本気で言っていることが伝わってくる。大体、非現実的と言ったら、幽霊になった私の今の状況が一番非現実的だ。私は話を続けることにした。
「それで、私が貴女にあげるものは?」
「それは言えないわ。けれど、あなたにとって一番大切なものなのだから、あなたが一番よく分かっているはずよ」
「私にとって一番大切なもの……。私の家族とか?」
「あなた以外の人間には干渉できないわ」
そうなると、私に思い当たるものは無い。少なくとも失って困るようなものは思い浮かばない。
「いいよ、取引しよ」
「それじゃあ、決まりね」
女性はそう言うや否や、私に接近し、屈んでキスをした。
とても優しいキスだった。
刹那、私の意識は遠のき始めた。薄れゆく意識の中、優しい声が聞こえたような気がした。
「――」
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