英雄じゃなくて声優です!

榛名

文字の大きさ
上 下
81 / 90

第81話 月下の告白です

しおりを挟む
魔王討伐に向けて、弓兵部隊の編制と魔術師の招集が行われることが決まった。
銀の騎士団は前衛として盾役を担う事になる。

「マユミ様も『力』が発現する可能性がありますので、後衛にて従軍願います」
「はい・・・ええと、それはミズキちゃんもですか?」
「彼女も異世界から来た、というのならマユミ様と共にご同行願いたいのですが・・・」

・・・視線がミズキに集まる。
傍目にはマユミ以上に幼い少女だ・・・辺境伯と言えど彼女を従軍させるのには抵抗があった。

「私はそれで構わないわ・・・最も、役には立たないと思うけどね・・・」

・・・どこか投げやりに答えるミズキ。
なにせ彼女は討伐しようという魔王本人なのだ。
どの道、戦場に行かないわけにはいかない・・・むしろ好都合と言えた。

「お二人には魔王・・・いえ、魔族の一体すら我々が近づけさせません、どうかご安心ください」

辺境伯が力強く二人に宣言する。
彼はミズキの態度を不安や絶望によるものと解釈したようだ。

「ありがとうございます」
「・・・ございます」
「ミズキちゃん?」

何か考え事をしているのか心ここにあらずといった様子で空返事を返すミズキ。
すぐ傍で心配そうに覗き込むマユミにも気付くのにも数秒の時間を弄した。

「ん・・・ああ、ちょっと疲れてるみたいだから先に休ませてもらうわ・・・あ、これ読んでね」
「うん・・・」

紙の束・・・彼女が書いた台本をマユミが受け取ると、ミズキは頼りない足取りで去っていく。

(これを書いたから疲れていたのかな・・・)

パラパラとめくって台本に軽く目を通す・・・インクの滲み具合から彼女の苦労が見て取れた。
エレスナーデも興味を引かれたのか、隣から台本を覗き込んだ。

「そういえば作家と言っていたわね・・・私も読んでいいかしら?」
「うん、後でミーアちゃんも一緒に三人で読もっか」
「ではマユミ様、我々も準備する事が増えましたので、この件は後日改めてということで、失礼します」
「あ、はい・・・よろしくお願いします」
「御意に・・・」

空気を読んだのか、辺境伯はセルビウスを引き連れ・・・マユミに一礼すると、玉座の間を後にした。
部屋には、マユミとエレスナーデの二人だけが残された。

「じゃあ、ミーアちゃんの部屋に行こう・・・ナーデ、つかまって」
「ありがとう」

マユミはエレスナーデの隣に立ち、彼女の体重を受け止める。
非力なマユミにとっては少々重たいが、しっかりと支えた。

「・・・こんな風にマユミに支えられるのは複雑な気分ね」
「ひ弱な小娘に支えられて歩くのはプライドが傷つく?恥ずかしい?」
「うん・・・少しだけ・・・でも悪くないわ」

以前のマユミと出会う前の自分なら、こんな風に他人を頼る事など出来なかっただろう。
どうにも非力なこの少女が、今はとても頼もしく感じられる。
マユミになら、自分の身を安心して任せることが出来る・・・その感覚が心地良かった。

「ナーデ・・・ごめん、ちょっと休んでいい?」
「あ・・・」

つい全力でマユミに寄りかかってしまっていた。
エレスナーデは慌てて自分の方に重心を寄せようとする・・・

「あ、いいの!ナーデはそのまま楽にしてて」
「でも・・・」
「私もナーデに頼られて、力になれて嬉しいから・・・これで良いんだよ」
「マユミ・・・」
「でも体力はもっとつけないとダメだね・・・私ももっと強ければナーデをひょいって運べるのになー」

それこそ勇者になった自分が、荷物を担ぐように軽々とエレスナーデを待ちあげる所を想像する。
しかしエレスナーデは、よりリアルに筋肉ムキムキになったマユミをイメージしたようだ。

「やめて、そんなマユミは見たくないわ!」
「そんなー」
「マユミは今のままで充分よ」
「そうかな・・・」
「そうよ、ずっとこのままがいいわ」
「や、それは・・・さすがにちょっと・・・」

二人は少しずつ、ゆっくりと移動したのだった。


・・・・・・


「やばいやばいやばい・・・どうしよう・・・」

自室に戻ったミズキはベッドの上で頭を抱えていた。
そのままベッドの上でごろごろと転がりながら、考えを纏めようとする。

・・・完全に油断していた。
まさかこんなにも早く魔王討伐なんて話になるなんて・・・
しかも英雄の力に頼るでもなく、魔王の持つ『力』への対策までしてきている。

お城での生活が快適過ぎて、ミズキは当初の目的を後回しにしていた。
なんだかんだ言ってマユミ達と過ごす時間は楽しかったのだ。
この世界でも作家として勝負出来ると燃えてもいた。
成功すれば、そのうち自分用に領地の一つも貰えるだろう・・・魔族達はそこに移住させればいい。

彼女は漠然とそんな風に考えていた・・・だがそれは悠長過ぎたのだ。

(だいたい魔族達は何も悪い事してないのに、急に討伐だなんて・・・)

そこで彼女は気付く・・・『している』のだ。
確かに魔族達は何もしてないかもしれない、だが魔王たるミズキは明確に『やっている』
帝都への奇襲・・・魔王による宣戦布告・・・充分過ぎる理由だった。

(くぅ・・・あの時の私が恨めしいわ)

過去に戻れたら自分をぶん殴っている所だ。

でもあの頃のミズキとしては、あれこそが最適解のつもりだった。
あのまま内側から人類の隙をついて『力』で攻撃し、侵略する気満々だったはずで・・・
魔王として転生したミズキにとって、人間など憎むべき敵に過ぎなかったはずで・・・

今だって最大出力でイビルレイを放てば街一つとまではいかないものの、半分くらいは吹き飛ばせる。
実際に撃ったわけではないが、彼女の『力』の感覚が、それくらいいけると言っている。
魔王討伐の軍勢など先手を取って吹き飛ばせばいいのだ。
だが今の彼女にはそれが出来ない、一方的な大量殺戮・・・その引き金を引く事なんて出来ない。

いったいどこで彼女は毒気を抜かれてしまったのか・・・やはりお城での贅沢な生活だろうか・・・
何にせよ、このままでは罪のない魔族達が彼女のせいで犠牲になってしまうだろう。
それはあまりにも理不尽だ・・・ミズキの大嫌いな理不尽だ。

『魔王様、第七の魔王ミズキ様!』

無邪気に自分を慕う魔族達の姿がミズキの脳裏に浮かんだ・・・

『ミズキ様の為に岩を削ってベッドをお作りしました』
『ううぅ・・・全身が痛くて寝れない・・・』
『お食事です、ミズキ様は一番大きい芋虫をどうぞ』
『ちょ、芋虫とか無理・・・』
『魔術でお身体を洗浄します、ささ、服をお脱がしします』
『や、やめなさいよ変態!』

・・・ろくな思い出がなかった。

「何よ・・・どいつもこいつも・・・馬鹿ばっかで・・・全然・・・使えなくて」

それでも・・・自分は・・・

ミズキの頬を、熱いものが流れ落ちた。


コンコン

「ミズキちゃん、起きてるかな?今みんなで台本を読んでいるんだけど・・・」

ドアをノックしたのはマユミだった。
台本の解釈について意見が分かれたので、作者のミズキに聞きに来たのだ。
・・・ミズキは乱暴に顔を拭うと、ドアを開けた。

「ちょうどよかったわマユミ様、今から二人きりで話せないかな?」
「ミズキちゃん?」
「出来れば誰にも聞かれないような・・・あの劇場が良いわ」
「いいけど・・・どうしたの?目が赤いよ?」
「・・・」

マユミの質問には答えず、ミズキはさっさと歩き始める。
よくわからないまま、マユミは黙ってついていった。

宵闇の大帝都劇場を満月が照らす・・・どこか幻想的な光景だった。
ミズキはステージの中央まで上がり、マユミの方へとゆっくり振り返る。

「思えば、全てはここからだったわね・・・」
「ミズキちゃん・・・」

こんな場所で思い出話でもするつもりだろうか・・・出来れば遠慮したい。
マユミは少し嫌そうな顔でミズキの言葉を待つ。

「マユミ様、私ね・・・ずっと隠していた事があるの・・・マユミ様をずっと騙していたのよ」
「ミズキちゃん・・・ダイアナ先生?何を言ってるの?」
「ある時は超絶美少女ミズキちゃん、またある時は天才作家水樹ダイアナ先生・・・」
「や、本当に何を言ってるのかわからないよ?ミズキちゃん?」

そこでマユミは気付く・・・ミズキは震えていた。
その一言がなかなか口から出せない・・・緊張した口から全然違うふざけた言葉が出てくる。

(しっかりしろ私、もう決めたんだ・・・)

ミズキは唇をきつく噛み締めた・・・鉄の味が口の中に広がる。

「その正体はっ!・・・だ・・・だ・・・」

声が上手く出てくれない・・・息がうまく出来ない・・・つらい。

(やっぱり、声優ってすごいな・・・)

声優というのは、こんな緊張感の中でも声を出して演じるのだろうか・・・いや、出していた。
あの時、この場所に立った彼女のよく通る声に・・・本物の英雄だと思い、ミズキは恐れたのだ。
目の前に立つ人物・・・その声優のマユミをミズキはしっかりと見つめた。

マユミは、声をろくに出せずに苦しみもがく彼女を滑稽と笑うこともなく・・・
真剣な顔で、次の言葉を待っていた。
そんな彼女を見ていると・・・なぜか少しだけ、喉が楽になったような気がした。

ミズキは今一度深く呼吸をすると、言おうとしていた言葉をようやく口にする。

「第七の魔王、ミズキ!・・・それが私の正体よ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...