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1 1LDK キミが男子高校生でいる間だけ
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僕の名前は宮古 硯。
この全寮制の男子校で、化学教師をしている。
生徒たちは多感な時期をこの学園内でのみ過ごさなくてはならない。
学園長の方針で外部との接触を完全に断ち切られるのだ。故に彼らの世界は狭く、性に対して強く興味を持ち始める年齢なのに周りを見ても男ばかり。それなら、と元々ゲイでなくても生徒同士がくっつく事も珍しい話ではなかった。
学園としても無理に抑え込む事はせず、生徒の自主性に任せていた。
考える力を養うとかなんとか。物は言いようだ。要は学園側が何かしてもしなくても問題になるなら自由にさせてやるからうまくやれ、という事だ。最初はそんな考え方に抵抗もあったが、勤続10年にもなると周りと揉めてまで何かをしようとは思わなくなっていた。
僕は見た目がなんとかって女優に似ているとかで、女に飢えた生徒からそれなりにモテた。毎年新入生が入ってきてしばらくは告白が続く。断り続けていればそのうち諦めてくれるのだが、今年は一人だけしつこい生徒がいた。
そろそろ今日も一輪の花を手に訪ねて来る頃だ。花と言ってもその辺に生えている名前も知らない花だ。
ひっそりと咲く花が僕みたいなのだとあの子は言った。
そんな事言ったら花に失礼だと思うくらいその花たちは可憐な姿をしていた。
壁にかかった時計を見ながらそわそわと落ち着かなくなるのを誤魔化すように、誰もいない部屋で「はぁ……」とわざとらしくも大きなため息を吐いた。
受ける気のない告白なんて断る方もしんどいだけだ。
だけどあの子は何度断ってもやってくる。
別に同性だからダメ、というわけではない。今まで僕が好きになったのは同性ばかりだし、僕の恋愛対象はそもそもが同性だ。
教師と生徒が……という事もあるが、その事については倫理的な問題とは別に気にはなっている。いや、正直に言うと気になっているどころの話ではない。それが一番の問題なのだ。
本音を言うと、僕だって恋はしたい。
だけど、僕の過去の出来事が待ったをかけるんだ。
生徒と付き合ってみても未来がない。
だって彼らは必ずここを巣立っていってしまう。
そうしたら僕との関係なんて泡のように消えてしまうんだ。
そんな期間限定の恋とも呼べないようなもの――絶対にしたくない。
そう思っていたのに、小柄でまだあどけなさの残るあの子が大きな瞳をキラキラとさせて僕のところにやって来た。媚びる為ではなく、ただ嬉しくてぶんぶんと振られる尻尾。まるで仔犬のように無邪気なキミ――。
僕の塩対応に次々と脱落していく中、あの子だけはなぜか少しも堪えた様子はなくて、入学以来毎日毎日一ヶ月もの間僕の元に通い続けていた。
――ある記憶が僕の心を締め付ける。
空室のままの僕の心に、存在したという残り香のような物だけを残し、もう絶対に戻る事はない彼。
9年も前の事なのにまだ僕の心には彼の幻影のようなものが住みついている。
時折香る記憶の中の彼の匂いに胸がつきんと痛んだ。
「センセ、オレと付き合ってよ。オレ、センセーと付き合えるならなんだってするよ? 勉強だってめっちゃ頑張る。小さいのが嫌だって言うんだったら背だって絶対伸びるから待ってて? ほら、青田買いっていうの? 将来絶対いい男になるからさ、今が買い時だよ?」
何の根拠もないのにそんな事を言いにぱっと笑う。
なんだってする? よく言う。彼らは簡単にそんな言葉を口にするけど、それと同じように簡単に約束を破るんだ。
いつもは適当に流していた告白なのに、今日はものすごくイライラとした。
「返答によっては付き合ってやってもいいけど。――何でもするって言っても、キミは一体何をしてくれるの?」
それはちょっとした意地悪だった。そしてほんのちょっぴりの期待でもあった。
*****
あの時のこの子の答えは――――。
受験も終わり寝不足なのか化学準備室に来るなり寝てしまったあの子。成績はいい方で志望大学も余裕で合格できるのに、絶対はないと直前まで頑張っていた。おかげで最近僕は大輔と会えても寝顔しか見れない。
人の気も知らず僕の隣りで静かな寝息を立てて眠る僕の恋人。
よく頑張ったね、という想いとそんなに卒業したいの? という相反する想いで気持ちがぐちゃぐちゃになる。
そっと顔にかかる前髪をよけると、むにゃむにゃと口が動いた。
はは……この子は図体ばかり大きくなっても中身は3年前の出会った頃と同じ。
僕の空っぽだった心に住み着いたこの子は、『1LDK(僕の愛しい 男子高校生)』
キミが高校生でいる間だけの僕の恋人。愛しい愛しい僕の恋人。
あれからもうすぐ3年。来週には卒業だ。
この全寮制の男子校で、化学教師をしている。
生徒たちは多感な時期をこの学園内でのみ過ごさなくてはならない。
学園長の方針で外部との接触を完全に断ち切られるのだ。故に彼らの世界は狭く、性に対して強く興味を持ち始める年齢なのに周りを見ても男ばかり。それなら、と元々ゲイでなくても生徒同士がくっつく事も珍しい話ではなかった。
学園としても無理に抑え込む事はせず、生徒の自主性に任せていた。
考える力を養うとかなんとか。物は言いようだ。要は学園側が何かしてもしなくても問題になるなら自由にさせてやるからうまくやれ、という事だ。最初はそんな考え方に抵抗もあったが、勤続10年にもなると周りと揉めてまで何かをしようとは思わなくなっていた。
僕は見た目がなんとかって女優に似ているとかで、女に飢えた生徒からそれなりにモテた。毎年新入生が入ってきてしばらくは告白が続く。断り続けていればそのうち諦めてくれるのだが、今年は一人だけしつこい生徒がいた。
そろそろ今日も一輪の花を手に訪ねて来る頃だ。花と言ってもその辺に生えている名前も知らない花だ。
ひっそりと咲く花が僕みたいなのだとあの子は言った。
そんな事言ったら花に失礼だと思うくらいその花たちは可憐な姿をしていた。
壁にかかった時計を見ながらそわそわと落ち着かなくなるのを誤魔化すように、誰もいない部屋で「はぁ……」とわざとらしくも大きなため息を吐いた。
受ける気のない告白なんて断る方もしんどいだけだ。
だけどあの子は何度断ってもやってくる。
別に同性だからダメ、というわけではない。今まで僕が好きになったのは同性ばかりだし、僕の恋愛対象はそもそもが同性だ。
教師と生徒が……という事もあるが、その事については倫理的な問題とは別に気にはなっている。いや、正直に言うと気になっているどころの話ではない。それが一番の問題なのだ。
本音を言うと、僕だって恋はしたい。
だけど、僕の過去の出来事が待ったをかけるんだ。
生徒と付き合ってみても未来がない。
だって彼らは必ずここを巣立っていってしまう。
そうしたら僕との関係なんて泡のように消えてしまうんだ。
そんな期間限定の恋とも呼べないようなもの――絶対にしたくない。
そう思っていたのに、小柄でまだあどけなさの残るあの子が大きな瞳をキラキラとさせて僕のところにやって来た。媚びる為ではなく、ただ嬉しくてぶんぶんと振られる尻尾。まるで仔犬のように無邪気なキミ――。
僕の塩対応に次々と脱落していく中、あの子だけはなぜか少しも堪えた様子はなくて、入学以来毎日毎日一ヶ月もの間僕の元に通い続けていた。
――ある記憶が僕の心を締め付ける。
空室のままの僕の心に、存在したという残り香のような物だけを残し、もう絶対に戻る事はない彼。
9年も前の事なのにまだ僕の心には彼の幻影のようなものが住みついている。
時折香る記憶の中の彼の匂いに胸がつきんと痛んだ。
「センセ、オレと付き合ってよ。オレ、センセーと付き合えるならなんだってするよ? 勉強だってめっちゃ頑張る。小さいのが嫌だって言うんだったら背だって絶対伸びるから待ってて? ほら、青田買いっていうの? 将来絶対いい男になるからさ、今が買い時だよ?」
何の根拠もないのにそんな事を言いにぱっと笑う。
なんだってする? よく言う。彼らは簡単にそんな言葉を口にするけど、それと同じように簡単に約束を破るんだ。
いつもは適当に流していた告白なのに、今日はものすごくイライラとした。
「返答によっては付き合ってやってもいいけど。――何でもするって言っても、キミは一体何をしてくれるの?」
それはちょっとした意地悪だった。そしてほんのちょっぴりの期待でもあった。
*****
あの時のこの子の答えは――――。
受験も終わり寝不足なのか化学準備室に来るなり寝てしまったあの子。成績はいい方で志望大学も余裕で合格できるのに、絶対はないと直前まで頑張っていた。おかげで最近僕は大輔と会えても寝顔しか見れない。
人の気も知らず僕の隣りで静かな寝息を立てて眠る僕の恋人。
よく頑張ったね、という想いとそんなに卒業したいの? という相反する想いで気持ちがぐちゃぐちゃになる。
そっと顔にかかる前髪をよけると、むにゃむにゃと口が動いた。
はは……この子は図体ばかり大きくなっても中身は3年前の出会った頃と同じ。
僕の空っぽだった心に住み着いたこの子は、『1LDK(僕の愛しい 男子高校生)』
キミが高校生でいる間だけの僕の恋人。愛しい愛しい僕の恋人。
あれからもうすぐ3年。来週には卒業だ。
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