恋むすび

ハリネズミ

文字の大きさ
上 下
7 / 13

4 @○○

しおりを挟む
 オレの両親はいつも仕事に追われていて、ばあちゃんに育てられたと言っても過言ではなかった。当然だけどオレの小さい頃からばぁちゃんはばぁちゃんで、ばぁちゃんが作るごはんは殆どが『茶色』だった。茶色いごはんというのは大人になれば好まれる事も多いが、小さな子どもにはひどくみすぼらしい物として映るようで、オレは度々意味の分からない視線を向けられる事になった。不思議に思いながらもどうせ大した事ないんだろ、と気にも留めていなかったのに――。忘れもしないあの日、クラスの女子に

「八坂くんって何だか大人っぽい……お弁当なのね」

 って眉をハの字にして言われたんだ。そのひと言でオレは全てを理解した。大人っぽいというのは『地味』だとか『ダサい』という意味で、決して誉め言葉ではなかった。オレはずっと憐れまれてきたのだと。両親から充分な愛情ももらえず、みんなのようにキラキラとしたお弁当も作ってもらえない。そんな可哀そうな子ども――。それがオレに向けられていた視線の意味だったんだと。

 周りのみんなの弁当箱には男も女も色とりどりのおかずが入っていて、どれも華やかで子どもらしさがあった。中にはどこかで見たようなキャラクターを模されたおにぎりや、可愛く型で抜かれた野菜まである。
 だけどオレのは茶色いのダサい物。

 人は周囲との違いを嫌う生き物だ。特に自制の効かない子どもともなるとそれは顕著で、たかだか弁当の色が違うというだけでオレは哀れみの対象にされてしまったんだ。
 それが分かった瞬間、オレはばあちゃんが作った弁当がひどくダサくみすぼらしい物に思えた。それでもオレはばぁちゃんに何も言えず、ばあちゃんがオレの為に作ってくれた弁当を食べたフリで捨ててしまっていた。何年も何年も――。

 中学の頃になると『こんな弁当しか作らないばぁちゃんが悪い』とまで思うようになっていて、弁当を捨てるのにも罪悪感を抱かなくなってきていた。そんな時、知らない先輩に弁当を捨てているところを見られてしまった。流石に食べ物を捨てるのは体裁が悪いとこっそり捨てていたのに、見つかって内心舌打ちをした。
 オレを睨みつけるようにして立つ先輩の姿は、ひょろりとしていて顔色も青白く、吹けば飛ぶような印象の人だった。なぁんだこの人もこちら側の人じゃないか。――可哀そうな人。
 そう思ったのに、

「食べ物を粗末にしてはダメだ。何が気に入らない? 手作りだろう? それを捨てるって事は作ってくれた人の『気持ち』も捨てるって事だぞ」

 見た目とは違い、そう言った声ははっきりとしていて、力強さを感じた。
 先輩をもう一度見ると、今度はしっかりと地に足を付けて立っているように見えた。図体ばかりでかくてもオレの方がよっぽどフラフラとしていて頼りなく思えた。

――――可哀そうだなんて……あり得ない。

 もう一度先輩の言葉を噛みしめてみる。オレの為に早起きして毎朝作ってくれたばあちゃん。冬の日の朝なんて水も冷たくて、それでも文句を言っているのを聞いた事なんてなかった。偏食がちなオレの為に色々と工夫してくれていたと知っていたのに――。キャラクターが何だ、キラキラがなんだ、オレの弁当にはばぁちゃんの愛情がたっぷりと入ってるんだ。
 みんなの弁当を否定するつもりはないけど、オレの弁当だって否定される謂れはなかったのに――。

 オレはなんて事をしていたんだ――――。
 後悔の念が押し寄せる。

 自分の間違いを気づかせてくれた先輩にお礼を言おうと、顔を上げた時にはすでに先輩の姿はなく、オレはどこへ向けるでもなく深くふかく頭を下げた。


*****

 家に帰るとすぐにオレはばあちゃんに土下座して謝った。ばあちゃんは「食べ物を粗末にするのはいけない事」と一瞬だけ怖い顔になって、すぐに笑って許してくれた。オレがどうしてそうしていたのか、理由は言っていないのにある程度想像がついたのだろう、ばぁちゃんは泣き続けるオレをずっと抱きしめてくれた。
 それからは作ってもらうばかりじゃなく手伝うようになった。ばあちゃんとふたり並んで台所に立ち、料理を作った。一緒に料理をしていて分かった事がある。ばぁちゃんが本当に料理が好きで、誰かがばぁちゃんが作った料理を美味しいって食べてくれる事が嬉しいんだ。オレのくだらない見栄やプライドのせいで傷つけてしまった事を改めて申し訳なく思った。


 そうして時は流れて、オレが会社勤めをするようになり3年。何かと忙しく、一緒に料理をする機会はめっきり減ってしまっていた。
 あの時の先輩のひと言があったから、オレは今もばあちゃんもばあちゃんの想いも大事にしている。あの事がなくてもいつかは気づいたかもしれないけど、その時はもう遅かったかもしれない。だからあの先輩には感謝してもしきれないのだ。
 それとは別にあの先輩の青白く見えた肌は本当は透き通るような白い肌で、もしも赤く染まったならどんなに――と、思春期のオレにあらぬ妄想まで掻き立てた。
 あの先輩はオレの『恩人』であり、『初恋の人』なのだ。

 ――それなのに……。
 会社で見かけた先輩は、平気で食べ物を捨てる人間になっていた。
 ぎゅっと眉間に皺が寄る。

 オレはあの人が席を外している事を確かめ、今朝忘れていったおにぎりを自分のハンカチで包みあの人の机の上に置いた。
 ハンカチで包んだのは、少しでも作ってくれた『人』を意識するようにと作った人の『気持ち』を思い出して欲しかったからだ。

 その時のオレはあの人がなぜ席を外したまま戻らなかったのか知らずに、帰宅時にチラリと見た机の上にまだおにぎりがあるのを見つけ、残念な気持ちでいっぱいになった。このまま放置されていては捨てられてしまう可能性が高い。あの時そう話していたし。
 そうなってしまうくらいなら、とポケットに入れた小銭入れからあの人が払ったおにぎり代を机の上に置き、代わりにおにぎりを回収した。
 自分の恋心も一緒に――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

処理中です...