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7 ③

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 未だ夢心地のオレは熊野から名前を呼ばれ、ハッとした。まだ完全には混乱から抜け出せてはいなかったけれど頭を左右に何度か振り、なんとか現状を把握できるくらいには落ち着いてきた。
 キョロキョロと辺りを見回して、利用したことはないけれど多分ここは所謂そういうことをするホテルなんだろうことは分かった。存在を主張する大きなベッドと、やや薄暗い室内にそれっぽい調度品の数々。
 そしてなぜかオレはベッドの上で胡座をかいた熊野の膝の上に対面で抱っこされていた。これでパニックになるなっていう方がおかしい。
 再びの混乱に、思わず「ひえっ」と声を上げて熊野から離れようとしたけれど、熊野が離してくれるはずもなく、オレを抱きしめる熊野の太く逞しい腕に更に力が込められた。
 あわあわするオレに「フッ」と小さく笑い声が降ってきて、もう一度名前を呼ばれた。

「夕──いきなりこんなところに連れてきてしまってすまない。一秒でも早く二人きりになりたかったんだ」

「あっ……と、ええ、それは、はい。大丈夫、です」

 全然大丈夫なんかじゃないけれど、口が勝手にそう答えていた。

「ありがとう。それと──長いこと待たせてしまってすまなかった。ちゃんと出ていってもらったよ」

 誰がと訊かなくても分かる。元カノが熊野の家から出ていったということだろう。

「恥ずかしい話だが、俺はいい年をして恋愛というものが分かっていなかったように思う。きみへの気持ちを自覚して、初めて俺は彼女たちのことを恋人として愛していなかったんだと気づいた。こんな俺に告白してくれて、付き合ったからには大切にしなくてはいけない・・・・、それが愛情だと思っていた。本当は『いけない』わけではなく、『したい』なんだろうと思う。俺は他の誰でもなく、きみを大切にしたい・・・

 そう言ってじっとみつめられ、オレは小さく頷くことで応えた。オレも同じ気持ちだったから。

「きみに見られたあのときの涙も、フラれたショックでというよりもきっと無自覚に、自分の不甲斐なさと彼女に対する申し訳なさからでたものだったんだと思う。彼女たちには本当に申し訳ないことをしたと思うし、そんな自分が情けないと思う。だから今回、早い段階で新しい恋人がいることを伝えてはいたんだが、彼女に対して負い目のようなものがあってあまり強くはでられなかったんだ。そのせいできみにはつらい想いをさせてしまった……。本当にすまなかった」

 と重ねて謝罪をする熊野。熊野の言葉や表情には自責の念とオレに対しての申し訳なさが滲んでいて、それが痛いほど伝わってきた。

「いえ、そんな……。でも──恋……人? さっきも言ってましたけど……」

 あの男に言ったことが冗談でなければ、その新しい恋人はオレということになるわけだけれど、オレは熊野と付き合った覚えはない。
 さっきは『恋人』という言葉や恋人繋ぎに浮かれてしまって色々とおかしくなってしまったけれど、オレは現実を分かっているから──。
 表情を見てオレの思考を読んだのか、熊野の眉間に深く皺が寄り目つきも鋭くなった。

「恋人というのは勿論きみのことだ。あの日・・・から俺たちは付き合っているだろう? じゃなければあんなこと……」

 あんなこととはあの夜のことを言っているのだろうけれど……。それは責任感から? だとしたら──嫌、だな。もしも違うと言うのなら確証が欲しい。

「でも俺は……男……だから」

「それが? あれで女と言われる方が驚いてしまうんだが」

「男相手に責任とか……」

 最後までしていなくてはたして責任が生じるかどうか疑問に思うけれど、真面目な熊野のことだ。それも考えられなくはなくて口にした。できるだけ不安の種は潰しておきたい……。

「──」

 ギロリと睨まれ、怖さではなく期待に胸が高鳴る。

「俺は責任をとろうとしているわけじゃない。きみが、夕が好きだから、あの日キスをされて驚きはしたが嬉しかったし、俺はあれできみへの想いを自覚した。きみの優しさやいじらしさ、普段の真面目なところが好きだ。今までしてこなかったことだが……、俺はあんなことは恋人としかしたくない。──夕は違うのか?」

 睨むように見つめる瞳は傷ついたように揺れていて、胸がギュッとなった。もう熊野の気持ちを疑ったりはしないけれど、でも、だけど……と思う。

「でも男だと外では他人のフリでっ、男だと……っ男だから──っ!」

 オレが思ってた以上にアキラがオレのことを好きだったことは、こないだの話で分かっている。それでも人目があるところでは他人のフリだったし、結局アキラはオレの為としながらも別れることを選んだのだ。
 熊野のことは本当に好きだ。今更否定しようがない。そう思うけれど、どうやらオレは恋愛に対して臆病になってしまっているらしい。
 求めてやまないものがすぐそこにあるというのに手を伸ばすことができない。
 「だって……。でも……」と更に言い募るオレを熊野は抱きしめた。

「愛してる。なにが不安なんだ? よかったら聞かせてくれないか?」

 頭では分かっているのになくなってくれない、オレの中に住み着いてしまった不安を口にする。

「──もし、もしもオレたちが付き合うことで、オレや熊野さんに危害が及ぶなんてことがあったとしたら──どうしますか?」

 オレの問いに少しだけ思案顔の熊野。適当に答えるのではなく、真剣に考えてくれているようだった。

「そう、だな。想定される状況がよくは分からないが、これだけは言える。どんな状況になっても俺はきみを手放せないし、二人で助け合って困難を切り抜けられたらって思うよ。一人ではダメでも二人でならなんとかなることの方が多いだろう」

 熊野はそうはっきりと言い切った。とても熊野らしい答えだ。その答えにオレは涙ぐんだ。
 もう一度が起こることが怖かった。オレを守る為だとしてもあんな別れ方はもしも立場が逆になったとしても、二度と経験したくなかった。
 熊野だって普段はどんなときも毅然とした態度をとっていたとしても弱い部分もある。それでも信じてくれているんだ。一人ではなくオレと一緒ならどんなときでも大丈夫だって。
 熊野の言葉にオレの不安は泡となって消えていった──。

「──オレ、だってっ! 熊野さんのことが、好き……っ」

 それだけ言うと熊野の腕の中でうわーんと子どもみたいに声を上げて泣いた。
 好き。本当に好きだからこの手を取ることが怖かった。怖くて仕方がなかったんだ。
 熊野はオレのそんな弱さを分かっているのか、頭を優しく撫でながら「好きだ」「愛してる」と言って、まるで子どもをあやすようにたくさんのキスをくれた。






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