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とりあえずいい時間であることと、どうせなら豪華旅館で部屋呑みでも、とオレの部屋に誘ってみた。ついでにそのまま泊まるのもいいし。
どこか適当な店に入ることも考えたけれど、よく考えたらオレは豪華温泉旅館ペア宿泊チケットを一人で使っているのだ。いつでももう一人追加してもいいということだし、使わない手はない。
今回熊野は元カノと旅行にきているわけで、帰りの予定は明日だそうだ。元カノがそのまま泊まっていくとすれば、この辺は人気の観光地であり、当日、それも夕方近くに空いてる旅館なんてホテルも含めてないだろう。だから必然的に同じ部屋になる。
別れたのに同じ部屋に泊まるのはさすがに……どんな地獄だって思ってしまう。だとしたら呑んでその後解散というわけにはいかないと思ったのだ。
少し話しただけでも分かる。あの元カノなら戻った熊野に、部屋から出ていけくらい言いそうだし、熊野もそれに従いそうなところが怖い。
これ以上傷ついて欲しくないのに、なんで熊野ばかりが割りを食うことになるのか。
だったら余っていると言うと聞こえが悪いけれど、普通のサラリーマンじゃ泊まれないような豪華旅館で美味しい料理を食べて、温泉も楽しめば少しは気が紛れるのではないだろうか。
なによりペアチケットの本来の役割を果たせるから、オレの罪悪感もなくなる。ペアチケットならやっぱりペアで使った方がいいに決まっている。
もしも問題があるとすれば、オレがゲイだからお互いに気を遣うことになるのかもしれないけれど、熊野はそれを知らないのだから問題ないだろう。
万が一オレがその気になったとしても熊野は彼女がいたくらいだしノンケだし、体格差からいってもオレがどうこうできるものでもない。
って、こんなことを考える必要もないんだろうけれど。
遠慮する熊野にオレがこの旅行にきた経緯を告げ、むしろ一緒に泊まってくれた方がいいのだと強調した。
自分でも笑っちゃうくらい必死に説得しようとしていて、内心苦笑する。確かに熊野の力になりたいとは思っているけれど、オレの方の都合をおいておいても宿の心配までするのは明らかにいきすぎだ。
頼まれたわけでもないのに、オレはなんでこんなに必死になっているんだろう。同情? 仲間意識? だとしても、うーん? 自分のことなのに分からなくてわずかに首を傾げた。
熊野はオレの力説に納得したのか、申し訳なさそうにしながらも提案を受け入れてくれた。荷物はとりあえず明日の朝取りにいくことにして、まっすぐオレの泊まる旅館に向かうことにする。
到着すると、旅館の豪華さに熊野も驚いているようで、ポカンと口を開けていた。ほんの数時間前の自分も同じだったくせに、そんなことはお首にもださず少しだけドヤ顔をしてしまう。一人追加する旨を旅館側に伝え、「部屋もきっとびっくりするくらい素敵ですよ。さぁいきましょう」と熊野の手を引いた。
部屋に入ってすぐに目に飛び込んできた、大きな窓から見える景色に息を呑んだ。昼間とはまた違ったよさがあった。いや、きっと夜の方が素晴らしいのではないかと思う。
なんて表現するのが正解なのか、自分の語彙力のなさがもどかしい。現実なのに現実じゃないというか、ライトアップされた幻想的な世界がそこにはあった。
オレの隣で景色を眺める熊野も同じように感じてくれているのか、熊野の目がキラキラと輝いて見えて、内心オレはホッとしていた。思い切って誘ってはみたものの強引だったのではないか、迷惑だったのではないか、誘ってしまって本当によかったのか不安だったのだ。
安心して変な力が抜けたオレは、ようやく通常運転の少し上くらいのテンションに落ち着いた。
他愛のない話に少し笑って、そう時間を置かずに二人分の酒と料理が運ばれてきた。対応の早さと意匠を凝らした数々の料理に、さすが高級旅館だ、と一人納得する。見掛け倒しのものはなく、料理の一つ一つが見た目以上に美味しい。熊野も料理を口に運ぶたびに口角を上げ、箸が止まらないようだ。よかった。
さて、酒もほどほどに入り、ここからが本題ということになるわけだけれど……。熊野には話を聞くと言って連れてはきたものの、熊野が話したくないのならそれでもいいと思っている。
同じ会社に勤めているわけだし、また話したくなったときに改めて聞くこともできる。『旅の恥はかき捨て』ということわざもあるくらいだから本当はこの機会に聞く方がいいのかもしれないけれど、どちらにしても決定権は熊野にあるからオレの方からなにかを言うことはない。
オレにできることは引き続き美味しい料理を食べて、美味しい酒を呑んで楽しい話をするだけだ。
オレは話し上手というわけではないけれど、自称事情通のちょっと変わった同僚を話題にして場を盛り上げてみた。同僚のことを勝手に話すことになるけれど、悪口ではなくおもしろ話だし、同僚は申請書類の不備や期限超過でいつも熊野に迷惑をかけているようだし、このくらいは許されるだろう。
心の中ではきちんと同僚に謝っておく。
熊野はオレの話を「ああ」「そうか」「なるほど」などと相槌をうちながら聞いて、ときどきおかしそうに笑ってくれた。そして酒も進んで酔ってきたなというころ、丁度話題も切れて熊野の表情が硬くなったのが分かった。
あぁ今から話すのだなと思った。やっぱり熊野は自身が弱っているときでさえ真面目で、適当なことはしないのだ。
話を訊くと言われ、それに応じたのなら話さなくてはいけないとでも思っているのだろう。無理する必要なんかないのに。
今日じゃなくても後日でもと言おうとして、熊野はそれを軽く首を振って止めた。であれば、オレは聞く体勢をとる。
熊野は一つ頷いて、そして話しだした。
どこか適当な店に入ることも考えたけれど、よく考えたらオレは豪華温泉旅館ペア宿泊チケットを一人で使っているのだ。いつでももう一人追加してもいいということだし、使わない手はない。
今回熊野は元カノと旅行にきているわけで、帰りの予定は明日だそうだ。元カノがそのまま泊まっていくとすれば、この辺は人気の観光地であり、当日、それも夕方近くに空いてる旅館なんてホテルも含めてないだろう。だから必然的に同じ部屋になる。
別れたのに同じ部屋に泊まるのはさすがに……どんな地獄だって思ってしまう。だとしたら呑んでその後解散というわけにはいかないと思ったのだ。
少し話しただけでも分かる。あの元カノなら戻った熊野に、部屋から出ていけくらい言いそうだし、熊野もそれに従いそうなところが怖い。
これ以上傷ついて欲しくないのに、なんで熊野ばかりが割りを食うことになるのか。
だったら余っていると言うと聞こえが悪いけれど、普通のサラリーマンじゃ泊まれないような豪華旅館で美味しい料理を食べて、温泉も楽しめば少しは気が紛れるのではないだろうか。
なによりペアチケットの本来の役割を果たせるから、オレの罪悪感もなくなる。ペアチケットならやっぱりペアで使った方がいいに決まっている。
もしも問題があるとすれば、オレがゲイだからお互いに気を遣うことになるのかもしれないけれど、熊野はそれを知らないのだから問題ないだろう。
万が一オレがその気になったとしても熊野は彼女がいたくらいだしノンケだし、体格差からいってもオレがどうこうできるものでもない。
って、こんなことを考える必要もないんだろうけれど。
遠慮する熊野にオレがこの旅行にきた経緯を告げ、むしろ一緒に泊まってくれた方がいいのだと強調した。
自分でも笑っちゃうくらい必死に説得しようとしていて、内心苦笑する。確かに熊野の力になりたいとは思っているけれど、オレの方の都合をおいておいても宿の心配までするのは明らかにいきすぎだ。
頼まれたわけでもないのに、オレはなんでこんなに必死になっているんだろう。同情? 仲間意識? だとしても、うーん? 自分のことなのに分からなくてわずかに首を傾げた。
熊野はオレの力説に納得したのか、申し訳なさそうにしながらも提案を受け入れてくれた。荷物はとりあえず明日の朝取りにいくことにして、まっすぐオレの泊まる旅館に向かうことにする。
到着すると、旅館の豪華さに熊野も驚いているようで、ポカンと口を開けていた。ほんの数時間前の自分も同じだったくせに、そんなことはお首にもださず少しだけドヤ顔をしてしまう。一人追加する旨を旅館側に伝え、「部屋もきっとびっくりするくらい素敵ですよ。さぁいきましょう」と熊野の手を引いた。
部屋に入ってすぐに目に飛び込んできた、大きな窓から見える景色に息を呑んだ。昼間とはまた違ったよさがあった。いや、きっと夜の方が素晴らしいのではないかと思う。
なんて表現するのが正解なのか、自分の語彙力のなさがもどかしい。現実なのに現実じゃないというか、ライトアップされた幻想的な世界がそこにはあった。
オレの隣で景色を眺める熊野も同じように感じてくれているのか、熊野の目がキラキラと輝いて見えて、内心オレはホッとしていた。思い切って誘ってはみたものの強引だったのではないか、迷惑だったのではないか、誘ってしまって本当によかったのか不安だったのだ。
安心して変な力が抜けたオレは、ようやく通常運転の少し上くらいのテンションに落ち着いた。
他愛のない話に少し笑って、そう時間を置かずに二人分の酒と料理が運ばれてきた。対応の早さと意匠を凝らした数々の料理に、さすが高級旅館だ、と一人納得する。見掛け倒しのものはなく、料理の一つ一つが見た目以上に美味しい。熊野も料理を口に運ぶたびに口角を上げ、箸が止まらないようだ。よかった。
さて、酒もほどほどに入り、ここからが本題ということになるわけだけれど……。熊野には話を聞くと言って連れてはきたものの、熊野が話したくないのならそれでもいいと思っている。
同じ会社に勤めているわけだし、また話したくなったときに改めて聞くこともできる。『旅の恥はかき捨て』ということわざもあるくらいだから本当はこの機会に聞く方がいいのかもしれないけれど、どちらにしても決定権は熊野にあるからオレの方からなにかを言うことはない。
オレにできることは引き続き美味しい料理を食べて、美味しい酒を呑んで楽しい話をするだけだ。
オレは話し上手というわけではないけれど、自称事情通のちょっと変わった同僚を話題にして場を盛り上げてみた。同僚のことを勝手に話すことになるけれど、悪口ではなくおもしろ話だし、同僚は申請書類の不備や期限超過でいつも熊野に迷惑をかけているようだし、このくらいは許されるだろう。
心の中ではきちんと同僚に謝っておく。
熊野はオレの話を「ああ」「そうか」「なるほど」などと相槌をうちながら聞いて、ときどきおかしそうに笑ってくれた。そして酒も進んで酔ってきたなというころ、丁度話題も切れて熊野の表情が硬くなったのが分かった。
あぁ今から話すのだなと思った。やっぱり熊野は自身が弱っているときでさえ真面目で、適当なことはしないのだ。
話を訊くと言われ、それに応じたのなら話さなくてはいけないとでも思っているのだろう。無理する必要なんかないのに。
今日じゃなくても後日でもと言おうとして、熊野はそれを軽く首を振って止めた。であれば、オレは聞く体勢をとる。
熊野は一つ頷いて、そして話しだした。
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