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──次に気がついたときには、どうやって帰ったのかオレは自分の家にいて、ベッドを背に膝を抱えて座っていた。
なんでこんなことになってしまったのか……。
「アキラの隣で微笑んでいた『運命の人』……可愛かった、な……」
思わずそう呟いてしまうくらいアキラの新しい恋人は可愛いかった。オレとは骨格から違うのか全体的に華奢で、どこからどう見ても女の子にしか見えなかった。
一瞬本物の女の子かとも思ったけれど、すぐに違うことは分かった。消去法みたいなものだ。アキラはバイではなくオレと同じでゲイだ。恋愛的な意味で同性以外を受け付けない。
だからアキラの新しい恋人がいくら女の子のように見えても、本物の女の子であるはずがないのだ。結果『運命の人』は、可愛い女の子に見える男、ということになる。
対するオレは綺麗系でも可愛い系でもない。中肉中背の所謂フツメンで、強いて言えば左目のすぐ下にふたつ並んだほくろがチャームポイントかな? と無理矢理思わないとダメなくらいなにもない。どう転んでも女には見えない男で、これまでもこれからもずっと男だ。
そこまで考えて、あぁなるほど、そういうことかと思った。
アキラはゲイバレを恐れていた。近年、『同性愛」への世間の理解が深まったとはいえ、世間の目は未だ厳しいものがあるし、好奇な目で見られるのは気持ちのいいものではない。
それでもアキラとなら──と思わなくもなかったけれど、アキラがゲイバレを恐れる気持ちも理解できたから、オレも納得してオレたちの関係を隠した。
そんなアキラにとって、女の子に見える男というのは確かに『運命の人』と言えるのかもしれない。
無理矢理そう納得しようとしたけれど、いくつもの『なんで?』がオレの中に生まれ、納得なんてできなかった。したくなかった。
色々制限はあったものの、なんでオレと六年も付き合っていたのか。
そもそも最初にオレが告白したとき、なんでOKしてくれたのか。
オレは昔も今もずっとオレのままだし、女の子っぽくなんかなかったのに──なんで?
何度考えてみても、なにかを考えついたとしても、結局はオレの想像でしかないことは分かっていた。もうそれを確認する術もオレにはないことも。そうやってオレの中に昇華できないモヤモヤが、心の底に澱となって溜まっていった。
だから三年も経つのに同じシチュエーションってだけで、無関係にもかかわらず心がかき乱され、言葉一つで一瞬で過去へと引き戻されてしまったのだ。
痛みや悲しみ、色々な感情が胸の中でない混ぜになる。
こんなことなら喫茶店に立ち寄るんじゃなかった。旅行だってこなくてもよかった──。
あの日、まさか『運命の人』を理由にされるとは思わなかったけれど、本当はアキラとはもうダメなのかもしれないと少しだけ思っていた。
いくら仕事が忙しくても普通何ヶ月も音信不通になったりはしない。
送ったメッセージの既読スルーが続き、スマホの画面を自分発信のメッセージだけが埋め尽くしたりはしない。
そんな状態が一年も続くなんてあり得ない。
そして、久しぶりのデートの場に他人を連れてきたりは絶対にしない。
分かっていたけれど、信じたくなかった。だからアキラを信じた。だけど結局は裏切られて……、オレはあの場から、二人から逃げたのだ。そして後悔だけが残った──。
後悔したところでなにも変わりはしない。かえって苦しいだけだ。どんなときだってやり直しなんてできないし、いつまでも囚われ続けるのだ。
それを身をもって知っているから、オレは立ち上がった。同じ境遇の男のこれからの為に。
「突然すみません。一言だけ失礼します。『運命の人』だなんて、いくら取り繕ってみてもそんなのはただの浮気ですよ。別れるなら別れるできちんと納得のいく理由を言うべきだとオレは思います。それが相手に対する最低限の誠意ってものでしょう?」
シーンと静まる店内。言われた女は図星だったのだろう、怒りに顔を真っ赤に染めてワナワナと肩を震わせていたけれど、なにかを言うことはなかった。さっきまでの男に対するやや上から目線の余裕ぶった態度はどこへやら、だ。
内容も内容だけれど、女のこういった態度もオレは気にくわなかった。だから余計なお世話と知りながら介入しようと思ったのだ。
そしてオレが介入することで、受けるかもしれない女からの暴言や暴力にも抵抗や反撃をするつもりはなかった。女からしてみればオレはまったくの部外者だし、いきなり暴言を吐かれたのと同じことだと思うからだ。
その代わり別れを当然のこととせず、一言だけでも男に謝罪して欲しかった。
そう思っていたけれど、結局女はそれ以上なにかを言うことはなかった。もちろん男に謝罪もしていない。オレを睨んで、そのまま出ていってしまった。
それを見送り、オレはため息を吐いた。これじゃあなにも変わらない。オレがでしゃばったことで悪目立ちすることになって、男にはかえって悪いことをしてしまった。オレは謝罪しようと初めて取り残されてしまった男の方を見た。すると、丁度男もこちらを見ていたようで目が合った。瞬間、オレの口から驚きが小さく吐息のように漏れた。
「──え?」
──熊野、さん……?
見覚えのある短く切り揃えられた黒髪の、いつもと変わらない姿の大きな体躯をした男が、いつもとは違って肩を落とし、鋭く切れ長の目からは涙を流していた。
まさか生活圏から遠く離れた旅先で、偶然立ち寄った喫茶店に知り合いがいて、そして『運命の人』を理由に別れ話をしている確率は──一体いくつくらいなのだろうか。きっとそんなに高くはないはずだ。
なんでこんなことになってしまったのか……。
「アキラの隣で微笑んでいた『運命の人』……可愛かった、な……」
思わずそう呟いてしまうくらいアキラの新しい恋人は可愛いかった。オレとは骨格から違うのか全体的に華奢で、どこからどう見ても女の子にしか見えなかった。
一瞬本物の女の子かとも思ったけれど、すぐに違うことは分かった。消去法みたいなものだ。アキラはバイではなくオレと同じでゲイだ。恋愛的な意味で同性以外を受け付けない。
だからアキラの新しい恋人がいくら女の子のように見えても、本物の女の子であるはずがないのだ。結果『運命の人』は、可愛い女の子に見える男、ということになる。
対するオレは綺麗系でも可愛い系でもない。中肉中背の所謂フツメンで、強いて言えば左目のすぐ下にふたつ並んだほくろがチャームポイントかな? と無理矢理思わないとダメなくらいなにもない。どう転んでも女には見えない男で、これまでもこれからもずっと男だ。
そこまで考えて、あぁなるほど、そういうことかと思った。
アキラはゲイバレを恐れていた。近年、『同性愛」への世間の理解が深まったとはいえ、世間の目は未だ厳しいものがあるし、好奇な目で見られるのは気持ちのいいものではない。
それでもアキラとなら──と思わなくもなかったけれど、アキラがゲイバレを恐れる気持ちも理解できたから、オレも納得してオレたちの関係を隠した。
そんなアキラにとって、女の子に見える男というのは確かに『運命の人』と言えるのかもしれない。
無理矢理そう納得しようとしたけれど、いくつもの『なんで?』がオレの中に生まれ、納得なんてできなかった。したくなかった。
色々制限はあったものの、なんでオレと六年も付き合っていたのか。
そもそも最初にオレが告白したとき、なんでOKしてくれたのか。
オレは昔も今もずっとオレのままだし、女の子っぽくなんかなかったのに──なんで?
何度考えてみても、なにかを考えついたとしても、結局はオレの想像でしかないことは分かっていた。もうそれを確認する術もオレにはないことも。そうやってオレの中に昇華できないモヤモヤが、心の底に澱となって溜まっていった。
だから三年も経つのに同じシチュエーションってだけで、無関係にもかかわらず心がかき乱され、言葉一つで一瞬で過去へと引き戻されてしまったのだ。
痛みや悲しみ、色々な感情が胸の中でない混ぜになる。
こんなことなら喫茶店に立ち寄るんじゃなかった。旅行だってこなくてもよかった──。
あの日、まさか『運命の人』を理由にされるとは思わなかったけれど、本当はアキラとはもうダメなのかもしれないと少しだけ思っていた。
いくら仕事が忙しくても普通何ヶ月も音信不通になったりはしない。
送ったメッセージの既読スルーが続き、スマホの画面を自分発信のメッセージだけが埋め尽くしたりはしない。
そんな状態が一年も続くなんてあり得ない。
そして、久しぶりのデートの場に他人を連れてきたりは絶対にしない。
分かっていたけれど、信じたくなかった。だからアキラを信じた。だけど結局は裏切られて……、オレはあの場から、二人から逃げたのだ。そして後悔だけが残った──。
後悔したところでなにも変わりはしない。かえって苦しいだけだ。どんなときだってやり直しなんてできないし、いつまでも囚われ続けるのだ。
それを身をもって知っているから、オレは立ち上がった。同じ境遇の男のこれからの為に。
「突然すみません。一言だけ失礼します。『運命の人』だなんて、いくら取り繕ってみてもそんなのはただの浮気ですよ。別れるなら別れるできちんと納得のいく理由を言うべきだとオレは思います。それが相手に対する最低限の誠意ってものでしょう?」
シーンと静まる店内。言われた女は図星だったのだろう、怒りに顔を真っ赤に染めてワナワナと肩を震わせていたけれど、なにかを言うことはなかった。さっきまでの男に対するやや上から目線の余裕ぶった態度はどこへやら、だ。
内容も内容だけれど、女のこういった態度もオレは気にくわなかった。だから余計なお世話と知りながら介入しようと思ったのだ。
そしてオレが介入することで、受けるかもしれない女からの暴言や暴力にも抵抗や反撃をするつもりはなかった。女からしてみればオレはまったくの部外者だし、いきなり暴言を吐かれたのと同じことだと思うからだ。
その代わり別れを当然のこととせず、一言だけでも男に謝罪して欲しかった。
そう思っていたけれど、結局女はそれ以上なにかを言うことはなかった。もちろん男に謝罪もしていない。オレを睨んで、そのまま出ていってしまった。
それを見送り、オレはため息を吐いた。これじゃあなにも変わらない。オレがでしゃばったことで悪目立ちすることになって、男にはかえって悪いことをしてしまった。オレは謝罪しようと初めて取り残されてしまった男の方を見た。すると、丁度男もこちらを見ていたようで目が合った。瞬間、オレの口から驚きが小さく吐息のように漏れた。
「──え?」
──熊野、さん……?
見覚えのある短く切り揃えられた黒髪の、いつもと変わらない姿の大きな体躯をした男が、いつもとは違って肩を落とし、鋭く切れ長の目からは涙を流していた。
まさか生活圏から遠く離れた旅先で、偶然立ち寄った喫茶店に知り合いがいて、そして『運命の人』を理由に別れ話をしている確率は──一体いくつくらいなのだろうか。きっとそんなに高くはないはずだ。
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