【完結】 『運命』なんてクソ喰らえ!

ハリネズミ

文字の大きさ
上 下
5 / 20

2 ③

しおりを挟む
 ──次に気がついたときには、どうやって帰ったのかオレは自分の家にいて、ベッドを背に膝を抱えて座っていた。
 なんでこんなことになってしまったのか……。

「アキラの隣で微笑んでいた『運命の人あの人』……可愛かった、な……」

 思わずそう呟いてしまうくらいアキラの新しい恋人は可愛いかった。オレとは骨格から違うのか全体的に華奢で、どこからどう見ても女の子・・・にしか見えなかった。
 一瞬本物の女の子かとも思ったけれど、すぐに違うことは分かった。消去法みたいなものだ。アキラはバイではなくオレと同じでゲイだ。恋愛的な意味で同性以外を受け付けない。
 だからアキラの新しい恋人がいくら女の子のように見えても、本物の女の子であるはずがないのだ。結果『運命の人』は、可愛い女の子に見える男、ということになる。
 対するオレは綺麗系でも可愛い系でもない。中肉中背の所謂フツメンで、強いて言えば左目のすぐ下にふたつ並んだほくろがチャームポイントかな? と無理矢理思わないとダメなくらいなにもない。どう転んでも女には見えない男で、これまでもこれからもずっと男だ。
 そこまで考えて、あぁなるほど、そういうこと・・・・・・かと思った。
 アキラはゲイバレを恐れていた。近年、『同性愛」への世間の理解が深まったとはいえ、世間の目は未だ厳しいものがあるし、好奇な目で見られるのは気持ちのいいものではない。
 それでもアキラとなら──と思わなくもなかったけれど、アキラがゲイバレを恐れる気持ちも理解できたから、オレも納得してオレたちの関係を隠した。
 そんなアキラにとって、女の子に見える・・・男というのは確かに『運命の人』と言えるのかもしれない。
 無理矢理そう納得しようとしたけれど、いくつもの『なんで?』がオレの中に生まれ、納得なんてできなかった。したくなかった。
 色々制限はあったものの、なんでオレと六年も付き合っていたのか。
 そもそも最初にオレが告白したとき、なんでOKしてくれたのか。
 オレは昔も今もずっとオレのままだし、女の子っぽくなんかなかったのに──なんで?
 何度考えてみても、なにかを考えついたとしても、結局はオレの想像でしかないことは分かっていた。もうそれを確認する術もオレにはないことも。そうやってオレの中に昇華できないモヤモヤが、心の底におりとなって溜まっていった。
 だから三年も経つのに同じシチュエーションってだけで、無関係にもかかわらず心がかき乱され、言葉一つで一瞬で過去へと引き戻されてしまったのだ。
 痛みや悲しみ、色々な感情が胸の中でない混ぜになる。
 こんなことなら喫茶店ここに立ち寄るんじゃなかった。旅行だってこなくてもよかった──。

 あの日、まさか『運命の人』を理由にされるとは思わなかったけれど、本当はアキラとはもうダメなのかもしれないと少しだけ思っていた。
 いくら仕事が忙しくても普通何ヶ月も音信不通になったりはしない。
 送ったメッセージの既読スルーが続き、スマホの画面を自分発信のメッセージだけが埋め尽くしたりはしない。
 そんな状態が一年も続くなんてあり得ない。
 そして、久しぶりのデートの場に他人を連れてきたりは絶対にしない。
 分かっていたけれど、信じたくなかった。だからアキラを信じた。だけど結局は裏切られて……、オレはあの場から、二人から逃げたのだ。そして後悔だけが残った──。
 後悔したところでなにも変わりはしない。かえって苦しいだけだ。どんなとき・・・・・だってやり直しなんてできないし、いつまでも囚われ続けるのだ。
 それを身をもって知っているから、オレは立ち上がった。同じ境遇の男のこれからの為に。

「突然すみません。一言だけ失礼します。『運命の人』だなんて、いくら取り繕ってみてもそんなのはただの浮気ですよ。別れるなら別れるできちんと納得のいく理由を言うべきだとオレは思います。それが相手に対する最低限の誠意ってものでしょう?」

 シーンと静まる店内。言われた女は図星だったのだろう、怒りに顔を真っ赤に染めてワナワナと肩を震わせていたけれど、なにかを言うことはなかった。さっきまでの男に対するやや上から目線の余裕ぶった態度はどこへやら、だ。
 内容も内容だけれど、女のこういった態度もオレは気にくわなかった。だから余計なお世話と知りながら介入しようと思ったのだ。
 そしてオレが介入することで、受けるかもしれない女からの暴言や暴力にも抵抗や反撃をするつもりはなかった。女からしてみればオレはまったくの部外者だし、いきなり暴言を吐かれたのと同じことだと思うからだ。
 その代わり別れを当然のこととせず、一言だけでも男に謝罪して欲しかった。
 そう思っていたけれど、結局女はそれ以上なにかを言うことはなかった。もちろん男に謝罪もしていない。オレを睨んで、そのまま出ていってしまった。
 それを見送り、オレはため息を吐いた。これじゃあなにも変わらない。オレがでしゃばったことで悪目立ちすることになって、男にはかえって悪いことをしてしまった。オレは謝罪しようと初めて取り残されてしまった男の方を見た。すると、丁度男もこちらを見ていたようで目が合った。瞬間、オレの口から驚きが小さく吐息のように漏れた。

 「──え?」

 ──熊野くまの、さん……?
 見覚えのある短く切り揃えられた黒髪の、いつもと変わらない・・・・・姿の大きな体躯をした男が、いつもとは違って・・・肩を落とし、鋭く切れ長の目からは涙を流していた。
 まさか生活圏から遠く離れた旅先で、偶然立ち寄った喫茶店に知り合いがいて、そして『運命の人』を理由に別れ話をしている確率は──一体いくつくらいなのだろうか。きっとそんなに高くはないはずだ。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

ループn回目の妹は兄に成りすまし、貴族だらけの学園へ通うことになりました

gari@七柚カリン
ファンタジー
────すべては未来を変えるため。  転生者である平民のルミエラは、一家離散→巻き戻りを繰り返していた。  心が折れかけのn回目の今回、新たな展開を迎える。それは、双子の兄ルミエールに成りすまして学園に通うことだった。  開き直って、これまでと違い学園生活を楽しもうと学園の研究会『奉仕活動研究会』への入会を決めたルミエラだが、この件がきっかけで次々と貴族たちの面倒ごとに巻き込まれていくことになる。  子爵家令嬢の友人との再会。初めて出会う、苦労人な侯爵家子息や気さくな伯爵家子息との交流。間接的に一家離散エンドに絡む第二王子殿下からの寵愛?など。  次々と襲いかかるフラグをなぎ倒し、平穏とはかけ離れた三か月間の学園生活を無事に乗り切り、今度こそバッドエンドを回避できるのか。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

処理中です...