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コンビニくんと忘れ物
コンビニくんと忘れ物
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お客さんを見送りふと視線を落とせば、レジに残された小さな箱に気がついた。
その箱は誰かへのプレゼントなのか綺麗にラッピングされていて、何で気づかなかったのかというくらい小さいくせにデーンと自己主張が半端なかった。
こんな商品うちで扱ってたっけ?
いくら考えてみてもまったく見覚えがなく、うちの商品ではないようだった。
となれば誰かの忘れ物だという事になる。
最後に会計をしたお客さんは彼だ。
彼について俺が知る事なんて殆どないが、彼は俺がバイトするコンビニに週に2,3度訪れるひどく綺麗な顔立ちの男子高校生だ。
同じ男相手に綺麗だなんて誤解を招きそうだけど、別に彼に対して色恋感情はない――――。そもそも何の取り柄もない平々凡々で二浪中の俺が彼とどうこうなるなんて事はあるはずがないのだ。コンビニで何度か俺のレジに彼が来てくれた事はあるけど、特にしゃべった事もない。
俺の事なんてコンビニのバイトとしても認識されているのかどうかも怪しいし、街で会ったら気づきもしないパターンに違いない。だから恋心なんて――。
大学を一浪して、二浪した頃には夢を見る事は諦めた。現実はそんなに甘くはない。どんなに頑張ってもどんなに求めてもダメなものはダメなのだ。
ああ、脱線してしまった。
きっとこれは彼が商品を清算する際、財布を出す時に鞄から零れ落ちてしまったのだろう。
今日はバレンタインデー。
すんすんと箱の匂いを嗅いでみるとチョコの香りがして、やっぱり予想した通りだと思った。
彼は綺麗だしモテるはずだ。だからチョコだって沢山もらったはず。その中のひとつか、もしくは誰かにあげる物――なんて事もあるかもしれない。
また思考が脱線しそうになるがどちらであっても俺には関係ない事だし、忘れ物は持ち主へ返すべきだと思った。想いの詰まった物ならば尚の事、早く彼に返さなくては。
まだ遠くへは行っていなければいいのだけど。
「すみません。お客さんの忘れ物みたいで、ちょっと追いかけてみます」
「りょー」
とペアを組んでいたバイト仲間の返事を背中で聞きながら、俺は小さな箱を大事に両手で包みこむと彼を追ってコンビニを出た。
彼がコンビニを出てから時間も経っていたし追いつけるか分からないと慌てて出たのに、彼はコンビニからほんの数メートル程離れたとこでこちらを見ていた。
ああ、よかった。いてくれた。彼も気づいて戻ってきたのだろうか。
彼にとってこれはきっと大事な物なのだろう――。
ちくりと痛む胸の痛みを無視して笑顔を作り、たったったと彼に走り寄る。
「あ、あの、これ――」
そっと両の手の平に乗せたまま箱を差し出すと、彼は困ったような傷ついたような顔をして箱を受け取ろうとはしなかった。
「――要らないなら……捨てて下さい」
初めて聞く彼の声は想像通り柔らかく耳に心地良いものだった。いつまでも聞いていたいくらいだ。
だけど「捨ててください」という彼の声は悲しい音色をしていて、さっきよりも胸が酷く痛んだ。
おまけに――。
要らない? 俺が?
「えっと……? お忘れ物じゃないんです、か? 俺が要るとか要らないとか……えーっと……??」
「工藤さんに――あげます……」
彼の言葉にきょとんとなる。
工藤――俺の名前? これを俺に? 何で――?
彼が何故俺の名前を知っているのかだとか、今日はバレンタインなのにだとか、そんな日にどうして俺にチョコをくれるのだとか――意味が分からないけど、だけど
「――俺、に……ですか?」
信じれない想いで問えば、彼は目は伏せたままこくんと頷いた。
耳まで真っ赤にして俯く彼が綺麗というより可愛くて、俺なんて――と最初から考えないようにしていた想いが一気に溢れ出す。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……っ!
こんな事ありえないと思っていた。俺は男で彼も男で、俺は平凡で彼は綺麗で、しゃべった事もなかったのに何故か惹かれて、だけど諦めていた。なのに彼は俺の名前まで知っていた。知っていてくれた。
バレンタインと言えば告白の日。そんな日に彼がチョコを俺にくれたという事はそういう事だよな? いや、まさか友チョコだったり? いやいやいや、そもそも友だちでもないのに友チョコはおかしいか。
じゃあ俺は期待していい――?
「僕の気持ち……要らない……?」
いつまでも呆けてばかりで返事をしない俺に、身長差から少し上目遣いで瞳を潤ませて問う彼に、いろんなものが刺激されてもうヤバい。一気に限界突破だ。
俺はそこが自分がバイトしてるコンビニの前だとか、今はまだバイト中なのにだとかすっかり頭にはなく、彼に負けないくらい真っ赤な顔で叫んでいた。
「要ります! 好きです!!」
絶対に伝える事はないだろうと思っていた「好き」という気持ち。彼も同じ気持ちだったと知りじわりじわりと喜びが身体の奥から湧いてきて、ふわふわとくすぐったい気持ちが止まらない。わーわーって叫びながら走り出してしまいそうだ。
その気持ちを少しでもどうにかしたくて、俺は人目も憚らず両手を真上につき上げて大きな声で叫んだ。
「バレンタイン最高ー! はっぴーバレンタイン!」
そんな俺の奇行に彼が「ふふふ」と幸せそうに笑ってくれたから、この幸せだけはどんな事があっても諦めたりしないって強く思ったんだ。
-おわり-
その箱は誰かへのプレゼントなのか綺麗にラッピングされていて、何で気づかなかったのかというくらい小さいくせにデーンと自己主張が半端なかった。
こんな商品うちで扱ってたっけ?
いくら考えてみてもまったく見覚えがなく、うちの商品ではないようだった。
となれば誰かの忘れ物だという事になる。
最後に会計をしたお客さんは彼だ。
彼について俺が知る事なんて殆どないが、彼は俺がバイトするコンビニに週に2,3度訪れるひどく綺麗な顔立ちの男子高校生だ。
同じ男相手に綺麗だなんて誤解を招きそうだけど、別に彼に対して色恋感情はない――――。そもそも何の取り柄もない平々凡々で二浪中の俺が彼とどうこうなるなんて事はあるはずがないのだ。コンビニで何度か俺のレジに彼が来てくれた事はあるけど、特にしゃべった事もない。
俺の事なんてコンビニのバイトとしても認識されているのかどうかも怪しいし、街で会ったら気づきもしないパターンに違いない。だから恋心なんて――。
大学を一浪して、二浪した頃には夢を見る事は諦めた。現実はそんなに甘くはない。どんなに頑張ってもどんなに求めてもダメなものはダメなのだ。
ああ、脱線してしまった。
きっとこれは彼が商品を清算する際、財布を出す時に鞄から零れ落ちてしまったのだろう。
今日はバレンタインデー。
すんすんと箱の匂いを嗅いでみるとチョコの香りがして、やっぱり予想した通りだと思った。
彼は綺麗だしモテるはずだ。だからチョコだって沢山もらったはず。その中のひとつか、もしくは誰かにあげる物――なんて事もあるかもしれない。
また思考が脱線しそうになるがどちらであっても俺には関係ない事だし、忘れ物は持ち主へ返すべきだと思った。想いの詰まった物ならば尚の事、早く彼に返さなくては。
まだ遠くへは行っていなければいいのだけど。
「すみません。お客さんの忘れ物みたいで、ちょっと追いかけてみます」
「りょー」
とペアを組んでいたバイト仲間の返事を背中で聞きながら、俺は小さな箱を大事に両手で包みこむと彼を追ってコンビニを出た。
彼がコンビニを出てから時間も経っていたし追いつけるか分からないと慌てて出たのに、彼はコンビニからほんの数メートル程離れたとこでこちらを見ていた。
ああ、よかった。いてくれた。彼も気づいて戻ってきたのだろうか。
彼にとってこれはきっと大事な物なのだろう――。
ちくりと痛む胸の痛みを無視して笑顔を作り、たったったと彼に走り寄る。
「あ、あの、これ――」
そっと両の手の平に乗せたまま箱を差し出すと、彼は困ったような傷ついたような顔をして箱を受け取ろうとはしなかった。
「――要らないなら……捨てて下さい」
初めて聞く彼の声は想像通り柔らかく耳に心地良いものだった。いつまでも聞いていたいくらいだ。
だけど「捨ててください」という彼の声は悲しい音色をしていて、さっきよりも胸が酷く痛んだ。
おまけに――。
要らない? 俺が?
「えっと……? お忘れ物じゃないんです、か? 俺が要るとか要らないとか……えーっと……??」
「工藤さんに――あげます……」
彼の言葉にきょとんとなる。
工藤――俺の名前? これを俺に? 何で――?
彼が何故俺の名前を知っているのかだとか、今日はバレンタインなのにだとか、そんな日にどうして俺にチョコをくれるのだとか――意味が分からないけど、だけど
「――俺、に……ですか?」
信じれない想いで問えば、彼は目は伏せたままこくんと頷いた。
耳まで真っ赤にして俯く彼が綺麗というより可愛くて、俺なんて――と最初から考えないようにしていた想いが一気に溢れ出す。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……っ!
こんな事ありえないと思っていた。俺は男で彼も男で、俺は平凡で彼は綺麗で、しゃべった事もなかったのに何故か惹かれて、だけど諦めていた。なのに彼は俺の名前まで知っていた。知っていてくれた。
バレンタインと言えば告白の日。そんな日に彼がチョコを俺にくれたという事はそういう事だよな? いや、まさか友チョコだったり? いやいやいや、そもそも友だちでもないのに友チョコはおかしいか。
じゃあ俺は期待していい――?
「僕の気持ち……要らない……?」
いつまでも呆けてばかりで返事をしない俺に、身長差から少し上目遣いで瞳を潤ませて問う彼に、いろんなものが刺激されてもうヤバい。一気に限界突破だ。
俺はそこが自分がバイトしてるコンビニの前だとか、今はまだバイト中なのにだとかすっかり頭にはなく、彼に負けないくらい真っ赤な顔で叫んでいた。
「要ります! 好きです!!」
絶対に伝える事はないだろうと思っていた「好き」という気持ち。彼も同じ気持ちだったと知りじわりじわりと喜びが身体の奥から湧いてきて、ふわふわとくすぐったい気持ちが止まらない。わーわーって叫びながら走り出してしまいそうだ。
その気持ちを少しでもどうにかしたくて、俺は人目も憚らず両手を真上につき上げて大きな声で叫んだ。
「バレンタイン最高ー! はっぴーバレンタイン!」
そんな俺の奇行に彼が「ふふふ」と幸せそうに笑ってくれたから、この幸せだけはどんな事があっても諦めたりしないって強く思ったんだ。
-おわり-
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