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番外編
番外編 3 恩人 ① (ノイア視点)
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十年前、ズイの策略で傷を負い意識がなかった二週間。私を助け、看病してくれた人物がいた。傷口に塗られていたすり潰された薬草と、裸ではあったもののこまめに身体を拭いてくれていたのか最低限の清潔は保たれていた為、これは確かだ。あんな環境下でどれだけのことをしてくれていたのか、頭の下がる思いだ。なのに目覚めたときの私は焦っていてお礼は後ですると決め、自領へと向かった。あのときは帰ることしか私の頭にはなく、書き置きすることすらしなかった。その後本当に沢山のことが起こり、忘れていたわけではなかったが恩人の元へ向かうことをしなかった。他の誰かを遣ることもできたのにしなかったのだ。それから愛するリヒトがあんなことになって眠り続けた十年間、私は慣れない政務とリヒトの世話で余裕がなく、結局は恩人のことはそのままになってしまっていた。とんだ恩知らずだ。今があるのは恩人のおかげであるというのに、自分のことで精一杯で──だなどと、そんなことは言い訳にもなりはしない。
私は今更ながら空いた時間を見つけてはあの小屋に住んでいた人物について調べ始めたが、手掛かりを見つけることすらできないでいた。あれからあまりにも多くの時間が過ぎてしまっていた。レント伯爵領が王家に返還された際、元々黒い噂のあったレント元伯爵だったがそのほとんどが事実であると分かり、屋敷に働く者にも同様の悪意が向けられ、皆逃げるようにしてこの地を離れた。そういうわけで、当時屋敷で働いていた者たちもバラバラになっていて、行方もつかめない状態だった。私は領主といえど小さな片田舎の領主である為、本気で隠れた者を探し出す手立ては持ち合わせていなかった。こんなときにズイがいれば……と考えて、すぐに頭を振り自分の甘えを振り払う。
「…………」
維持、管理する者を失った屋敷は取り壊され、王家直轄地として跡地には噴水を中心に整えられ、大きな広場として生まれ変わった。他領への路も整備され交通の便もよく、今では沢山の露店が立ち並ぶマーケットとして賑わいを見せている。当然その傍にあったあの小屋も屋敷同様に壊されていた。それでも私は、小屋のあった場所へと訪れている。これは意味のない、贖罪という名の自己満足でしかない。馬であればそんなに時間もかからない距離なのに──なぜすぐにここへこなかったのか。私はぐっと下唇を噛み、ため息を吐くとリヒトの待つ屋敷へと馬を走らせた。
*****
「──あの、ノイア様」
帰宅するなりどこか不安そうにするリヒトに呼びかけられた。
「留守中になにかあったのか?」
「えっと……はい。あの、実は……」
言いにくそうにするリヒトの態度に、まさかまたか? と眉間に皺を寄せた。
「リヒトはなにも心配しなくていい。抗議しておくから大丈夫だ。もしもまた送られてきても中身を見ずに捨てて欲しい」
そう言って安心させるように微笑んで見せたが、リヒトは「いえ、あの……」とまだ続けるつもりらしかった。
「誰になんと言われようと側室を持つなんてことはしない。ましてやリヒトと離婚して新たに妻をだなどと私が受け入れるわけがないだろう?」
そんなつもりはなかったが、苛立ちからつい強い言い方をしてしまいバツが悪く、私を見つめる揺れる瞳からそっと視線を逸らした。
「……」
最近とある人物からの手紙が何通も送られてきていて、何度断っても届く手紙に私は少し苛立っていた。送り主は遠い遠い血の繋がりがあるかどうかも怪しい親戚からのもので、最初は子を儲けることのできない私とリヒトに自分の子どもを養子に迎えるようにと言ってきたのだ。本来子を持たず跡取りを必要とする者は縁戚から養子をとることは普通のことで、私としてもそれで構わないと思っていた。だがその親戚は両親や兄が亡くなったときにお悔やみの手紙のひとつも寄越さず、レント元伯爵と揉めていると知ると向こうから完全に縁を切られたのだ。元々付き合いもほとんどなかった上にそんな仕打ちをされ、なにもかもが片付き領の運営も軌道に乗ったとみると今度は自分の子どもを送り込もうとした。そんなのは到底受け入れられるわけがなかった。最初にはっきりと断りの手紙を送ったが、その後も続く手紙に私は途中から中身を見ることなく処分するようになった。そして不快な思いをするのは私だけで充分だと思い、このことはリヒトには知らせていなかった。もちろん手紙を処分するのも充分気を配っていた。このことは屋敷で働くの者にも周知させていたというのに、私が留守中に届いた手紙をリヒトが読んでしまったのだ。宛名が私ではなくリヒト宛だったことで、執事見習いが渡してしまったそうだ。そうして最悪なことにその手紙には養子ではなく、私への新しい妻を斡旋する内容だったのだ。リヒトを侮辱する言葉も並んでいた。帰宅後そのことを知った私は、書かれてあった内容に激怒しその場で破り捨てた。そしてリヒトに絶対にこんな話を受けるつもりはないと伝え、親戚には抗議の手紙を何通も送りつけた。今までにもらった手紙の倍は送った。それでその件は終わったものだと思っていたのだが、また送られてきたというのか。知らず大きなため息が出た。私は恩人を見つけられなかったことへの後悔と罪悪感、それとしつこい親戚からの手紙により、大きく疲弊していた。だからつい心にもないことを思ってしまった。もしもまた手紙が送られてきても、読まずに捨てるように言ってあるのに読んでしまったのか。こんな悲しい顔をさせたいわけじゃないのに、なぜ私の言うことをきいてくれないのだ! なぜ大人しく守らせてくれない? そんなに私を追い詰めたいのか? 感情が黒く濁っていく──。
「ノイア様……、僕の話を聞いてください……」
私の手にそっと触れ、悲しそうな顔でそう言うリヒトを見てハッとした。リヒトが言うことをきかないってなんだ。話を聞いて欲しいと言うリヒトはその前からなにかを言おうとしていなかったか? 私の方がリヒトが言うことを聞こうともしていなかったのではないのか?
「少し……疲れていたようだ。すまない……」
「いいんです。お疲れなのは分かっています。それで、あの、出ておいで」
途中で後ろを振り向き、リヒトの後ろに隠れていたのか小さな少年がひょっこりと顔を出した。
────は?
私は今更ながら空いた時間を見つけてはあの小屋に住んでいた人物について調べ始めたが、手掛かりを見つけることすらできないでいた。あれからあまりにも多くの時間が過ぎてしまっていた。レント伯爵領が王家に返還された際、元々黒い噂のあったレント元伯爵だったがそのほとんどが事実であると分かり、屋敷に働く者にも同様の悪意が向けられ、皆逃げるようにしてこの地を離れた。そういうわけで、当時屋敷で働いていた者たちもバラバラになっていて、行方もつかめない状態だった。私は領主といえど小さな片田舎の領主である為、本気で隠れた者を探し出す手立ては持ち合わせていなかった。こんなときにズイがいれば……と考えて、すぐに頭を振り自分の甘えを振り払う。
「…………」
維持、管理する者を失った屋敷は取り壊され、王家直轄地として跡地には噴水を中心に整えられ、大きな広場として生まれ変わった。他領への路も整備され交通の便もよく、今では沢山の露店が立ち並ぶマーケットとして賑わいを見せている。当然その傍にあったあの小屋も屋敷同様に壊されていた。それでも私は、小屋のあった場所へと訪れている。これは意味のない、贖罪という名の自己満足でしかない。馬であればそんなに時間もかからない距離なのに──なぜすぐにここへこなかったのか。私はぐっと下唇を噛み、ため息を吐くとリヒトの待つ屋敷へと馬を走らせた。
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「──あの、ノイア様」
帰宅するなりどこか不安そうにするリヒトに呼びかけられた。
「留守中になにかあったのか?」
「えっと……はい。あの、実は……」
言いにくそうにするリヒトの態度に、まさかまたか? と眉間に皺を寄せた。
「リヒトはなにも心配しなくていい。抗議しておくから大丈夫だ。もしもまた送られてきても中身を見ずに捨てて欲しい」
そう言って安心させるように微笑んで見せたが、リヒトは「いえ、あの……」とまだ続けるつもりらしかった。
「誰になんと言われようと側室を持つなんてことはしない。ましてやリヒトと離婚して新たに妻をだなどと私が受け入れるわけがないだろう?」
そんなつもりはなかったが、苛立ちからつい強い言い方をしてしまいバツが悪く、私を見つめる揺れる瞳からそっと視線を逸らした。
「……」
最近とある人物からの手紙が何通も送られてきていて、何度断っても届く手紙に私は少し苛立っていた。送り主は遠い遠い血の繋がりがあるかどうかも怪しい親戚からのもので、最初は子を儲けることのできない私とリヒトに自分の子どもを養子に迎えるようにと言ってきたのだ。本来子を持たず跡取りを必要とする者は縁戚から養子をとることは普通のことで、私としてもそれで構わないと思っていた。だがその親戚は両親や兄が亡くなったときにお悔やみの手紙のひとつも寄越さず、レント元伯爵と揉めていると知ると向こうから完全に縁を切られたのだ。元々付き合いもほとんどなかった上にそんな仕打ちをされ、なにもかもが片付き領の運営も軌道に乗ったとみると今度は自分の子どもを送り込もうとした。そんなのは到底受け入れられるわけがなかった。最初にはっきりと断りの手紙を送ったが、その後も続く手紙に私は途中から中身を見ることなく処分するようになった。そして不快な思いをするのは私だけで充分だと思い、このことはリヒトには知らせていなかった。もちろん手紙を処分するのも充分気を配っていた。このことは屋敷で働くの者にも周知させていたというのに、私が留守中に届いた手紙をリヒトが読んでしまったのだ。宛名が私ではなくリヒト宛だったことで、執事見習いが渡してしまったそうだ。そうして最悪なことにその手紙には養子ではなく、私への新しい妻を斡旋する内容だったのだ。リヒトを侮辱する言葉も並んでいた。帰宅後そのことを知った私は、書かれてあった内容に激怒しその場で破り捨てた。そしてリヒトに絶対にこんな話を受けるつもりはないと伝え、親戚には抗議の手紙を何通も送りつけた。今までにもらった手紙の倍は送った。それでその件は終わったものだと思っていたのだが、また送られてきたというのか。知らず大きなため息が出た。私は恩人を見つけられなかったことへの後悔と罪悪感、それとしつこい親戚からの手紙により、大きく疲弊していた。だからつい心にもないことを思ってしまった。もしもまた手紙が送られてきても、読まずに捨てるように言ってあるのに読んでしまったのか。こんな悲しい顔をさせたいわけじゃないのに、なぜ私の言うことをきいてくれないのだ! なぜ大人しく守らせてくれない? そんなに私を追い詰めたいのか? 感情が黒く濁っていく──。
「ノイア様……、僕の話を聞いてください……」
私の手にそっと触れ、悲しそうな顔でそう言うリヒトを見てハッとした。リヒトが言うことをきかないってなんだ。話を聞いて欲しいと言うリヒトはその前からなにかを言おうとしていなかったか? 私の方がリヒトが言うことを聞こうともしていなかったのではないのか?
「少し……疲れていたようだ。すまない……」
「いいんです。お疲れなのは分かっています。それで、あの、出ておいで」
途中で後ろを振り向き、リヒトの後ろに隠れていたのか小さな少年がひょっこりと顔を出した。
────は?
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