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番外編

番外編 2 小鳥 (全知視点)

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「リヒト、頬の火傷の痕のことなんだが……」

 一日の終わりにお互いのことや仕事のこと、領民たちのことを話しているとふいにノイアがリヒトの右頬に残る火傷痕のことを口にした。

「はい……」

 なんの前置きもなく突然のことだった為、リヒトは少しだけ身構えてしまう。

 十年ぶりに目が覚めて、喉の方は意識を失くす前から処方されていた薬をノイアが口移しで飲ませ続けていた為、目覚めてすぐも声が出ないということはなかった。だが火傷の痕についてはなにもしていなかった。眠っている間に治すことも考えたが、この薬に関しては高価であることもだが、使用した際患部に激痛があると医師に言われ、使うことは躊躇われたのだ。刺激で目が覚めるのでは? と思ったことは何度もあった。それでも寝ている相手に痛みを与えることはできなかった。目が覚めて、それからでもいいと考えて、今そのことを言うつもりなのだ。

「治したいと思うか?」

「──え……?」

 リヒトは一瞬やっぱりこの火傷の痕をノイアも醜いと思っているのだと思い悲しくなりかけて、すぐにあることに気がついた。ノイアは「治したいと思うか?」と言った。それだとリヒトがこのままでいいと言えばそれでノイアもいいと思っているようにもとれた。だからあえて「ノイア様は僕のこれのことをどうお考えですか?」と質問に質問で返してみた。

「そうだな……つらかったろうなと思うよ」

 リヒトはノイアの答えにキョトンとした。確かにどう考えているのかと訊きはしたが、つらかったろうなと思うという答えは想像もしていなかった。これでは本当にノイア自身は火傷痕に対する嫌悪感の類はないように思う。その上でリヒトを想い、言ってくれたのだと思った。実際ノイアは火傷の痕があってもなくてもリヒトへの愛情は変わらないし、火傷の痕を気にするのはリヒトが気にしているのではないか、と思うからだった。
 リヒトにとっても火傷の痕は大きな黒子程度の認識で、美醜という観点からはなんの影響もないと思っていた。あってもなくても変わらない、昔も今も平凡・・な顔立ちだと思っているのだ。だが嫌な思い出に直結してはいるのは本当で、無くなるのであればスッキリするのだろうか、と思わなくもない。あまりにもこの火傷の痕に向けられる視線や感情がいいものではなかったからだ。だがそのくらいのことで大金を使わせてしまうことは躊躇われた。

「金のことを気にしているならそれは気にしなくてもいい。それくらいの甲斐性はあるつもりだ」

 そう言って胸を張って見せるのは、わざとだとリヒトは気づいていた。遠慮せずに選ばせてくれようとしているのだ。薬を使うのか使わないのか、自分の気持ちに正直になれと言ってくれているのだ。
 その気遣いが嬉しくてリヒトの口角が少しだけ上がる。するとノイアが息を呑む音がして、リヒトの火傷の痕にそっと触れた。

「あぁ……気づかなかったな。リヒトがそうやって笑うと──まるであの小鳥がここにいるみたいに見える──」

「──小鳥……ですか?」

「うむ。以前一緒に見たことがあっただろう? 我が領内にしか生息していない鳥だ」

 ノイアはそう言って手鏡をリヒトに渡した。だが鏡に映る顔はいつも通りで、小鳥なんてどこに……? とリヒトは眉間に皺を寄せた。

「あぁ、違う。ほら笑ってごらん。こうだぞ、こうやって笑うのだ」

 ノイアはそう言って口角を上げて見せる。その姿があまりにも真剣で、リヒトは口角を上げて「ふふふ」と笑った。

「それだ! 見てごらん?」

「──!」

 確かに小鳥がいた。口角が上がることで皮膚が動き、火傷の痕が小鳥が遊んでいるように見えるのだ。リヒトは胸がいっぱいになって小鳥の上に雨を降らせた。

「あぁ……小鳥が濡れてしまうよ」

 ノイアはそう言うとリヒトの涙を指で掬った。

「ふふ……。えぇ、あのときノイア様はあの可愛い小鳥が僕に似ているとおっしゃったけれど、僕は信じられませんでした。でも……」

「俺は嘘は吐かない」

「はい。先ほどの問いにお答えします。僕は──このままでいたいです」

 リヒトはノイアの目をまっすぐに見つめ、はっきりと言い切った。あってもなくても変わらないのではなく、小鳥であればここにあって欲しいと思ったのだ。

「分かった」

 ノイアはリヒトの小鳥を啄むようにキスをした。

「可愛いな」

「小鳥だけじゃなく僕にもキスしてください……」

 拗ねたようにそう言えば、ノイアは笑って答える。

「喜んで」

 内緒話をするみたいに囁きあって、そしてふたりの唇は重なった。今度は啄むようなキスではなく、恋人同士の夫夫ふうふの愛を確かめ合うようなキスだった。

 それからリヒトはよく笑うようになって、領民たちからは『領主様の小鳥様』と呼ばれ愛された。





番外編 小鳥・完




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