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最終章 (全知視点)
最終話 ④
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ノイアは父親や兄が殺されたときもズイの言うことをすべて信じていた。少しくらいおかしいと思うことがあっても疑うことはなかった。だがそんなノイアのことをズイは裏切っていた。
ノイア殺害未遂の後、牢屋に入れられたズイは狂ってしまっているのか、ノイアが好きだった聡明で、融通がきかないくせに優しく最後には必ずノイアの味方になってくれた、友人として、本当の兄のように慕っていたズイの姿はどこにもなかった。美しかった翡翠色の瞳は暗く濁り、艶やかだった髪はボソボソで、まるで長患いの病人のような姿だった。ときにはおかしそうに笑い、ときには怒り狂って怒鳴りながらノイアへの愛と憎しみを叫ぶ。
ズイは小さいころから心が自由なノイアのことが好きだった。誰かの為なら損得勘定抜きで動き、失敗しても自分の痛みであれば笑い飛ばしてしまえる、そんなノイアのことが大好きだったのだ。ズイがノイアを助けているように見えて、実はそんなノイアにズイの方が助けられることが多かった。
時がきて、ノイアの従者のような立場になったとき、両親からは立場を弁えた振る舞いをするようにと言われた。ズイは言われた通りにしたが、もしかしたらノイアが今まで通りがいいと言ってくれるのではないか、と少しだけ期待もしていた。だがノイアは少しだけ不満気にしていたが、すぐに主従としての適切な距離を保つようになった。このときはまだ不満を抱えながらもノイアの成長を喜ばなくては、とふたりの立場の違いから仕方のないことだと思うことができた。だが裏切られたという想いも残った。そのときにできた心の綻びは少しずつ形を変え、このままであればノイアの隣は自分ではなく誰かのものになる。身分だけのくだらない誰かのものに。だがもしもノイアが領主になったなら自分たちの関係に誰も口出しできなくなる。そうなれば元のように、いやもっと近い距離で愛し合うことも可能かもしれないと思うようになった。そこからズイは従順で、且つ有能な側仕えとしてノイアの傍で現領主と次期領主を排除する機会を虎視眈々と狙っていた。正体を隠し、レント伯爵を大袈裟な情報で煽ったのも計画の一端である。だが実際に行動に移すと決めたのはレント伯爵だとズイは強調した。この頃にはまだ迷いがあったのかもしれない。
そうしてあの日待ちに待った機会がやってきた。レント伯爵が差し向けた賊を屋敷へと引き入れ、ノイアの父親と兄の命を奪った。賊がひとりだったのはズイが言葉巧みに制限した為だ。ズイの方は利用するつもりはあっても一切信じてはいなかったが、これまでのやりとりからレント伯爵はズイのことをすっかり信用してしまっていた為、操るのは簡単だった。正体も知らず、よくもそこまで信用できたものだとズイは嗤う。
これでノイアは領主となるが、ダメ押しとばかりにノイアの母親まで殺した。父親と兄の葬儀の際、寄り添い合い涙を流すふたりの姿を見て、たとえ血の繋がった親であっても自分以外がノイアに触れることが許せなかったのだ。
ノイアが母親の死に疑問を持ったことは予想外だったがそれすらも利用し、そのすべての罪をレント伯爵に擦り付けようとした。はっきりとは言い切らず、匂わしながらもノイアの思考を誘導した。
その後ノイアを刺し、森へと放置したのもズイの仕業だった。ご丁寧に二週間ほど目が覚めないような眠り薬まで与えていた。同時に遅効性の回復薬も与えている。ノイアが死んでしまえば元も子もない。これはノイアの危機感を煽ることと、そのことで自分にもっと依存させる為だった。充分ノイアはズイに依存していたが、ズイはそれだけでは足らなかったのだ。もっともっと依存して、自分がいなければ生きてはいけないくらいまでを求めていた。それはズイがノイアを想う気持ちがそうだったからだ。
結果ノイアとリヒトが惹かれ合い、自分の入る隙などなくなってしまった。ノイアの隣にいるのはズイのはずだった。ノイアと笑い合い、愛し合うのはズイのはずだった。なのにノイアの隣には身分も奴隷という自分より低く、出会って間もないリヒトがいた。身分も時間も──なにをしても関係なかったのだ。ノイアにとってズイはズイが思い描いていたような存在ではなかったのだ。ズイの抑えていたものと膨らみすぎていた期待が混ざり合い、ズイの心にピシっピシっと音を立ててヒビが走り、粉々に砕け散った。
ノイアを殺そうと寝室に乱入したあのとき、リヒトも後で殺そうと思っていたと言っていたが、実はそうではなかった。むしろリヒトを殺してやる気は少しもなかったのだ。ノイアを殺し、自分も死ぬ。そうすればもうふたりの間に誰も入る余地はない。そうまでしてノイアを自分だけのものにしたかったのだ。
ズイのそんな告白をノイアは黙って聞いていた。ズイのこの『狂気』を自分が悪かった、とはさすがに思わなかった。だがどこかで気づき、止めることはできたのではないか。もしも自分に想いを打ち明けてくれていたなら受け入れないまでも今とは違う結末だったのではないかという後悔は残った。それでも罪は罪。自分勝手な想いで両親と兄を殺され、愛するリヒトを傷つけたことは許せるはずもなかった。ノイアは「残念だ」という言葉を飲み込み、二度とズイと会うことはなかった。そしてそれからきっちり一年の後、ズイは極刑に処された。刑の執行を待つ間ズイがなにを思っていたかは誰も知らない。
「──そう、だったんですね……」
「──好き──だったんだがな……」
ポツリとノイアが呟く。リヒトは多分それでは満足できなかったのだと分かったけれど言葉にすることはせず、代わりに「──次は幸せになって欲しいですね」と呟いて返した。それに対してノイアは返事をしなかったが、想いはきっと同じだった。だからもう二度と後悔することがないように、ふたりは見つめ合い想いを口にする。
「愛しています」「愛しているよ」
沢山の、本当に沢山の悲劇がふたりを襲った。これから先もなにもないとは言えない。だがふたり一緒であれば大丈夫。きっとなんだってどんなことだって幸せになる。そう確信をもって、ふたりは微笑み合う。
最終章・完
番外編あります。
ノイア殺害未遂の後、牢屋に入れられたズイは狂ってしまっているのか、ノイアが好きだった聡明で、融通がきかないくせに優しく最後には必ずノイアの味方になってくれた、友人として、本当の兄のように慕っていたズイの姿はどこにもなかった。美しかった翡翠色の瞳は暗く濁り、艶やかだった髪はボソボソで、まるで長患いの病人のような姿だった。ときにはおかしそうに笑い、ときには怒り狂って怒鳴りながらノイアへの愛と憎しみを叫ぶ。
ズイは小さいころから心が自由なノイアのことが好きだった。誰かの為なら損得勘定抜きで動き、失敗しても自分の痛みであれば笑い飛ばしてしまえる、そんなノイアのことが大好きだったのだ。ズイがノイアを助けているように見えて、実はそんなノイアにズイの方が助けられることが多かった。
時がきて、ノイアの従者のような立場になったとき、両親からは立場を弁えた振る舞いをするようにと言われた。ズイは言われた通りにしたが、もしかしたらノイアが今まで通りがいいと言ってくれるのではないか、と少しだけ期待もしていた。だがノイアは少しだけ不満気にしていたが、すぐに主従としての適切な距離を保つようになった。このときはまだ不満を抱えながらもノイアの成長を喜ばなくては、とふたりの立場の違いから仕方のないことだと思うことができた。だが裏切られたという想いも残った。そのときにできた心の綻びは少しずつ形を変え、このままであればノイアの隣は自分ではなく誰かのものになる。身分だけのくだらない誰かのものに。だがもしもノイアが領主になったなら自分たちの関係に誰も口出しできなくなる。そうなれば元のように、いやもっと近い距離で愛し合うことも可能かもしれないと思うようになった。そこからズイは従順で、且つ有能な側仕えとしてノイアの傍で現領主と次期領主を排除する機会を虎視眈々と狙っていた。正体を隠し、レント伯爵を大袈裟な情報で煽ったのも計画の一端である。だが実際に行動に移すと決めたのはレント伯爵だとズイは強調した。この頃にはまだ迷いがあったのかもしれない。
そうしてあの日待ちに待った機会がやってきた。レント伯爵が差し向けた賊を屋敷へと引き入れ、ノイアの父親と兄の命を奪った。賊がひとりだったのはズイが言葉巧みに制限した為だ。ズイの方は利用するつもりはあっても一切信じてはいなかったが、これまでのやりとりからレント伯爵はズイのことをすっかり信用してしまっていた為、操るのは簡単だった。正体も知らず、よくもそこまで信用できたものだとズイは嗤う。
これでノイアは領主となるが、ダメ押しとばかりにノイアの母親まで殺した。父親と兄の葬儀の際、寄り添い合い涙を流すふたりの姿を見て、たとえ血の繋がった親であっても自分以外がノイアに触れることが許せなかったのだ。
ノイアが母親の死に疑問を持ったことは予想外だったがそれすらも利用し、そのすべての罪をレント伯爵に擦り付けようとした。はっきりとは言い切らず、匂わしながらもノイアの思考を誘導した。
その後ノイアを刺し、森へと放置したのもズイの仕業だった。ご丁寧に二週間ほど目が覚めないような眠り薬まで与えていた。同時に遅効性の回復薬も与えている。ノイアが死んでしまえば元も子もない。これはノイアの危機感を煽ることと、そのことで自分にもっと依存させる為だった。充分ノイアはズイに依存していたが、ズイはそれだけでは足らなかったのだ。もっともっと依存して、自分がいなければ生きてはいけないくらいまでを求めていた。それはズイがノイアを想う気持ちがそうだったからだ。
結果ノイアとリヒトが惹かれ合い、自分の入る隙などなくなってしまった。ノイアの隣にいるのはズイのはずだった。ノイアと笑い合い、愛し合うのはズイのはずだった。なのにノイアの隣には身分も奴隷という自分より低く、出会って間もないリヒトがいた。身分も時間も──なにをしても関係なかったのだ。ノイアにとってズイはズイが思い描いていたような存在ではなかったのだ。ズイの抑えていたものと膨らみすぎていた期待が混ざり合い、ズイの心にピシっピシっと音を立ててヒビが走り、粉々に砕け散った。
ノイアを殺そうと寝室に乱入したあのとき、リヒトも後で殺そうと思っていたと言っていたが、実はそうではなかった。むしろリヒトを殺してやる気は少しもなかったのだ。ノイアを殺し、自分も死ぬ。そうすればもうふたりの間に誰も入る余地はない。そうまでしてノイアを自分だけのものにしたかったのだ。
ズイのそんな告白をノイアは黙って聞いていた。ズイのこの『狂気』を自分が悪かった、とはさすがに思わなかった。だがどこかで気づき、止めることはできたのではないか。もしも自分に想いを打ち明けてくれていたなら受け入れないまでも今とは違う結末だったのではないかという後悔は残った。それでも罪は罪。自分勝手な想いで両親と兄を殺され、愛するリヒトを傷つけたことは許せるはずもなかった。ノイアは「残念だ」という言葉を飲み込み、二度とズイと会うことはなかった。そしてそれからきっちり一年の後、ズイは極刑に処された。刑の執行を待つ間ズイがなにを思っていたかは誰も知らない。
「──そう、だったんですね……」
「──好き──だったんだがな……」
ポツリとノイアが呟く。リヒトは多分それでは満足できなかったのだと分かったけれど言葉にすることはせず、代わりに「──次は幸せになって欲しいですね」と呟いて返した。それに対してノイアは返事をしなかったが、想いはきっと同じだった。だからもう二度と後悔することがないように、ふたりは見つめ合い想いを口にする。
「愛しています」「愛しているよ」
沢山の、本当に沢山の悲劇がふたりを襲った。これから先もなにもないとは言えない。だがふたり一緒であれば大丈夫。きっとなんだってどんなことだって幸せになる。そう確信をもって、ふたりは微笑み合う。
最終章・完
番外編あります。
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