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第三章 小さな願い (少年視点)
二話 ②
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ルイス様との生活は思ったよりも穏やかなものだった。ふかふかのお布団なのに寒さを感じてしまっても、豪華な食事なのにまるで味がしなかったとしても僕にとって大した問題じゃない。抱きしめられたり頭や頬にキスされることは止めて欲しいけれど、それ以上のことは無理強いしたりはしなかった。だから僕も少しだけの我慢で済んだ。
「そうだ。名前をつけようか」
僕にはもう既に素敵な『リヒト』という名前がある。両親がつけてくれた名前はもう思い出せない。だからノイア様がつけてくださった名前が僕の名前だ。他の名前なんていらない。
僕はぶんぶんと音がするほど必死に頭を左右に振った。
「──嫌、なのかい?」
穏やかだった空気が、一瞬にして張り詰めた気がした。
「…………」
どこか怒ったようなルイス様の声に顔を見ることはできなかったけれど、僕は勇気をだしてはっきりと頷いて見せた。これだけは譲れない。
大きなため息の後、さらに苛立った声で「なぜ?」と言われ、ここでノイア様の名前を出すのはダメだと思った。ルイス様とノイア様の関係が想像だけで本当のところは分かっていない。なのにノイア様の名前を出してしまったら迷惑をおかけすることになるかもしれない。僕が怒られるのは構わないが、ノイア様に迷惑をおかけすることだけは嫌だった。僕は膝に置いた両手をギュッと握りしめ、頭を左右に小さく振った。
「ああ、なんだ、僕に名前をつけて欲しいのに恥ずかしくて、そう言えなかったんだね。なんて愛らしい」
ルイス様の言葉に驚いて顔を上げると、ルイス様は満足気に笑っていて、僕の名前を考え始めた。「イスル」「ジュエル」、その声は本当に楽しそうで、あぁこれが勝手に期待してしまった僕への罰なのだと思った。ルイス様も結局はゲヘやお嬢様たちと同じだ。この先のことを思い、僕の瞳から光が消えた。
「…………」
ルイス様はレント伯爵様のお屋敷にいたときも色々なものをくださった。珍しい食べ物や綺麗な衣装、高価な宝石までくださった。そのすべては後でお嬢様に取り上げられてしまったけれど。お心までくださっても僕は嬉しいということはなく、ただ戸惑い困るだけだった。今度は僕に名前をくださると言う。こんなことを思ってはいけないのかもしれないけれど、どうしても思ってしまうんだ。
僕はルイス様に与えられることで奪われている。
「よし、『ペルレ』だ。真珠という意味だよ。ああ僕のペルレ、愛しているよ」
こうして僕はルイス様に『ペルレ』という名前を与えられ、代わりに『リヒト』を奪われた──。
「そうだ。名前をつけようか」
僕にはもう既に素敵な『リヒト』という名前がある。両親がつけてくれた名前はもう思い出せない。だからノイア様がつけてくださった名前が僕の名前だ。他の名前なんていらない。
僕はぶんぶんと音がするほど必死に頭を左右に振った。
「──嫌、なのかい?」
穏やかだった空気が、一瞬にして張り詰めた気がした。
「…………」
どこか怒ったようなルイス様の声に顔を見ることはできなかったけれど、僕は勇気をだしてはっきりと頷いて見せた。これだけは譲れない。
大きなため息の後、さらに苛立った声で「なぜ?」と言われ、ここでノイア様の名前を出すのはダメだと思った。ルイス様とノイア様の関係が想像だけで本当のところは分かっていない。なのにノイア様の名前を出してしまったら迷惑をおかけすることになるかもしれない。僕が怒られるのは構わないが、ノイア様に迷惑をおかけすることだけは嫌だった。僕は膝に置いた両手をギュッと握りしめ、頭を左右に小さく振った。
「ああ、なんだ、僕に名前をつけて欲しいのに恥ずかしくて、そう言えなかったんだね。なんて愛らしい」
ルイス様の言葉に驚いて顔を上げると、ルイス様は満足気に笑っていて、僕の名前を考え始めた。「イスル」「ジュエル」、その声は本当に楽しそうで、あぁこれが勝手に期待してしまった僕への罰なのだと思った。ルイス様も結局はゲヘやお嬢様たちと同じだ。この先のことを思い、僕の瞳から光が消えた。
「…………」
ルイス様はレント伯爵様のお屋敷にいたときも色々なものをくださった。珍しい食べ物や綺麗な衣装、高価な宝石までくださった。そのすべては後でお嬢様に取り上げられてしまったけれど。お心までくださっても僕は嬉しいということはなく、ただ戸惑い困るだけだった。今度は僕に名前をくださると言う。こんなことを思ってはいけないのかもしれないけれど、どうしても思ってしまうんだ。
僕はルイス様に与えられることで奪われている。
「よし、『ペルレ』だ。真珠という意味だよ。ああ僕のペルレ、愛しているよ」
こうして僕はルイス様に『ペルレ』という名前を与えられ、代わりに『リヒト』を奪われた──。
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