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第一章 少年 (全知視点)

二話 ③

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 それからもそんなことを繰り返し、薬草汁が本当に効いたのかどうかは分からないが熱も下がり、傷が膿むこともなく少しずつよくなっているように見えた。わずかしかないパンに水を含ませ、飲み込みやすいように噛み砕いた物を口移しで青年に与えたのもよかったのかもしれない。何日も眠ったままの青年を心配してこうすることにしたのだ。流石に食べ物を持ち出すとバレてしまうので、自身の貴重な食糧である僅かなパンを与える他なかった。これもなにも食べないよりはマシという程度ではあったが、青年の命を繋ぐ助けになったのは確かだった。おかげで真っ青だった青年の頬が血の気を取り戻し始めた。反対に少年の顔は青白く、さらにガリガリになっていたが、少年にはそんなことは関係なかった。青年が回復していくことが嬉しくて、少年は声もなく笑った。そして思うのだ。まるで自分はこの青年の親にでもなったみたいだな、と。若くは見えるが確実に青年の方が年上だろう。だが、昔母親が少年にしてくれていたことを思い出したのだ。少年にとって、優しさや愛情は親が子へ与えるものであり、他のどの関係でもあり得ないものだった。だから年齢や立ち場なんかは関係なく、見返りを求めず、ただ愛情を注ぐ青年にとっての、そんな親のような存在でありたいと思った。そうして青年が意識を取り戻し動けるようになったなら、笑顔で送り出すのだ。決して恩にきせたりはしない。お礼もなにもこれ以上・・・・受け取るつもりはない。少年は自分がいい思いをする為に青年を助けたわけではないのだ。青年と過ごしたこの時間だけで少年は沢山の幸せをもらった。なにも期待しなかったからこその幸せだ。だから少年は親いい、親いいと思った。少年にとって他の愛情について考える状況になかったし、なにかを夢みたり期待することは後で自分がつらくなることを嫌というほど知っていたから。

 少年は傷ついた意識のない青年を拾った。すぐに死んでしまうかもしれない存在だった。自分ではなにもできない存在だった。奴隷である少年の気持ちひとつでどうとでもなる存在だった。これはゲヘと少年の関係性に似ているが、少年は青年のことを傷つけようとは思わなかった。
 少年は両親が亡くなったとき、自分を引き取ってくれるという親戚に期待した。両親に代わる温もりが、愛情が欲しい──と。そしてその期待は裏切られ、奴隷商へと売られた。そこでも高待遇に将来を期待した。そして自分がなんになったのか、売られた先でどう扱われるのかを知り裏切られたと思った。相手を恨んだこともあったが、よく考えてみるとぜんぶ自分が勝手に期待をしただけだ。ならもう期待はすまいと思い、少年は自身のひどい待遇も、暴力さえも受け入れた。お腹が空いても、なくならない身体の痛みもなにもかも受け入れてみればどうということもない──。

 それが少年が自分を守る唯一の術だった。なにも期待しない、そんな少年が願うのは──青年の幸せ。ただそれだけだった。






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