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恋する金平糖
5 心の澱
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俺は静夜さんのトラウマがあれで完全に癒えた、とは思っていない。あれは『不安』を受け入れ、『恐怖』と戦うと決めただけなのだ。戦ってでも求めた愛だから。
だから俺はこれまでよりも、誰よりも近くで共にありたいと願う。背負った荷物を分かち合い、幸せは倍にする。
その為にも一日でも早く番いたいと思うけれど、そうするには避けては通れないことがある。それは雪夜に会って、昔のことを直接謝らないといけないということだ。当時のことは俺の心の奥底に澱のように留まり続けている。
静夜さんのところにお世話になって五年も経つのに今更の謝罪はただの自己満足でしかないのかもしれない。だけど当時の俺は到底許されるとは思っていなかったし、αである雪夜と対面することが怖かったのだ。
今も昔も俺は、自分勝手な都合を雪夜に押し付けてばかりだ。本当に、本当に申し訳なく思う。だけど静夜さんと雪夜は兄弟だからそのままというわけにはいかないし、なにより前を向き強く生きていく為には過去の過ちと向き合うことは必要なことなのだ。
そんなわけで今日は静夜さんにお願いをして謝罪の場を設けて貰ったのだ。
平野家のリビングで、雪夜とその番の夏希さんの前で俺は床に直接正座をして俯いている。前もって俺がなにをしようとなにをされようと黙って見守っていて欲しいとお願いしてあるので、静夜さんはなにも言わないが、心配そうに俺を見ている視線は感じていた。
「今になってなにをって思うかもしれませんが、本当にあのときは申し訳ありませんでしたっ」
土下座する勢いで頭を下げ、額を床に擦り付ける。
「と、十時くん??」
雪夜の慌てる声がしても俺は頭を上げなかった。
こんなもので許しては貰えないだろうけど、どうしても許して欲しいのだ。許してくれるまで謝り続けるつもりだ。俺は許されて、静夜さんと番になりたい。
「――雪夜、ひとつ……貸しがあったよな」
戸惑いと緊張が漂う中、静夜さんの声がした。なんのことを言っているのかは分からないけれど、俺の為にその『貸し』とやらを使わせてしまってはいけないと思った。それでは本当の意味で謝罪を受け入れて貰えたことにはならないからだ。
「――静夜さん、それはダメです」
はっきりと言い切る俺に「暒……」と静夜さんは不満気な声を上げるが、俺は受け入れる気はない。
「――ったく、頑固なんだから……。雪夜、『貸し』は関係なく俺からは『お願い』という形をとらせて貰う。暒のこと許してやってくれないか? これは暒の番としてのお願いだ」
俺たちはまだ番ったわけではないけれど、番だと言って貰えて嬉しくてたまらなかった。こんな場ではなければ俺は静夜さんに抱き着いて、頬にキスくらいはしていたかもしれない。
「兄さん……。よく分からないけど、分かったよ。十時くんはきちんと謝ってくれたし、僕はそれでいいよ」
「――でも俺……っ」
あまりにもあっさりと許されたことに不安を覚え、なおも言い募ろうとする俺に雪夜は苦笑して、
「って、十時くんは許されたいの? 許されたくないの?」
「――それは……」
「でも……」となかなか俺は頷くことができなかった。すると、
「『ですがこれは普通の雪だるまではありませんね。それよりもっといいものです。これは世紀の大発見と言えるでしょう』」
と、突然夏希さんが口にしたどこかで聞いたことのある台詞がかった言葉を聞いて、あっと思う。これは俺が昔雪夜をいじめているときに突然現れた子が口にした言葉だ。
じゃああのときの子が……夏希、さん――?
信じられない思いで雪夜の方を見ると、雪夜は肯定するようにこくりと頷いた。
「と言うかね、僕は別にもうなんとも思ってないよ。極論だけどあのとき十時くんの『雪だるまだ』って言葉がなければ夏希と出会うこともなかったと思うし、だから、ね、僕たちはちっとも怒ってなんかいないんだよ。十時くん、ほら見て? 僕も夏希も笑ってるでしょう?」
優しく微笑むふたりの姿に涙が滲む。やっと許されたと感じることができた。
「あり……がとう……」
「僕さ、十時くんとは友だちになりたいな。あぁでも兄さんと結婚したら義兄さんになるのか、うーん」
「そんなのっ、こんな俺でよかったら兄ちゃんでも友だちでもなんにでもなるよっ! 夏希さんも!」
「こんななんてことないよ。十時く……、暒と友だちになりたいんだ」
「オレも暒が友だちになってくれたら嬉しい!」
「雪夜……っ、夏希……っ」
俺は確かになにも持っていなかったはずなのに、今は両手いっぱいの大事な人たちがいる。
三人手を取り合ってワイワイきゃいきゃいと騒ぐ中、静夜さんは苦笑しながらも俺たちを優しく見守ってくれていた。
静夜さんのお母さんはΩであることを嘆くことなく強く生きた。その生涯は短いものだったかもしれないけれど、きっと世界で一番と思えるほど幸せだったはずだ。幸せだったからどんなに辛いときでも笑っていた、笑えていたんだと思う。
そう、大事なのは二次性なんかじゃなく、どう生きるかだ。そして諦めないことだ。信じることだ。幸せになろうとすることだ。
人を愛おしく想う心はこの不平等な世界にある平等だと思うから、そんな普通の特別、信じてみてもいいと思うんだ。あなたの為なら奇跡だってなんだって起こしてみせる。
あなたに拾われ、でこぼこと成った金平糖はいつまでもあなたを彩る瞬く星であり続ける。
-終わり-
だから俺はこれまでよりも、誰よりも近くで共にありたいと願う。背負った荷物を分かち合い、幸せは倍にする。
その為にも一日でも早く番いたいと思うけれど、そうするには避けては通れないことがある。それは雪夜に会って、昔のことを直接謝らないといけないということだ。当時のことは俺の心の奥底に澱のように留まり続けている。
静夜さんのところにお世話になって五年も経つのに今更の謝罪はただの自己満足でしかないのかもしれない。だけど当時の俺は到底許されるとは思っていなかったし、αである雪夜と対面することが怖かったのだ。
今も昔も俺は、自分勝手な都合を雪夜に押し付けてばかりだ。本当に、本当に申し訳なく思う。だけど静夜さんと雪夜は兄弟だからそのままというわけにはいかないし、なにより前を向き強く生きていく為には過去の過ちと向き合うことは必要なことなのだ。
そんなわけで今日は静夜さんにお願いをして謝罪の場を設けて貰ったのだ。
平野家のリビングで、雪夜とその番の夏希さんの前で俺は床に直接正座をして俯いている。前もって俺がなにをしようとなにをされようと黙って見守っていて欲しいとお願いしてあるので、静夜さんはなにも言わないが、心配そうに俺を見ている視線は感じていた。
「今になってなにをって思うかもしれませんが、本当にあのときは申し訳ありませんでしたっ」
土下座する勢いで頭を下げ、額を床に擦り付ける。
「と、十時くん??」
雪夜の慌てる声がしても俺は頭を上げなかった。
こんなもので許しては貰えないだろうけど、どうしても許して欲しいのだ。許してくれるまで謝り続けるつもりだ。俺は許されて、静夜さんと番になりたい。
「――雪夜、ひとつ……貸しがあったよな」
戸惑いと緊張が漂う中、静夜さんの声がした。なんのことを言っているのかは分からないけれど、俺の為にその『貸し』とやらを使わせてしまってはいけないと思った。それでは本当の意味で謝罪を受け入れて貰えたことにはならないからだ。
「――静夜さん、それはダメです」
はっきりと言い切る俺に「暒……」と静夜さんは不満気な声を上げるが、俺は受け入れる気はない。
「――ったく、頑固なんだから……。雪夜、『貸し』は関係なく俺からは『お願い』という形をとらせて貰う。暒のこと許してやってくれないか? これは暒の番としてのお願いだ」
俺たちはまだ番ったわけではないけれど、番だと言って貰えて嬉しくてたまらなかった。こんな場ではなければ俺は静夜さんに抱き着いて、頬にキスくらいはしていたかもしれない。
「兄さん……。よく分からないけど、分かったよ。十時くんはきちんと謝ってくれたし、僕はそれでいいよ」
「――でも俺……っ」
あまりにもあっさりと許されたことに不安を覚え、なおも言い募ろうとする俺に雪夜は苦笑して、
「って、十時くんは許されたいの? 許されたくないの?」
「――それは……」
「でも……」となかなか俺は頷くことができなかった。すると、
「『ですがこれは普通の雪だるまではありませんね。それよりもっといいものです。これは世紀の大発見と言えるでしょう』」
と、突然夏希さんが口にしたどこかで聞いたことのある台詞がかった言葉を聞いて、あっと思う。これは俺が昔雪夜をいじめているときに突然現れた子が口にした言葉だ。
じゃああのときの子が……夏希、さん――?
信じられない思いで雪夜の方を見ると、雪夜は肯定するようにこくりと頷いた。
「と言うかね、僕は別にもうなんとも思ってないよ。極論だけどあのとき十時くんの『雪だるまだ』って言葉がなければ夏希と出会うこともなかったと思うし、だから、ね、僕たちはちっとも怒ってなんかいないんだよ。十時くん、ほら見て? 僕も夏希も笑ってるでしょう?」
優しく微笑むふたりの姿に涙が滲む。やっと許されたと感じることができた。
「あり……がとう……」
「僕さ、十時くんとは友だちになりたいな。あぁでも兄さんと結婚したら義兄さんになるのか、うーん」
「そんなのっ、こんな俺でよかったら兄ちゃんでも友だちでもなんにでもなるよっ! 夏希さんも!」
「こんななんてことないよ。十時く……、暒と友だちになりたいんだ」
「オレも暒が友だちになってくれたら嬉しい!」
「雪夜……っ、夏希……っ」
俺は確かになにも持っていなかったはずなのに、今は両手いっぱいの大事な人たちがいる。
三人手を取り合ってワイワイきゃいきゃいと騒ぐ中、静夜さんは苦笑しながらも俺たちを優しく見守ってくれていた。
静夜さんのお母さんはΩであることを嘆くことなく強く生きた。その生涯は短いものだったかもしれないけれど、きっと世界で一番と思えるほど幸せだったはずだ。幸せだったからどんなに辛いときでも笑っていた、笑えていたんだと思う。
そう、大事なのは二次性なんかじゃなく、どう生きるかだ。そして諦めないことだ。信じることだ。幸せになろうとすることだ。
人を愛おしく想う心はこの不平等な世界にある平等だと思うから、そんな普通の特別、信じてみてもいいと思うんだ。あなたの為なら奇跡だってなんだって起こしてみせる。
あなたに拾われ、でこぼこと成った金平糖はいつまでもあなたを彩る瞬く星であり続ける。
-終わり-
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