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恋する金平糖
3 下手な考え ※ムナクソ表現
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「はは……見違えたよ。はぁ……お前とは運命を感じるよ」
「だ――っ!!」
助けを呼ぼうとして「パシッ」という乾いた音と頬に感じる痛みで固まってしまった。
「おいおい、静かにするんだよ。あのときは平野の小僧にまんまと騙し盗られちまったが――」
厭らしい舐めるような視線が俺の身体を這うように動く。気持ち悪くて逃げ出したいが、痕がつくほど腕を強く握り込まれていて叶わない。
「はは、今の方が肉づきもよくなってていいじゃないか! 小僧に飼われてさぞやいい思いをしたんだろうな。譲ってやった俺のお陰と言えるんじゃないか? だったらお礼をするのも当然だよな。あのとき小僧は頷いたくせにただの一円すらも寄越さなかったんだ。お前に一円の価値もないってことだと諦めていたんだが、いやぁ本当に我ながら運がいい!」
そう興奮気味に言って下品に笑う姿に反吐が出た。
本来αというのはこういうやつで、静夜さんの方が間違いだったんだ。
「こっちに来い。下手に騒ぐと小僧の立場も――分かるよな?」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、強引にズルズルと俺を引きずりながら連れて行こうとするα。
俺の心はもう疲弊していた。きらびやかな世界の中心にいる静夜さんと、静夜さんに寄り添うように立つ素敵なΩと。そして逃げ帰るみたいに会場を出た途端αに捕まってしまった俺。ここで俺が声を上げて助けを求めたとして、このαが俺に誘惑されたと言ったらきっとそちらを信じてしまうだろう。このパーティに参加していたとしたらそれなりの地位にいるやつなんだろうし、忘れていたけどこの世界はそういうところなのだ。
やっぱりどんな道を辿ったとしても行きつく未来を変えることはできなかった。
俺はΩとして生まれ、Ωとして生きて死んでいく。そこに幸せなんてものは存在してはいけない。そうじゃないと――痛みが大きく、強くなってしまうから。
諦めはしたものの自分で歩く気にはなれず、せめてもの抵抗として引きずられ続けた。あーあ買ったばかりの靴底が削られていくなぁなんて無関係なことを考えながら、αにこれからされることへの不安や恐怖よりも、静夜さんに迷惑だけはかけたくないと思っていた。
*****
「まさかお前と使うことになるとはな」
と、連れ込まれた部屋はお見合い会場のあるホテルの上の階にあり、このαが誰かと使うことを予定して事前に予約していたのだろう。さすがはαというのだろうか、結構いい部屋だなと調度品を見ながらぼんやりと思っていた。だけど、落ち着いていられたのはそこまでだった。ベッドが視界に入った途端、身体が強張った。そんな俺の変化なんてお構いなしに、αはポケットから取り出したシートからプチっと押し出した錠剤を俺の口の中に無理矢理入れ、同時に用意してあったペットボトルの水を流し込まれた。鼻を摘ままれ、俺は吐き出すこともできず飲み込むしかなかった。
「これはこれからのお楽しみの為の薬だ。次第にぐずぐずに溶けて俺を求めるようになる。無理矢理も嫌いではないが、小僧のΩがやつを裏切って俺を求める様はさぞやそそるだろうからな。動画でも撮って小僧に送りつけてやろうか、ぶははっ小僧はどんな顔してそれを観るんだろうな?」
その言葉に、どんな結果になったとしてもやっぱり助けを求めた方がよかったのかもしれないと後悔した。俺がどうなろうと静夜さんに迷惑だけはかけたくなかったのに――。αは静夜さんに動画を送りつけると言っているけれど、もしもネットで拡散でもされたら――俺の顔を知る人もそれなりにいて、静夜さんのペットだということは知られてしまっている。そのペットが他のαと――だなんて静夜さんに迷惑をかけてしまう。それが悔しくて、申し訳なくてカタカタと身体が震えた。
そして自分の意思とは逆に身体の奥の方からなにかがじわりじわりと溢れ出てきて、痺れるような感覚が全身に広がっていくのを感じた。
「はぁ、はぁ……、はぁ……っ」
荒く息を吐く音が遠くの方で聞こえ続けている。俺の――? それともαの――?
誰のものであっても大した問題でもないのに、そんなことを考えてしまうくらい俺の脳は人工的に引き起こされた発情に犯されていた。
「――そろそ……ぃか……」
αの声が意味を成さない言葉のように聞こえた。そして、αの手がぐにゃぐにゃと伸びてくるのをぼんやりと見つめていた――。
「暒っ!!! 返事をしろっ!」
上下左右時間さえもあやふやになってしまった頭にはっきりと聞こえた声。静夜さんの声だ。これが夢でも構わない。俺は大声で静夜さんの名前を呼んだ。助けて欲しいとかそういうことではなく、発情した身体が、心が、静夜さんを求めたのだ。
「静夜さ……んっ!」
すぐにドアは蹴破られ、険しい顔をした静夜さんが現れた。なにもない世界に静夜さんだけがはっきりと見えた。
俺は静夜さんに向かって一生懸命手を伸ばした。あのとき俺からは伸ばせなかった手を。
静夜さんは俺を見つけるとホッとひとつ息を吐き、すぐにドタバタと大きな音がして、静夜さん以外のすべての気配が消えた。
伸ばした手を静夜さんはギュッと握り、自身の額に擦りつけるようにして「――よかった……」と小さく呟くのが聞こえた。
「だ――っ!!」
助けを呼ぼうとして「パシッ」という乾いた音と頬に感じる痛みで固まってしまった。
「おいおい、静かにするんだよ。あのときは平野の小僧にまんまと騙し盗られちまったが――」
厭らしい舐めるような視線が俺の身体を這うように動く。気持ち悪くて逃げ出したいが、痕がつくほど腕を強く握り込まれていて叶わない。
「はは、今の方が肉づきもよくなってていいじゃないか! 小僧に飼われてさぞやいい思いをしたんだろうな。譲ってやった俺のお陰と言えるんじゃないか? だったらお礼をするのも当然だよな。あのとき小僧は頷いたくせにただの一円すらも寄越さなかったんだ。お前に一円の価値もないってことだと諦めていたんだが、いやぁ本当に我ながら運がいい!」
そう興奮気味に言って下品に笑う姿に反吐が出た。
本来αというのはこういうやつで、静夜さんの方が間違いだったんだ。
「こっちに来い。下手に騒ぐと小僧の立場も――分かるよな?」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、強引にズルズルと俺を引きずりながら連れて行こうとするα。
俺の心はもう疲弊していた。きらびやかな世界の中心にいる静夜さんと、静夜さんに寄り添うように立つ素敵なΩと。そして逃げ帰るみたいに会場を出た途端αに捕まってしまった俺。ここで俺が声を上げて助けを求めたとして、このαが俺に誘惑されたと言ったらきっとそちらを信じてしまうだろう。このパーティに参加していたとしたらそれなりの地位にいるやつなんだろうし、忘れていたけどこの世界はそういうところなのだ。
やっぱりどんな道を辿ったとしても行きつく未来を変えることはできなかった。
俺はΩとして生まれ、Ωとして生きて死んでいく。そこに幸せなんてものは存在してはいけない。そうじゃないと――痛みが大きく、強くなってしまうから。
諦めはしたものの自分で歩く気にはなれず、せめてもの抵抗として引きずられ続けた。あーあ買ったばかりの靴底が削られていくなぁなんて無関係なことを考えながら、αにこれからされることへの不安や恐怖よりも、静夜さんに迷惑だけはかけたくないと思っていた。
*****
「まさかお前と使うことになるとはな」
と、連れ込まれた部屋はお見合い会場のあるホテルの上の階にあり、このαが誰かと使うことを予定して事前に予約していたのだろう。さすがはαというのだろうか、結構いい部屋だなと調度品を見ながらぼんやりと思っていた。だけど、落ち着いていられたのはそこまでだった。ベッドが視界に入った途端、身体が強張った。そんな俺の変化なんてお構いなしに、αはポケットから取り出したシートからプチっと押し出した錠剤を俺の口の中に無理矢理入れ、同時に用意してあったペットボトルの水を流し込まれた。鼻を摘ままれ、俺は吐き出すこともできず飲み込むしかなかった。
「これはこれからのお楽しみの為の薬だ。次第にぐずぐずに溶けて俺を求めるようになる。無理矢理も嫌いではないが、小僧のΩがやつを裏切って俺を求める様はさぞやそそるだろうからな。動画でも撮って小僧に送りつけてやろうか、ぶははっ小僧はどんな顔してそれを観るんだろうな?」
その言葉に、どんな結果になったとしてもやっぱり助けを求めた方がよかったのかもしれないと後悔した。俺がどうなろうと静夜さんに迷惑だけはかけたくなかったのに――。αは静夜さんに動画を送りつけると言っているけれど、もしもネットで拡散でもされたら――俺の顔を知る人もそれなりにいて、静夜さんのペットだということは知られてしまっている。そのペットが他のαと――だなんて静夜さんに迷惑をかけてしまう。それが悔しくて、申し訳なくてカタカタと身体が震えた。
そして自分の意思とは逆に身体の奥の方からなにかがじわりじわりと溢れ出てきて、痺れるような感覚が全身に広がっていくのを感じた。
「はぁ、はぁ……、はぁ……っ」
荒く息を吐く音が遠くの方で聞こえ続けている。俺の――? それともαの――?
誰のものであっても大した問題でもないのに、そんなことを考えてしまうくらい俺の脳は人工的に引き起こされた発情に犯されていた。
「――そろそ……ぃか……」
αの声が意味を成さない言葉のように聞こえた。そして、αの手がぐにゃぐにゃと伸びてくるのをぼんやりと見つめていた――。
「暒っ!!! 返事をしろっ!」
上下左右時間さえもあやふやになってしまった頭にはっきりと聞こえた声。静夜さんの声だ。これが夢でも構わない。俺は大声で静夜さんの名前を呼んだ。助けて欲しいとかそういうことではなく、発情した身体が、心が、静夜さんを求めたのだ。
「静夜さ……んっ!」
すぐにドアは蹴破られ、険しい顔をした静夜さんが現れた。なにもない世界に静夜さんだけがはっきりと見えた。
俺は静夜さんに向かって一生懸命手を伸ばした。あのとき俺からは伸ばせなかった手を。
静夜さんは俺を見つけるとホッとひとつ息を吐き、すぐにドタバタと大きな音がして、静夜さん以外のすべての気配が消えた。
伸ばした手を静夜さんはギュッと握り、自身の額に擦りつけるようにして「――よかった……」と小さく呟くのが聞こえた。
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