【完結】恋する雪だるま ⛄

ハリネズミ

文字の大きさ
上 下
33 / 36
恋する金平糖

3 下手な考え ※ムナクソ表現

しおりを挟む
「はは……見違えたよ。はぁ……お前とは運命を感じるよ」

「だ――っ!!」

 助けを呼ぼうとして「パシッ」という乾いた音と頬に感じる痛みで固まってしまった。

「おいおい、静かにするんだよ。あのときは平野の小僧にまんまと騙し盗られちまったが――」

 厭らしい舐めるような視線が俺の身体を這うように動く。気持ち悪くて逃げ出したいが、痕がつくほど腕を強く握り込まれていて叶わない。

「はは、今の方が肉づきもよくなってていいじゃないか! 小僧に飼われてさぞやいい思いをしたんだろうな。譲ってやった俺のお陰と言えるんじゃないか? だったらお礼をするのも当然だよな。あのとき小僧は頷いたくせにただの一円すらも寄越さなかったんだ。お前に一円の価値もないってことだと諦めていたんだが、いやぁ本当に我ながら運がいい!」

 そう興奮気味に言って下品に笑う姿に反吐が出た。
 本来αというのはこういうやつで、静夜さんの方が間違い・・・だったんだ。

「こっちに来い。下手に騒ぐと小僧の立場も――分かるよな?」

 ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、強引にズルズルと俺を引きずりながら連れて行こうとするα。
 俺の心はもう疲弊していた。きらびやかな世界の中心にいる静夜さんと、静夜さんに寄り添うように立つ素敵なΩと。そして逃げ帰るみたいに会場を出た途端αに捕まってしまった俺。ここで俺が声を上げて助けを求めたとして、このαが俺に誘惑されたと言ったらきっとそちらを信じてしまうだろう。このパーティに参加していたとしたらそれなりの地位にいるやつなんだろうし、忘れていたけどこの世界はそういうところなのだ。


 やっぱりどんな道を辿ったとしても行きつく未来を変えることはできなかった。

 俺はΩとして生まれ、Ωとして生きて死んでいく。そこに幸せなんてものは存在してはいけない。そうじゃないと――痛みが大きく、強くなってしまうから。

 諦めはしたものの自分で歩く気にはなれず、せめてもの抵抗として引きずられ続けた。あーあ買ったばかりの靴底が削られていくなぁなんて無関係なことを考えながら、αにこれからされることへの不安や恐怖よりも、静夜さんに迷惑だけはかけたくないと思っていた。


*****

「まさかお前と使うことになるとはな」

 と、連れ込まれた部屋はお見合い会場のあるホテルの上の階にあり、このαが誰かと使うことを予定して事前に予約していたのだろう。さすがはαというのだろうか、結構いい部屋だなと調度品を見ながらぼんやりと思っていた。だけど、落ち着いていられたのはそこまでだった。ベッドが視界に入った途端、身体が強張った。そんな俺の変化なんてお構いなしに、αはポケットから取り出したシートからプチっと押し出した錠剤を俺の口の中に無理矢理入れ、同時に用意してあったペットボトルの水を流し込まれた。鼻を摘ままれ、俺は吐き出すこともできず飲み込むしかなかった。

「これはこれからのお楽しみの為の薬だ。次第にぐずぐずに溶けて俺を求めるようになる。無理矢理も嫌いではないが、小僧のΩがやつを裏切って俺を求める様はさぞやそそるだろうからな。動画でも撮って小僧に送りつけてやろうか、ぶははっ小僧はどんな顔してそれを観るんだろうな?」

 その言葉に、どんな結果になったとしてもやっぱり助けを求めた方がよかったのかもしれないと後悔した。俺がどうなろうと静夜さんに迷惑だけはかけたくなかったのに――。αは静夜さんに動画を送りつけると言っているけれど、もしもネットで拡散でもされたら――俺の顔を知る人もそれなりにいて、静夜さんのペットだということは知られてしまっている。そのペットが他のαと――だなんて静夜さんに迷惑をかけてしまう。それが悔しくて、申し訳なくてカタカタと身体が震えた。

 そして自分の意思とは逆に身体の奥の方からなにかがじわりじわりと溢れ出てきて、痺れるような感覚が全身に広がっていくのを感じた。

「はぁ、はぁ……、はぁ……っ」

 荒く息を吐く音が遠くの方で聞こえ続けている。俺の――? それともαの――?
 誰のものであっても大した問題でもないのに、そんなことを考えてしまうくらい俺の脳は人工的に引き起こされた発情に犯されていた。

「――そろそ……ぃか……」

 αの声が意味を成さない言葉のように聞こえた。そして、αの手がぐにゃぐにゃと伸びてくるのをぼんやりと見つめていた――。

「暒っ!!! 返事をしろっ!」

 上下左右時間さえもあやふやになってしまった頭にはっきりと聞こえた声。静夜さんの声だ。これが夢でも構わない。俺は大声で静夜さんの名前を呼んだ。助けて欲しいとかそういうことではなく、発情した身体が、心が、静夜さんを求めたのだ。

「静夜さ……んっ!」

 すぐにドアは蹴破られ、険しい顔をした静夜さんが現れた。なにもない世界に静夜さんだけがはっきりと見えた。
 俺は静夜さんに向かって一生懸命手を伸ばした。あのとき俺からは伸ばせなかった手を。
 静夜さんは俺を見つけるとホッとひとつ息を吐き、すぐにドタバタと大きな音がして、静夜さん以外のすべての気配が消えた。

 伸ばした手を静夜さんはギュッと握り、自身の額に擦りつけるようにして「――よかった……」と小さく呟くのが聞こえた。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

記憶の代償

槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」 ーダウト。 彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。 そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。 だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。 昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。 いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。 こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

処理中です...