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恋する金平糖
③ @平野 静夜
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あれから五年経った今も暒はぶつぶつ文句を言いながらも俺の傍にいる。一緒の家に住み、一緒の職場で働いている。仕事の方は最初はお世辞にも使えるとは言えなかったが、別に俺としてはそこまでのことを暒に求めていたわけではなかった。それでも頼んだことをやりとげたときのドヤ顔が可愛くて、もっと色々なことを教えたくなるのだ。
その結果、俺の指導がよかったのか、いや暒の根性の賜物だろう。今ではどこへ出しても恥ずかしくない仕上がりになっている。
まぁ本人にその自覚はないし、俺としてもできるだけこの会社以外で誰かと関わって欲しくないから正式な秘書とはしていない。これは暒を護る為であり、俺自身の心の安寧を護る為でもあった。
好き好んで愛する人を猛獣の檻へと放つ者などいやしない。
それにしても暒はよく働く。
俺はつれなくも愛しい人を想いを込めて見つめる。俺を見て笑って欲しい。
「――なんですか?」
眉間の皺はどうやら標準装備のようだ。俺の願い虚しく不機嫌そうにそう言う暒に少しだけ苦笑する。
「いや、化けたもんだなと思ってさ」
「人を狐か狸のようにおっしゃらないでください」
更に眉間にキュッと皺を寄せ、心底嫌そうに言う暒。それでも口調は丁寧だ。
「いい意味で言ってるんだけどな」
ニヤリと笑って言えば、暒は「そろそろお時間ですよ」と空気をぶった切る。こうも邪険に扱われ続けると、このまま見合い相手と結婚してしまおうかとさえ思える――――わけがない。
俺がはっきりと伝えられていないせいなのか、それとも暒の方にまったくその気がないのか――。
――どちらにしても、焦ってこの関係までも失うことは避けなければ――。
心の中でそう呟き、深く溜め息を吐いた。
これから俺はとある人物と見合いをする。大層美人なΩ男性だと聞くが――どんな相手であっても俺には見合い相手と結婚する気はさらさらない。
結婚する気もないのに会うのもどうかと思うが、今回の話は別の意味合いの方が強いのだ。
見合い相手にも想い合う人がいて、俺と一度だけでも見合いをすれば結果はどうであれ、恋仲にあるふたりの仲を認めることを条件に出されたものだと知っていた。突然の申し出にもかかわらずそんなことまでどうして分かるのかというと、直接息子の方が連絡を取ってきたということもあるが、元々アンテナは張り巡らせていて、それなりに情報は得ていた。
それに俺は少し怒っていた。結果はどうであれ、と言っている時点でもしも俺が気に入ればΩである相手に拒否することはできない。そうなってしまえば想い合う相手とは添い遂げることはできないのだ。条件として最初から破綻しているということになる。相手の親は最初からそのつもりで、もしかしたら最悪な手段をとろうと企んでいるかもしれない。そんな風に騙し、自分の子どもを道具のように扱ってまで平野と縁を繋ぎたいのかと相手の親に怒りを覚える。雪夜の番の夏希の親もそうだが、Ωだからと自分の息子を道具のように扱うことにどうしようもなく腹が立った。
だが、それならそれで俺がそれを利用してやろうと思った。俺は絶対にその相手のことを好きになったりしないし、見合いさえすれば愛する者同士が結ばれる手助けになるのだ。それに、見合い話を断ってばかりではへたな相手に付け入る隙を与えてしまうから、話を受けるだけで済むのなら俺の方にも利はあった。
せいぜい相手と意気投合したと思わせ、適当なところで帰ればいい。幸いパーティなので沢山の証人たちも確保できるし、人目もあることからハニトラにあうこともないだろう。
仕方のないこととはいえ、本当に最近この手の話が多くて困る。
さっきも少し出てきたが、弟の雪夜は四年前まだ学生の身でありながら訳ありΩである夏希と番になっている。俺も今年で二十七歳になるし、そろそろというのも分かるが――。
ちらりと暒を窺うが、イライラしながらも俺が渡した書類の確認を真剣にしていて、俺のことなんて少しも頭になさそうで更に溜め息が出た。
雪夜の番の夏希は城戸の現当主の実子であるが婚外子で、物のように扱われていたようだった。実の父親によってうちに売られてきたときは、身体はガリガリで長い前髪で顔の殆どは覆われていた。実家でどんな扱いを受けていたのか容易に想像ができた。その姿は昔の暒と重なって、ひどく胸が痛んだものだ。
他に心に決めた相手がいる雪夜と形ばかりではあるが婚約者としたことで、最初は不満そうにしていた雪夜が夏希の為に色々と考え、奔走する様はまさにΩを護るαそのものだった。俺も気まぐれに暒の住んでいるマンションに行っては手料理を振舞ってみたりもしたが、段々馴染んでいった夏希とは違い暒の方は拾われた野良猫感がなかなか抜けなかった。
雪夜と夏希の仲睦まじい姿は、少しの羨望と心の中にある恐怖をくっきりと浮かび上がらせた。
仲の良い番だった父と母のことを見てきたから、Ωがαに縋って生きているのではなく、αの方こそがΩに生かされているのだということを俺は知っている。
母が亡くなったときの父の姿は忘れたくても忘れられない。
何日ももう動かない母の傍から離れない父。飲むことも食べることも忘れたみたいに、ただ母の名前を呼ぶ人形のようだった。
それを変えたのが小さな雪夜だった。トコトコと父の元へ歩いていき、
「パパ、ごはんのじかんらよ。たべにゃいとちからでにゃいのよ」
たったそれだけだった。それはいつも母が父に言っていた言葉――。
『輝夜さん、ご飯の時間ですよ。きちんと食べないと力が出ませんよ』
それからも雪夜は父に寄り添い続け、父は段々と光を取り戻していった。
番を失くした心の穴を完全ではないにしても埋めたのはΩである雪夜だった。
と、そのときは思っていたが、結局Ωだと思われていた雪夜はαだったわけだが。それでも俺はΩという存在を無視できないし、最上位のαである父でさえああなのだから自分などは父以上に囚われてしまうかもしれないと思った。世のαたちみたいにすべてをΩのせいにするほど愚かではないが、
二次性が怖い――そう思ってしまうのだ。
俺は暒に幸せにしてやると言ったくせに、最後の覚悟ができないでいる。
その結果、俺の指導がよかったのか、いや暒の根性の賜物だろう。今ではどこへ出しても恥ずかしくない仕上がりになっている。
まぁ本人にその自覚はないし、俺としてもできるだけこの会社以外で誰かと関わって欲しくないから正式な秘書とはしていない。これは暒を護る為であり、俺自身の心の安寧を護る為でもあった。
好き好んで愛する人を猛獣の檻へと放つ者などいやしない。
それにしても暒はよく働く。
俺はつれなくも愛しい人を想いを込めて見つめる。俺を見て笑って欲しい。
「――なんですか?」
眉間の皺はどうやら標準装備のようだ。俺の願い虚しく不機嫌そうにそう言う暒に少しだけ苦笑する。
「いや、化けたもんだなと思ってさ」
「人を狐か狸のようにおっしゃらないでください」
更に眉間にキュッと皺を寄せ、心底嫌そうに言う暒。それでも口調は丁寧だ。
「いい意味で言ってるんだけどな」
ニヤリと笑って言えば、暒は「そろそろお時間ですよ」と空気をぶった切る。こうも邪険に扱われ続けると、このまま見合い相手と結婚してしまおうかとさえ思える――――わけがない。
俺がはっきりと伝えられていないせいなのか、それとも暒の方にまったくその気がないのか――。
――どちらにしても、焦ってこの関係までも失うことは避けなければ――。
心の中でそう呟き、深く溜め息を吐いた。
これから俺はとある人物と見合いをする。大層美人なΩ男性だと聞くが――どんな相手であっても俺には見合い相手と結婚する気はさらさらない。
結婚する気もないのに会うのもどうかと思うが、今回の話は別の意味合いの方が強いのだ。
見合い相手にも想い合う人がいて、俺と一度だけでも見合いをすれば結果はどうであれ、恋仲にあるふたりの仲を認めることを条件に出されたものだと知っていた。突然の申し出にもかかわらずそんなことまでどうして分かるのかというと、直接息子の方が連絡を取ってきたということもあるが、元々アンテナは張り巡らせていて、それなりに情報は得ていた。
それに俺は少し怒っていた。結果はどうであれ、と言っている時点でもしも俺が気に入ればΩである相手に拒否することはできない。そうなってしまえば想い合う相手とは添い遂げることはできないのだ。条件として最初から破綻しているということになる。相手の親は最初からそのつもりで、もしかしたら最悪な手段をとろうと企んでいるかもしれない。そんな風に騙し、自分の子どもを道具のように扱ってまで平野と縁を繋ぎたいのかと相手の親に怒りを覚える。雪夜の番の夏希の親もそうだが、Ωだからと自分の息子を道具のように扱うことにどうしようもなく腹が立った。
だが、それならそれで俺がそれを利用してやろうと思った。俺は絶対にその相手のことを好きになったりしないし、見合いさえすれば愛する者同士が結ばれる手助けになるのだ。それに、見合い話を断ってばかりではへたな相手に付け入る隙を与えてしまうから、話を受けるだけで済むのなら俺の方にも利はあった。
せいぜい相手と意気投合したと思わせ、適当なところで帰ればいい。幸いパーティなので沢山の証人たちも確保できるし、人目もあることからハニトラにあうこともないだろう。
仕方のないこととはいえ、本当に最近この手の話が多くて困る。
さっきも少し出てきたが、弟の雪夜は四年前まだ学生の身でありながら訳ありΩである夏希と番になっている。俺も今年で二十七歳になるし、そろそろというのも分かるが――。
ちらりと暒を窺うが、イライラしながらも俺が渡した書類の確認を真剣にしていて、俺のことなんて少しも頭になさそうで更に溜め息が出た。
雪夜の番の夏希は城戸の現当主の実子であるが婚外子で、物のように扱われていたようだった。実の父親によってうちに売られてきたときは、身体はガリガリで長い前髪で顔の殆どは覆われていた。実家でどんな扱いを受けていたのか容易に想像ができた。その姿は昔の暒と重なって、ひどく胸が痛んだものだ。
他に心に決めた相手がいる雪夜と形ばかりではあるが婚約者としたことで、最初は不満そうにしていた雪夜が夏希の為に色々と考え、奔走する様はまさにΩを護るαそのものだった。俺も気まぐれに暒の住んでいるマンションに行っては手料理を振舞ってみたりもしたが、段々馴染んでいった夏希とは違い暒の方は拾われた野良猫感がなかなか抜けなかった。
雪夜と夏希の仲睦まじい姿は、少しの羨望と心の中にある恐怖をくっきりと浮かび上がらせた。
仲の良い番だった父と母のことを見てきたから、Ωがαに縋って生きているのではなく、αの方こそがΩに生かされているのだということを俺は知っている。
母が亡くなったときの父の姿は忘れたくても忘れられない。
何日ももう動かない母の傍から離れない父。飲むことも食べることも忘れたみたいに、ただ母の名前を呼ぶ人形のようだった。
それを変えたのが小さな雪夜だった。トコトコと父の元へ歩いていき、
「パパ、ごはんのじかんらよ。たべにゃいとちからでにゃいのよ」
たったそれだけだった。それはいつも母が父に言っていた言葉――。
『輝夜さん、ご飯の時間ですよ。きちんと食べないと力が出ませんよ』
それからも雪夜は父に寄り添い続け、父は段々と光を取り戻していった。
番を失くした心の穴を完全ではないにしても埋めたのはΩである雪夜だった。
と、そのときは思っていたが、結局Ωだと思われていた雪夜はαだったわけだが。それでも俺はΩという存在を無視できないし、最上位のαである父でさえああなのだから自分などは父以上に囚われてしまうかもしれないと思った。世のαたちみたいにすべてをΩのせいにするほど愚かではないが、
二次性が怖い――そう思ってしまうのだ。
俺は暒に幸せにしてやると言ったくせに、最後の覚悟ができないでいる。
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