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恋する金平糖

1 二次性に翻弄されたα ① @平野 静夜

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 暒が俺の元にきて五年。俺と暒の出会いは運命的でも、いいものでもなかった。


 暒は昔、雪夜のことを「雪だるま」だと言って揶揄っていた。
 当時の俺は十四歳で、二次性がαだと分かったばかりのころだった。兄という立場以上にΩである(後にαだと判明)雪夜をαである自分が護らなくてはと強く思っていた。
 大事な弟。可愛い弟。我が家で唯一の愛すべきΩ。大好きな今は亡き母と同じ護るべきΩ。その時の俺は雪夜をΩだと思い込み、暒のことはαでもΩでもβでもなく、雪夜をいじめる者として認識していた。
 母亡き後、父とふたりで甘やかし愛してきた雪夜がいじめられるなんて到底許せるものではなかった。
 きっと父のことだから、うまいこと排除してくれると思っていた。それなのに父は密かにSPをつけるだけで、直接暒になにかをしたりはしなかった。しかも父の代わりにSPの報告は俺が受け、問題が起こった場合の対処も俺がするように言われた。驚き、子どもの俺に任せるなんて、と父に対する不信感が芽生えたが、すぐにこれは俺の平野家の跡取りとしての勉強の為なのだと思い直し、名を辱めることだけはするまいと思った。
 思えばこのころ俺は『子ども』でいることから卒業したように思う。


 次々と上がってくる報告書に目を通しながら、俺は暒に対する考えを百八十度変えていた。
 暒の生い立ちや、施設での暮らしぶりはお世辞にもいいとは言えなかった。暒の性格は少し勝気なところはあるものの根は優しく、施設の年下の子たちには自分の食べ物を惜しげもなく分け与え、自分はお腹いっぱいだと笑っている。滅多に怒ったりもしない、どこにでもいる面倒見のいい『お兄ちゃん』に思えた。

 報告書につけられた写真の中の暒は雪夜とはあまりにも違う姿だった。俺は思わず写真に指を滑らせた。
 鶏ガラのようにガリガリの身体につり目がちの鋭い目つき。それに比べて雪夜は身を護る為とは言え、だらしなくぷにぷにと緩み切った丸い身体とのんびりした雰囲気。
 そりゃあ雪夜のことを面白くないと思うのも仕方のない話かもしれなかった。それに暒は揶揄いはするが、それ以上の暴言や暴力は振るわない。

 暒には同情するし仕方がないことかもしれないとしながらも、暒は少しも悪くないかというとそうではない。大事な雪夜を傷つけていることには変わらないのだ。
 それでも表面だけを見て物事を判断することは恐ろしいことなのだと強く思った。特に力を持つ者としてはなおのこと。もう少しで俺は(いい意味で)雑草のように強く生きている暒を理不尽に踏みにじるところだったのだ――。
 反省するところは反省し、暒のことを知る前よりも穏やかな気持ちでふたりのことを何年も陰ながら見守り続けた。


 そして時は流れ暒が十四歳、俺は十九歳になっていた。暒の二次性がΩだと分かり、暒の様子がおかしいという報告を受けた。妙に胸騒ぎがして、暒たちが通う中学校へと急いだ。

 予定をすべてキャンセルして駆けつけてみると、震える手で鉄パイプを握り、物陰に隠れてなにかを待っている暒がいた。視線の先には雪夜の姿があり、咄嗟に俺は雪夜を護るというよりも暒を護る為に後ろから暒の口を片手で塞ぎ、その身体をもう片方の腕で抱き込んだ。いきなりのことに当然暒は驚き暴れた。

「はいはい。大人しくしてーってこれじゃ俺の方が悪者みたいだな。くっく」

 内心ひどく焦っていたが、軽口をたたきながら暒からパイプを奪いとりSPに渡した。まったく、こんなものどこから持ってきたんだか。

 今回ばかりは見過ごせなかった。さすがに雪夜を傷つけたら父も見逃してはくれないだろう。

「俺雪夜の兄なんだ。よろしく」

 なにをよろしくなのか自分でも分からなかったが、とりあえずはそう挨拶をした。ただ緊迫した雰囲気を壊したかっただけかもしれない。
 もぞもぞと動き、どうにか俺の腕の中から逃げようとする暒に俺は言葉を重ねた。

「お前にもがいるよな。――この辺で思い直してくれたら助かるんだが……お前も本当はこんなことしたくないんだろう?」 

 俺の言葉にびくりと震える身体。抱きしめたままになっていたので、その震えがダイレクトに伝わってきた。

 我ながら弟や妹だなんて狡い言い方をしたと思う。まるで人質にでもとったような言い方だ。だけどそのくらい言わなければ、今の暒は思いとどまってはくれないと思った。それだけ追いつめられているように見えたのだ。

 罪悪感から少し力を緩めてしまった隙に暒は俺の足を思い切り踏んで、腕の中から逃げ出してしまった。

 そして、

「バーーーーカ!!」

 そう大声で叫ぶとあっかんべーをして走り去っていった。踏まれた足は痛むが、俺はなぜか笑いが込み上げてきて、愉快な気持ちで暒の後ろ姿を見送った。



 それ以来暒は雪夜の前に姿を現すこともなくなり、大人しくしていた。俺の方も父の手伝いや大学での勉強が忙しく、報告にも上がらなくなった暒のことをいつの間にか思い出すこともなくなっていた。




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