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恋する金平糖

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 静夜さんは無類のΩ好きだ。そう言うと、ろくでなし野郎って思うかもしれないけれど、そうではない。Ωを見下すのではなく、同じ人間として見てくれて大切に扱ってくれるという意味だ。それは普通のことのようで、この世界では普通のことではなかった。
 だから優しくされ慣れていないΩに静夜さんの優しさは甘い『薬』であり『毒』でもあった。いき過ぎた優しさは人を勘違いさせるのだ。
 静夜さんは上位のαだし、ただでさえ人気があるのに下手に優しくするもんだから、自分に気があるのだと誤解させてしまうのだ。だから多すぎるハニトラも純粋な好意も自業自得とも言える。なんとか躱し続けているようだけれど、相手を傷つけないようにするせいで必要以上に大変そうだった。
 さっさと身を固めてしまえば少しは楽になりそうなものだけど、と心にもないことを考えては傷つく俺も、すでに毒にやられてしまっているのかもしれない。

 ズキリと胸は痛むけれど、静夜さんが誰かを選ぶのも選ばないのも俺には関係のない話だし、静夜さんの愛が平等だからこそ今の俺があるとも言える。
 俺たちの関係は俺がΩだから成り立っているのだ。俺がΩでなければ出会うこともなかっただろうし、Ωだから・・・あのとき手を差し伸べてくれたんだと思う。今ペットとしてでも傍にいられるのもΩだから。静夜さんの愛はΩへのものだから。

 だから俺は今のままでいい。

 静夜さんの為ならなにもかもを捨てることになったとしても、あなたの傍にいられるなら……俺は満足だ。


*****

「いや、化けたもんだなと思って」

 時間がないのにいつもよりあからさまな視線に苛立ち「――なんですか?」と思わず文句を言ってしまったことに対する答えがこれだ。

「人を狐か狸のようにおっしゃらないでください」

 どうしてもふたりきりだと憎まれ口ばかりきいてしまう。

 本当は揶揄いなんてほんのちょっぴりの、静夜さんの見せる優し気な眼差しに俺の眉間にキュッと皺が寄る。

「いい意味で言ってるんだけど? せいは可愛いんだから眉間に皺なんて寄せずに笑いなよ。ほら、スマーイル」

 と、自分の両頬を指で持ち上げて笑って見せる静夜さん。もう本当にそういうところが嫌だって思うのに、『可愛い』と言われたことが嬉しくて思わずにやけそうになるのも嫌い。静夜さんはこうやって勘違いの種をばら撒きながら優しい綿のようなもので俺を縛るんだ。

 傲慢で狡くて――いとしいひと――。

 俺は不機嫌そうに「そろそろお時間ですけど?」と、そこに存在するはずのない甘い空気と隠した想いをぶった切る。
 すると静夜さんはいつの間に終わらせたのか処理済みの書類の束を「これお願い」と手渡し、俺が業務途中に抜けて取りに行ったパーティ用の装いに着替え始めた。本当は着替えを手伝うべきなんだろうけどできなくて、渡された書類を確認するふりで静夜さんを盗み見た。すると静夜さんも俺のことを見ていたのか目が合って、微笑みを見せる。
 その微笑みは甘いのに、甘いからこそ胸が引き裂かれるみたいに痛い。痛くて痛くて堪らない。

 だけど俺はあなたに飼われるペットだから、笑って見送るしかないんだ。

「じゃあ行ってくるよ」

 何度も練習した笑みを顔に貼り付けて送り出す。

「はい。いってらっしゃいませ。お気をつけて」

 このパーティに俺は付き添えない。静夜さんが絶対にダメだと言ったからだ。お見合いだから? みすぼらしいΩを連れて行きたくないから――?

 専務室部屋を出て行く後ろ姿を見送りながらぼそりと呟く。

「――な……ぃで……」



 俺の名前はせい、『晴れ』という意味なのに――いつの日からか俺の心には毎日、ポツリポツリと静かな雨が降り続けている。



 溜め息をひとつ零した後、俺も書類を手に部屋を出た。




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