13 / 36
恋する雪だるま ⛄
②
しおりを挟む
「平野くん?」
そう声をかけられたのは、そろそろお腹が空いたから適当な店でランチでも食べようかって声をかけようとしたときだった。
「――山瀬、さん……」
そこにいたのはクラスメイトの山瀬 和香だった。彼女はクラスでも中心的な人物で、世話焼きなのかなぜか僕を構いたがった。
成績も優秀で、容姿は美少女? らしいけれど、僕にはクラスメイトのひとりというだけで特別な感情を抱くことはなかった。
「――えっと……」
「私は参考書を買いに来たんだけど、平野くんは?」
「僕も買い物だけど、はっきりとした目的はないんだ」
「そうなんだ? その子――弟さん?」
山瀬の登場で僕の後ろに隠れてしまっていた夏希を見てそう言った。笑顔なのになんだか値踏みするような視線で、嫌な感じがした。
うちにきて半年、少しずつ肉はついてきたもののまだまだ小さくて、ほっそりしている夏希のことが年下に見えたのだろう。僕も人のことは言えないけれど、決め打ちみたいな訊き方は山瀬がαだからだろうか。少しだけ傲慢な気がしてしまう。
「違うよ。夏希は僕と同い年で――こ……」
『婚約者』だと言おうとしたところで、被せるように僕の言葉は遮られてしまった。
「同い年? ああ、そう、なのね。その子はΩみたいだし――その首輪、随分と可愛らしい犬ね」
と、嘲るように言う山瀬に夏希の身体がびくりと震えた。僕は繋いだままの夏希の手の甲を安心させるように何度も親指で撫でさすった。
そう、とはなんのことだ。Ωだとなんだと言うんだ。犬? 夏希は人間だ。
だけど、ネックガードを首輪と言われてしまったのは僕が悪い。うちに来るときに填められていたネックガードをまだ交換できていなかったからだ。あんなゴツゴツとしていかにもな物、さっさと新しい物に替えてしまえばよかった。
デザインにこだわってしまい、特注品になったから時間がかかってしまったのだ。せめて新しいネックガードに替えてから外出していれば――。
後悔ばかりが押し寄せて、夏希と繋いだ手に力がこもる。
「平野くんもやっぱり『α』ってことなのね」
なおも訳知り顔で厭らしい笑みを浮かべる山瀬に猛烈に腹が立った。
これは僕がαで夏希のことをΩだとわざわざ口にして、ふたりの関係性を『欲』だけによるものだと決めつけて、夏希のことをペットや愛人だと貶めているのだ。
ネックガードのことがなくてもαであればΩをそう扱うものだと、Ωはそうされて当然なのだと山瀬は信じているのだ。まるでα全体がΩを卑しい者として扱うのが普通であるかのように。
ここでも的外れな決め打ちだ。
ずっとずっとこういうやつらが大嫌いだった。人の外側だけで判断して、それが正しいと思い込む。しかもそれを相手にまで押し付けるのだから堪ったものじゃない。こういうヤツらがいるから夏希のようなΩが悲しい想いをすることになるんだ。
αだってΩだって同じ人間なのに。
自分のことだけならまだいいけれど、夏希のことをそんな風に言われるのだけは我慢できなかった。文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、夏希が僕の手をぐいっと引いた。そして小さく「かえろ……」って。
胸がギュッとなった。
このままここで山瀬と言い合ったところで結局は夏希が嫌な思いをするだけだと気づき、僕は荒ぶった気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸して、「うん。そうだね」ってできるだけ優しく聞こえるように囁いた。そして山瀬の方に向き直って、
「僕たち、帰るから。――山瀬、さん。思い込みはいつか身を滅ぼす、かもだから気をつけてね。じゃあさようなら」
けんか腰ではなくいたって普通の口調でそれだけを告げ、最後にしっかりと微笑みを残した。プライドの高い山瀬には、まるでそれが勝利宣言のように思えたかもしれないけれど、本当はそんなたいそうなものじゃない。なにもできない僕の最後の悪あがきのようなものだった。
僕たちが歩き出すと、背後で山瀬がなにかを言っていたみたいだったけれど、もうこれ以上話すことなんてなにもないから一度も振り返ったりはしなかった。
僕と夏希は無言のまま、繋いだ手の温もりだけを感じながら家路についた。
あーあ、台無しだ――。
そう声をかけられたのは、そろそろお腹が空いたから適当な店でランチでも食べようかって声をかけようとしたときだった。
「――山瀬、さん……」
そこにいたのはクラスメイトの山瀬 和香だった。彼女はクラスでも中心的な人物で、世話焼きなのかなぜか僕を構いたがった。
成績も優秀で、容姿は美少女? らしいけれど、僕にはクラスメイトのひとりというだけで特別な感情を抱くことはなかった。
「――えっと……」
「私は参考書を買いに来たんだけど、平野くんは?」
「僕も買い物だけど、はっきりとした目的はないんだ」
「そうなんだ? その子――弟さん?」
山瀬の登場で僕の後ろに隠れてしまっていた夏希を見てそう言った。笑顔なのになんだか値踏みするような視線で、嫌な感じがした。
うちにきて半年、少しずつ肉はついてきたもののまだまだ小さくて、ほっそりしている夏希のことが年下に見えたのだろう。僕も人のことは言えないけれど、決め打ちみたいな訊き方は山瀬がαだからだろうか。少しだけ傲慢な気がしてしまう。
「違うよ。夏希は僕と同い年で――こ……」
『婚約者』だと言おうとしたところで、被せるように僕の言葉は遮られてしまった。
「同い年? ああ、そう、なのね。その子はΩみたいだし――その首輪、随分と可愛らしい犬ね」
と、嘲るように言う山瀬に夏希の身体がびくりと震えた。僕は繋いだままの夏希の手の甲を安心させるように何度も親指で撫でさすった。
そう、とはなんのことだ。Ωだとなんだと言うんだ。犬? 夏希は人間だ。
だけど、ネックガードを首輪と言われてしまったのは僕が悪い。うちに来るときに填められていたネックガードをまだ交換できていなかったからだ。あんなゴツゴツとしていかにもな物、さっさと新しい物に替えてしまえばよかった。
デザインにこだわってしまい、特注品になったから時間がかかってしまったのだ。せめて新しいネックガードに替えてから外出していれば――。
後悔ばかりが押し寄せて、夏希と繋いだ手に力がこもる。
「平野くんもやっぱり『α』ってことなのね」
なおも訳知り顔で厭らしい笑みを浮かべる山瀬に猛烈に腹が立った。
これは僕がαで夏希のことをΩだとわざわざ口にして、ふたりの関係性を『欲』だけによるものだと決めつけて、夏希のことをペットや愛人だと貶めているのだ。
ネックガードのことがなくてもαであればΩをそう扱うものだと、Ωはそうされて当然なのだと山瀬は信じているのだ。まるでα全体がΩを卑しい者として扱うのが普通であるかのように。
ここでも的外れな決め打ちだ。
ずっとずっとこういうやつらが大嫌いだった。人の外側だけで判断して、それが正しいと思い込む。しかもそれを相手にまで押し付けるのだから堪ったものじゃない。こういうヤツらがいるから夏希のようなΩが悲しい想いをすることになるんだ。
αだってΩだって同じ人間なのに。
自分のことだけならまだいいけれど、夏希のことをそんな風に言われるのだけは我慢できなかった。文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、夏希が僕の手をぐいっと引いた。そして小さく「かえろ……」って。
胸がギュッとなった。
このままここで山瀬と言い合ったところで結局は夏希が嫌な思いをするだけだと気づき、僕は荒ぶった気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸して、「うん。そうだね」ってできるだけ優しく聞こえるように囁いた。そして山瀬の方に向き直って、
「僕たち、帰るから。――山瀬、さん。思い込みはいつか身を滅ぼす、かもだから気をつけてね。じゃあさようなら」
けんか腰ではなくいたって普通の口調でそれだけを告げ、最後にしっかりと微笑みを残した。プライドの高い山瀬には、まるでそれが勝利宣言のように思えたかもしれないけれど、本当はそんなたいそうなものじゃない。なにもできない僕の最後の悪あがきのようなものだった。
僕たちが歩き出すと、背後で山瀬がなにかを言っていたみたいだったけれど、もうこれ以上話すことなんてなにもないから一度も振り返ったりはしなかった。
僕と夏希は無言のまま、繋いだ手の温もりだけを感じながら家路についた。
あーあ、台無しだ――。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
こじらせΩのふつうの婚活
深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。
彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。
しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。
裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。
その恋、応援します!
秋元智也
BL
いきなり告白された!
それもいつも一緒にいる同性から!?
突然、結城裕之にクラスメイトの高橋隆盛が告白!
真剣な彼に断る事もできずにまずは付き合う事に。
それを知った姉同士の阿鼻叫喚!
腐女子の協力もあり、本人たちの気持ちに変化が…。
自覚した気持ちは止まらない!
もどかしい二人の関係をお楽しみ下さい。
その後の『その恋、応援します続!』もお楽しみに。
悪魔と契約した少年は、王太子殿下に恋をする
碓氷唯
BL
妖精、精霊たちの階級によって差別される国、ルーナエ王国。この国では人が生まれたとき、精霊、妖精、悪魔いずれかが舞い降りてくる。その者と契約を交わすと守護者となって死ぬときまで守ってくれるのだった。悪魔という最下級の者と契約し、蔑まれる対象となったカトレアは今日も休みなく働かされる。そんな中、湖の畔で出会った美青年は自分を唯一差別しない優しい人間だった。差別などしない、自分の意志がはっきりとある青年の優しさに惹かれていくカトレア。その青年は王太子という身分が自分よりも全然高いことがわかって……。自分は悪魔と契約した最下級の身分の人間で、恋をしてしまったのは同性の王太子。きっと自分と結ばれることなんて、不可能なのだろう。執着攻め×健気受けになります。
両片思いのI LOVE YOU
大波小波
BL
相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。
両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。
そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。
洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。
お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。
富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。
少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。
共の蓮にて酔い咲う
あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。
トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub
※リバです。
※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。
※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。
※他サイトでも完結済
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】それでも僕は貴方だけを愛してる 〜大手企業副社長秘書α×不憫訳あり美人子持ちΩの純愛ー
葉月
BL
オメガバース。
成瀬瑞稀《みずき》は、他の人とは違う容姿に、幼い頃からいじめられていた。
そんな瑞稀を助けてくれたのは、瑞稀の母親が住み込みで働いていたお屋敷の息子、晴人《はると》
瑞稀と晴人との出会いは、瑞稀が5歳、晴人が13歳の頃。
瑞稀は晴人に憧れと恋心をいただいていたが、女手一人、瑞稀を育てていた母親の再婚で晴人と離れ離れになってしまう。
そんな二人は運命のように再会を果たすも、再び別れが訪れ…。
お互いがお互いを想い、すれ違う二人。
二人の気持ちは一つになるのか…。一緒にいられる時間を大切にしていたが、晴人との別れの時が訪れ…。
運命の出会いと別れ、愛する人の幸せを願うがあまりにすれ違いを繰り返し、お互いを愛する気持ちが大きくなっていく。
瑞稀と晴人の出会いから、二人が愛を育み、すれ違いながらもお互いを想い合い…。
イケメン副社長秘書α×健気美人訳あり子連れ清掃派遣社員Ω
20年越しの愛を貫く、一途な純愛です。
二人の幸せを見守っていただけますと、嬉しいです。
そして皆様人気、あの人のスピンオフも書きました😊
よければあの人の幸せも見守ってやってくだい🥹❤️
また、こちらの作品は第11回BL小説大賞コンテストに応募しております。
もし少しでも興味を持っていただけましたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる