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恋する雪だるま ⛄

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「平野くん?」

 そう声をかけられたのは、そろそろお腹が空いたから適当な店でランチでも食べようかって声をかけようとしたときだった。

「――山瀬やませ、さん……」

 そこにいたのはクラスメイトの山瀬 和香やませ のどかだった。彼女はクラスでも中心的な人物で、世話焼きなのかなぜか僕を構いたがった。
 成績も優秀で、容姿は美少女? らしいけれど、僕にはクラスメイトのひとりというだけで特別な感情を抱くことはなかった。

「――えっと……」

「私は参考書を買いに来たんだけど、平野くんは?」

「僕も買い物だけど、はっきりとした目的はないんだ」

「そうなんだ? その子――弟さん?」

 山瀬の登場で僕の後ろに隠れてしまっていた夏希を見てそう言った。笑顔なのになんだか値踏みするような視線で、嫌な感じがした。

 うちにきて半年、少しずつ肉はついてきたもののまだまだ小さくて、ほっそりしている夏希のことが年下に見えたのだろう。僕も人のことは言えないけれど、決め打ちみたいな訊き方は山瀬がαだからだろうか。少しだけ傲慢な気がしてしまう。

「違うよ。夏希は僕と同い年で――こ……」

 『婚約者』だと言おうとしたところで、被せるように僕の言葉は遮られてしまった。

「同い年? ああ、そう・・、なのね。その子はΩみたいだし――その首輪・・、随分と可愛らしい犬ね」

 と、嘲るように言う山瀬に夏希の身体がびくりと震えた。僕は繋いだままの夏希の手の甲を安心させるように何度も親指で撫でさすった。

 そう・・、とはなんのことだ。Ωだとなんだと言うんだ。犬? 夏希は人間だ。
 だけど、ネックガードを首輪と言われてしまったのは僕が悪い。うちに来るときに填められていたネックガードをまだ交換できていなかったからだ。あんなゴツゴツとしていかにもな物、さっさと新しい物に替えてしまえばよかった。
 デザインにこだわってしまい、特注品になったから時間がかかってしまったのだ。せめて新しいネックガードに替えてから外出していれば――。
 後悔ばかりが押し寄せて、夏希と繋いだ手に力がこもる。

「平野くんもやっぱり『α』ってことなのね」

 なおも訳知り顔で厭らしい笑みを浮かべる山瀬に猛烈に腹が立った。
 これは僕がαで夏希のことをΩだとわざわざ口にして、ふたりの関係性を『欲』だけによるものだと決めつけて、夏希のことをペットや愛人だと貶めているのだ。
 ネックガードのことがなくてもαであればΩをそう扱うものだと、Ωはそうされて当然なのだと山瀬は信じているのだ。まるでα全体がΩを卑しいとして扱うのが普通であるかのように。
 ここでも的外れな決め打ちだ。

 ずっとずっとこういうやつらが大嫌いだった。人の外側だけで判断して、それが正しいと思い込む。しかもそれを相手にまで押し付けるのだから堪ったものじゃない。こういうヤツらがいるから夏希のようなΩが悲しい想いをすることになるんだ。
 αだってΩだって同じ人間なのに。

 自分のことだけならまだいいけれど、夏希のことをそんな風に言われるのだけは我慢できなかった。文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、夏希が僕の手をぐいっと引いた。そして小さく「かえろ……」って。
 胸がギュッとなった。

 このままここで山瀬と言い合ったところで結局は夏希が嫌な思いをするだけだと気づき、僕は荒ぶった気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸して、「うん。そうだね」ってできるだけ優しく聞こえるように囁いた。そして山瀬の方に向き直って、

「僕たち、帰るから。――山瀬、さん。思い込みはいつか身を滅ぼす、かもだから気をつけてね。じゃあさようなら」

 けんか腰ではなくいたって普通の口調でそれだけを告げ、最後にしっかりと微笑みを残した。プライドの高い山瀬には、まるでそれが勝利宣言のように思えたかもしれないけれど、本当はそんなたいそうなものじゃない。なにもできない僕の最後の悪あがきのようなものだった。


 僕たちが歩き出すと、背後で山瀬がなにかを言っていたみたいだったけれど、もうこれ以上話すことなんてなにもないから一度も振り返ったりはしなかった。

 僕と夏希は無言のまま、繋いだ手の温もりだけを感じながら家路についた。




 あーあ、台無しだ――。









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