7 / 36
恋する雪だるま ⛄
②
しおりを挟む
翌日、早く起きた僕は僕の部屋の向かい側にある彼の部屋のドアをそおっと開けた。そこは鍵もかからない普通の部屋で、ベッドと小さなテーブルがあるだけだ。
急なことで準備が間に合わなかったのだ。彼の希望も聞きながら家具や小物なんかもおいおい揃えていこうと思う。ちなみに僕の部屋の物は母屋にある自室から運んでもらったから、場所が変わっただけで不自由はない。
こんな彼にとって不安しかない場所で彼の部屋をΩ専用の避難部屋にしなかったのは、あの部屋はあくまでもヒート時に使うものであって、普段使うような部屋ではないからだ。部屋の中にはベッドと小さな冷蔵庫、トイレもシャワーもあり食料や備品を定期的に補充さえすればあの部屋だけで完結できるようになっている。だけど、窓もなく娯楽の類は一切ない。
ひとりっきりの部屋では安心するというより息苦しさを感じるのではないかと思う。それでは本当の意味で護ることにはならない。ただの監禁だ。
一応彼にもその辺は説明してどちらにするか訊いてみた。それで彼は普通の部屋を選んだのだ。
多少は僕のことを信頼してくれているということなのかな。
僕もよっぽどのことがない限り勝手に彼の部屋に入るつもりはない。折角くれた彼の信頼を裏切りたくはない。
じゃあなんで今回彼の部屋のドアを断りもなく開けたかというと、彼がちゃんとベッドで寝ているのかが心配になったからだ。床に座っていたように、部屋でも床に寝てやしないかと。
部屋には入らず彼の様子を窺うと、彼はちゃんとベッドでぐっすり眠っているようだった。穏やかな寝息が聞こえホッとする。
僕はそのまま静かにドアを閉め、ひとりで母屋へと向った。昨日話せなかったことを話す為だ。
リビングのドアを開けると父さんと兄さんは既に起きていて、僕を待っていた。
「おはよう。父さん、兄さん」
「ああ、おはよう」
「おはよう」
軽く朝の挨拶をして僕がソファーに座ると、父さんはファイリングされた書類を僕に差し出した。
彼と一緒に渡された彼のことについて申し訳程度に書かれた書類だと言う。
それによると、彼の名前は城戸 夏希といって、年齢は僕と同じ十七歳。昨日父さんからは同い年だと聞かされていたけれど、本当のことだったらしい。こうやって書面で確認しても信じられないくらい彼は幼く未熟だ。
だけどそれは彼の外見だけの話で、僕は彼について何も知らない。よく知りもせず外側で判断するのは自分が一番嫌っていたことで、見た目だけで『年下』とした昨日の自分は間違っていた。
心の中で彼に詫びを入れ、再び資料に視線を落とした。
Ωだからなのか夏希の家のせいなのか、学歴は中学卒業までで高校へは行っていないということだった。あとは既往歴、現在の健康状態、予防接種や性交経験の有無。勿論無に丸がつけられていた。だけどこれじゃあ本当に物やペットみたいで夏希の父親に対して怒りが沸いた。
そして僕たちが離れでふたりきりで過ごすことに父さんがなぜこだわったか分かる気がした。勿論夏希をひとりにするのは寂しいだろうというのも本当だろうけど、それだけの理由だったらなにも僕じゃなくてもいいのだ。たとえば年配の女性βなど、安全な相手なら他に何人もいるのだから。
自分の息子を売るような父親だから、もしもこの先うちよりもいい条件の相手を見つけたら息子を返せと言ってくるかもしれない。そんな時、わざわざ性交経験の有無を明記するような父親なら『純潔』をうりとしていると考えられる。だからあえての僕で、婚約者であるふたりが離れという小さな空間に一緒に住んでいるなら暗にそういうことをシテいる仲だと思わせられるということだ。
僕は夏希について書かれた書類を読み終えてすぐにシュレッダーにかけた。万が一にもこんなものを夏希の目に触れさせてはいけない。
とりあえず健康面は痩せているだけで心配がないことにホッとした。それなら夏希が求めるだけ好きな物を用意すればいい。間違っても僕のときのように効率重視で太らせようと食べ物を詰め込むようにしてはいけない、うん。
あとは学歴の話だけど、すぐにどこか高校に通わせようとする父さんに僕は待ったをかけた。
多分今通わせても昨日の夏希の様子だと時期尚早に思えた。
先々で通わせるにしてももう少し色々落ち着いてからの方がいいだろうし、通信教育というのもアリだろう。それに本人が望まなければ強制するべきではない。
夏希には自分がやりたいと思えることをまずは見つけて欲しい。色々な可能性が夏希の目の前には広がっていることを知って欲しい。
とりあえず僕が学校に行っている間はひとりでゆっくりと過ごしてもらって、うちに慣れてもらう。夏希を害する人間はここにはいないのだと分かってもらう。
そして僕が帰ってからはなんでもいいから一緒にできたらいいと思う。夏希が興味を持てるもの、楽しいと思えるものを見つける手助けがしたい。
そうして父さんたちとの話し合いの結果、僕の出した意見は概ね通って夏希の世話は僕が中心になって行い、何か困ったことがあれば必ず父さんたちに相談するということになった。
急なことで準備が間に合わなかったのだ。彼の希望も聞きながら家具や小物なんかもおいおい揃えていこうと思う。ちなみに僕の部屋の物は母屋にある自室から運んでもらったから、場所が変わっただけで不自由はない。
こんな彼にとって不安しかない場所で彼の部屋をΩ専用の避難部屋にしなかったのは、あの部屋はあくまでもヒート時に使うものであって、普段使うような部屋ではないからだ。部屋の中にはベッドと小さな冷蔵庫、トイレもシャワーもあり食料や備品を定期的に補充さえすればあの部屋だけで完結できるようになっている。だけど、窓もなく娯楽の類は一切ない。
ひとりっきりの部屋では安心するというより息苦しさを感じるのではないかと思う。それでは本当の意味で護ることにはならない。ただの監禁だ。
一応彼にもその辺は説明してどちらにするか訊いてみた。それで彼は普通の部屋を選んだのだ。
多少は僕のことを信頼してくれているということなのかな。
僕もよっぽどのことがない限り勝手に彼の部屋に入るつもりはない。折角くれた彼の信頼を裏切りたくはない。
じゃあなんで今回彼の部屋のドアを断りもなく開けたかというと、彼がちゃんとベッドで寝ているのかが心配になったからだ。床に座っていたように、部屋でも床に寝てやしないかと。
部屋には入らず彼の様子を窺うと、彼はちゃんとベッドでぐっすり眠っているようだった。穏やかな寝息が聞こえホッとする。
僕はそのまま静かにドアを閉め、ひとりで母屋へと向った。昨日話せなかったことを話す為だ。
リビングのドアを開けると父さんと兄さんは既に起きていて、僕を待っていた。
「おはよう。父さん、兄さん」
「ああ、おはよう」
「おはよう」
軽く朝の挨拶をして僕がソファーに座ると、父さんはファイリングされた書類を僕に差し出した。
彼と一緒に渡された彼のことについて申し訳程度に書かれた書類だと言う。
それによると、彼の名前は城戸 夏希といって、年齢は僕と同じ十七歳。昨日父さんからは同い年だと聞かされていたけれど、本当のことだったらしい。こうやって書面で確認しても信じられないくらい彼は幼く未熟だ。
だけどそれは彼の外見だけの話で、僕は彼について何も知らない。よく知りもせず外側で判断するのは自分が一番嫌っていたことで、見た目だけで『年下』とした昨日の自分は間違っていた。
心の中で彼に詫びを入れ、再び資料に視線を落とした。
Ωだからなのか夏希の家のせいなのか、学歴は中学卒業までで高校へは行っていないということだった。あとは既往歴、現在の健康状態、予防接種や性交経験の有無。勿論無に丸がつけられていた。だけどこれじゃあ本当に物やペットみたいで夏希の父親に対して怒りが沸いた。
そして僕たちが離れでふたりきりで過ごすことに父さんがなぜこだわったか分かる気がした。勿論夏希をひとりにするのは寂しいだろうというのも本当だろうけど、それだけの理由だったらなにも僕じゃなくてもいいのだ。たとえば年配の女性βなど、安全な相手なら他に何人もいるのだから。
自分の息子を売るような父親だから、もしもこの先うちよりもいい条件の相手を見つけたら息子を返せと言ってくるかもしれない。そんな時、わざわざ性交経験の有無を明記するような父親なら『純潔』をうりとしていると考えられる。だからあえての僕で、婚約者であるふたりが離れという小さな空間に一緒に住んでいるなら暗にそういうことをシテいる仲だと思わせられるということだ。
僕は夏希について書かれた書類を読み終えてすぐにシュレッダーにかけた。万が一にもこんなものを夏希の目に触れさせてはいけない。
とりあえず健康面は痩せているだけで心配がないことにホッとした。それなら夏希が求めるだけ好きな物を用意すればいい。間違っても僕のときのように効率重視で太らせようと食べ物を詰め込むようにしてはいけない、うん。
あとは学歴の話だけど、すぐにどこか高校に通わせようとする父さんに僕は待ったをかけた。
多分今通わせても昨日の夏希の様子だと時期尚早に思えた。
先々で通わせるにしてももう少し色々落ち着いてからの方がいいだろうし、通信教育というのもアリだろう。それに本人が望まなければ強制するべきではない。
夏希には自分がやりたいと思えることをまずは見つけて欲しい。色々な可能性が夏希の目の前には広がっていることを知って欲しい。
とりあえず僕が学校に行っている間はひとりでゆっくりと過ごしてもらって、うちに慣れてもらう。夏希を害する人間はここにはいないのだと分かってもらう。
そして僕が帰ってからはなんでもいいから一緒にできたらいいと思う。夏希が興味を持てるもの、楽しいと思えるものを見つける手助けがしたい。
そうして父さんたちとの話し合いの結果、僕の出した意見は概ね通って夏希の世話は僕が中心になって行い、何か困ったことがあれば必ず父さんたちに相談するということになった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
優しい嘘の見分け方
ハリネズミ
BL
理由も知らされないまま長い間大きな箱(屋敷)の小さな箱(部屋)の中で育った名もなき少年。
無為に過ぎていく時間。ある日少年はメイドによって外へと連れ出されるが、それは少年にとって解放ではなく――。
少年は何もない小さな箱の中で『愛』を求めていた。
少年の危機を救ったとある男もまた『愛』を求めていた。
ふたりは出逢い、そして男は打算と得体の知れない感情から少年に嘘をついた。
嘘から始まったふたりの関係はどうなっていくのか。
※暴力、無理矢理な性描写、虐待等の表現があるので苦手な方は自衛をお願いしますm(__)m
あの日の僕らの声がする
琴葉
BL
;※オメガバース設定。「本能と理性の狭間で」の番外編。流血、弱暴力シーン有。また妊娠出産に関してメンタル弱い方注意※いつも飄々としているオメガの菅野。番のアルファ葉山もいて、幸せそうに見えていたが、実は…。衝撃の事実。
たとえ月しか見えなくても
ゆん
BL
留丸と透が付き合い始めて1年が経った。ひとつひとつ季節を重ねていくうちに、透と番になる日を夢見るようになった留丸だったが、透はまるでその気がないようで──
『笑顔の向こう側』のシーズン2。海で結ばれたふたりの恋の行方は?
※こちらは『黒十字』に出て来るサブカプのストーリー『笑顔の向こう側』の続きになります。
初めての方は『黒十字』と『笑顔の向こう側』を読んでからこちらを読まれることをおすすめします……が、『笑顔の向こう側』から読んでもなんとか分かる、はず。
出来損ないのアルファ
ゴールデンフィッシュメダル
BL
※ オメガバースに独自の設定を追加しています。
マヒロは高校3年生だがまだバース決まっていない。ベータ※ 未分化 というバースである。
ある日、玄関に居た青年を見てラットを起こしたマヒロは・・・
桜吹雪と泡沫の君
叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。
慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。
だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
オメガバース 悲しい運命なら僕はいらない
潮 雨花
BL
魂の番に捨てられたオメガの氷見華月は、魂の番と死別した幼馴染でアルファの如月帝一と共に暮らしている。
いずれはこの人の番になるのだろう……華月はそう思っていた。
そんなある日、帝一の弟であり華月を捨てたアルファ・如月皇司の婚約が知らされる。
一度は想い合っていた皇司の婚約に、華月は――。
たとえ想い合っていても、魂の番であったとしても、それは悲しい運命の始まりかもしれない。
アルファで茶道の家元の次期当主と、オメガで華道の家元で蔑まれてきた青年の、切ないブルジョア・ラブ・ストーリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる