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恋する雪だるま ⛄
②
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リビングには父さんと兄さんがいて、丁度僕の分のコーヒーを兄さんが淹れてくれたところだった。
「戻ったか」
父さんに促され、僕も父さんたちの向かい側のソファーに腰を下ろした。
「――彼が僕の婚約者ってどういうこと?」
父さんはなにかを思い出しているのか、不愉快そうにギュッと眉間に皺を寄せながら話してくれた。
「――うむ。順を追って話すと、今日私は古い知り合いの息子を名乗る人物から話がしたいと呼び出されたんだ。私も息子の存在は知っていて、会ったことはなかったがその父親には若いころお世話になっていたから無下にはできなくて呼び出しに応じたんだが――。家に行ってみればあの子がいて、Ωだからうちの息子の嫁にどうだと言ってきたんだ。嫁がダメなら愛人でもペットでもいい、その代わり援助して欲しいと――」
父さんの『あの子』という言葉にドキっとしたけど、すぐに浮かんだ考えを否定する。彼は僕のあの子ではない。僕が頑なに彼のことを『彼』と呼ぶことにしたのも、僕のあの子以外を『あの子』と呼びたくなかったからだ。
それよりも、大手企業のトップである父さんが連絡ひとつで相手の家に出向くなんて、よっぽどその人の父親に恩があるんだな。でも……。
「――それって……」
「ああ、Ωを売るということだな」
「そんなの――っ! 彼は納得してるの!?」
「――納得はしてないだろうな。私も人を売り買いするだなんてあり得ないと思う。しかも護るべき自分の子どもをだ。そんな話普通なら絶対にのらないが……私はあの子をあのままあの家には置いてはおけないと思ったんだ」
父さんの言いたいことは分かった。
あの子のガリガリ具合からいってもどんな扱いを受けていたのか分かったもんじゃない。それに父さんが断ったらきっと別の家に売られてしまうことになるだろうし、もしも相手が悪ければ彼はどんな目に合わされるか――。だったらうちで保護した方がいい。
それは分かる。分かるんだけど、どうして僕?
僕の疑問が顔に出ていたのか父さんがどうして僕なのかを説明してくれた。
「相手をお前にしたのは同い年ということもあるがお前が他のαよりもおっとりとしているからだよ」
「俺ではきっと怖がらせちゃうからな」
続いて兄さんもそう言って苦笑した。
確かにそうかもしれない。だけど僕には好きな子がいる。大人になったらあの子を探しに行くつもりなのだ。
それでも運悪く、たとえこの先会えなかったとしてもあの子以外考えられない。
そんな想いを抱えたまま人助けだとしても他の子と結婚することなんてできない。ましてや番うなんて――絶対に無理だ。
俯き考え込む僕に父さんは優しく言った。
「何も本当に結婚しろとは言っていないし、番わなくてもいいんだ。勿論愛人やペットだなんてことも考えていない。ただあの子をうちで、安全な環境でのびのび過ごさせたいと思っただけだ。私たちにとって『Ω』は護るべきものだ。決して蔑ろにしていいものじゃない。番ではなくてもそれは関係ないんだ。私だってすべての困っている人を救おうなんて驕った考えを持っているわけじゃないし、救えないことも分かっている。しかし、くだらない人間の手によるものであってもあの子とは『縁』を繋いでしまった。だから助けたい。ただそれだけなんだよ。養子としてうちに迎えることも考えたがそれだと色々と厄介なことも多いし、なによりあの子を縛りたくはなかったからあの子を護る為に『婚約者』という形をとったんだ。あの子が望めばいつでも解消可能だからね」
父さんはそこまで言うとフッと笑って、言葉を続けた。
「もしもお前が――私が思っていた通りΩだったとしたら護ってやりたいし、どんなことをしてでも護っていただろう。それもあって助けたいと思ったんだ。――あの子はもしものお前なんだよ」
そう言われてしまえば僕も『否』とは言えなかった。
ただでさえ立場の弱いΩで、家族からもひどい扱いを受けていたとしたら彼は誰に助けを求めればいいのか、誰が彼を護るのか――。
もしもこの先彼が愛する相手を見つけたとしたら、その時は笑って「良かったね。幸せになって」って送り出せばいい。だからその時までは僕たち家族が全力で彼を護ろう。
誰も助けてくれなかったとき、明るく声をかけてくれて大好きだと言ってくれたあの子のように――。
「戻ったか」
父さんに促され、僕も父さんたちの向かい側のソファーに腰を下ろした。
「――彼が僕の婚約者ってどういうこと?」
父さんはなにかを思い出しているのか、不愉快そうにギュッと眉間に皺を寄せながら話してくれた。
「――うむ。順を追って話すと、今日私は古い知り合いの息子を名乗る人物から話がしたいと呼び出されたんだ。私も息子の存在は知っていて、会ったことはなかったがその父親には若いころお世話になっていたから無下にはできなくて呼び出しに応じたんだが――。家に行ってみればあの子がいて、Ωだからうちの息子の嫁にどうだと言ってきたんだ。嫁がダメなら愛人でもペットでもいい、その代わり援助して欲しいと――」
父さんの『あの子』という言葉にドキっとしたけど、すぐに浮かんだ考えを否定する。彼は僕のあの子ではない。僕が頑なに彼のことを『彼』と呼ぶことにしたのも、僕のあの子以外を『あの子』と呼びたくなかったからだ。
それよりも、大手企業のトップである父さんが連絡ひとつで相手の家に出向くなんて、よっぽどその人の父親に恩があるんだな。でも……。
「――それって……」
「ああ、Ωを売るということだな」
「そんなの――っ! 彼は納得してるの!?」
「――納得はしてないだろうな。私も人を売り買いするだなんてあり得ないと思う。しかも護るべき自分の子どもをだ。そんな話普通なら絶対にのらないが……私はあの子をあのままあの家には置いてはおけないと思ったんだ」
父さんの言いたいことは分かった。
あの子のガリガリ具合からいってもどんな扱いを受けていたのか分かったもんじゃない。それに父さんが断ったらきっと別の家に売られてしまうことになるだろうし、もしも相手が悪ければ彼はどんな目に合わされるか――。だったらうちで保護した方がいい。
それは分かる。分かるんだけど、どうして僕?
僕の疑問が顔に出ていたのか父さんがどうして僕なのかを説明してくれた。
「相手をお前にしたのは同い年ということもあるがお前が他のαよりもおっとりとしているからだよ」
「俺ではきっと怖がらせちゃうからな」
続いて兄さんもそう言って苦笑した。
確かにそうかもしれない。だけど僕には好きな子がいる。大人になったらあの子を探しに行くつもりなのだ。
それでも運悪く、たとえこの先会えなかったとしてもあの子以外考えられない。
そんな想いを抱えたまま人助けだとしても他の子と結婚することなんてできない。ましてや番うなんて――絶対に無理だ。
俯き考え込む僕に父さんは優しく言った。
「何も本当に結婚しろとは言っていないし、番わなくてもいいんだ。勿論愛人やペットだなんてことも考えていない。ただあの子をうちで、安全な環境でのびのび過ごさせたいと思っただけだ。私たちにとって『Ω』は護るべきものだ。決して蔑ろにしていいものじゃない。番ではなくてもそれは関係ないんだ。私だってすべての困っている人を救おうなんて驕った考えを持っているわけじゃないし、救えないことも分かっている。しかし、くだらない人間の手によるものであってもあの子とは『縁』を繋いでしまった。だから助けたい。ただそれだけなんだよ。養子としてうちに迎えることも考えたがそれだと色々と厄介なことも多いし、なによりあの子を縛りたくはなかったからあの子を護る為に『婚約者』という形をとったんだ。あの子が望めばいつでも解消可能だからね」
父さんはそこまで言うとフッと笑って、言葉を続けた。
「もしもお前が――私が思っていた通りΩだったとしたら護ってやりたいし、どんなことをしてでも護っていただろう。それもあって助けたいと思ったんだ。――あの子はもしものお前なんだよ」
そう言われてしまえば僕も『否』とは言えなかった。
ただでさえ立場の弱いΩで、家族からもひどい扱いを受けていたとしたら彼は誰に助けを求めればいいのか、誰が彼を護るのか――。
もしもこの先彼が愛する相手を見つけたとしたら、その時は笑って「良かったね。幸せになって」って送り出せばいい。だからその時までは僕たち家族が全力で彼を護ろう。
誰も助けてくれなかったとき、明るく声をかけてくれて大好きだと言ってくれたあの子のように――。
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