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恋人なんかじゃなくて
恋人なんかじゃなくて
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最近の俺は考えている事がある。
後輩でワンコな霧島 琉斗と付き合いだして早一年。
そろそろ一緒に住んでもいいかなぁと思っているのだ。
琉斗は猫を飼っているので主に琉斗の部屋で過ごし、週末は泊まる事も多い。
だからもう少し大きなところにふたりで住む方が経済的にもいいと思う。
まぁ本音としてはもっと一緒にいたい。という事だ。
いつものように朝、会社の最寄り駅で出てきた俺をみつけた琉斗が走り寄って来た。
「せーんぱいっ、考え事ですか?」
「あ、いや。こないだのコンペの事考えてた」
「あーあれはちょっと厳しめでしたねー。途中までいい線いってたと思うんですがライバル会社のあの提案は反則ですよねー」
「んー反則ではないんだろうけど、まぁうちとしては厳しいな」
いつも通りの朝、いつも通りの会話。
いつも通りの琉斗の笑顔。
やっぱり俺はこいつの事が、好きだなぁ……。
しみじみと思う。
今度一緒に暮らそうって言ってみようかなぁ。
「あ、そうだ先輩。俺来月からアメリカに行くことになりました」
「――は? 出張か?」
聞いてないけど。
「いえ、転勤です。大きなプロジェクトの立ち上げメンバーに選ばれたんです。準備も色々あってしばらく先輩と会えなくなるかもしれませんが、俺頑張るんで応援してください!」
は? こんな朝の通勤中に言う事か?
アメリカだぞ? 会いたいって思ってもすぐには会えないんだぞ?
何でお前はそんな平気な顔していられるんだ。
そりゃお前にとってビッグチャンスだけど……。
俺は素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。
*****
それから琉斗の宣言通り会社以外で琉斗に会う事もなく、会社で会ってもロクに話もできないでただ日にちだけが過ぎていった。
そして、何も言えないまま琉斗はアメリカに旅立った。
猫の源斗を連れて。
源斗は連れて行くのに俺は置いて行くんだな。
俺はお前の恋人じゃなかったのかよ……。
俺は空港にも行かず琉斗を見送る事無くひとり、部屋で涙を流し続けた。
俺たちの恋は終わった。
*****
あれから一年。
琉斗からは何の連絡もない。
先月から新入社員も入って来た。いつまでも引きずっていてはだめだ。
しっかりしなくては。
頬を打ち気合を入れる。
「先輩っ」
改札を出たところで声をかけられた。
俺は期待して振り向く。
当然あのワンコの笑顔はそこにはなくて、途端にがっかりしてしまった。
「先輩? どうされましたか? 元気がないようですが」
「あー、いやなんでもない。それより木村はもう仕事には慣れたか?」
「まだ、慣れませんが先輩のご指導のおかげでなんとかやれています。他の部署の連中と話をすると僕は先輩の下で働けて本当によかったって思います」
にこにこと嬉しそうに話す木村。
その笑顔を見ると胸が締め付けられるようだ。
その笑顔はあいつを思い出す。
「そうだ、先輩よろしかったら今日帰りに飲みにでも行きませんか?」
「あぁ、そうだな。頑張ってる木村に俺がおごってやるよ」
努めて明るい声で言う。
そうしていないと涙が零れてしまうから。
「わー、嬉しいです! えへへ。先輩と飲みに行けるなんて夢みたいです」
「大げさだなぁーはは」
ぽんぽんと頭を軽く叩き、はっとして手を引っ込める。
「わりぃ」
またやってしまった。
木村といるとあいつの事を思い出してあいつにやっていたように接してしまう。
そんなのただの代償行為……。何の解決にもなりはしない。
「僕、先輩に頭ぽんぽんされるの好きですよ? へへ」
「そっか」
*****
約束通り会社帰りに木村と飲みに行き、俺は酔いつぶれてしまった。
色んな事がつらすぎたのだ。
吐き出す事もなくただ蓄積されていく寂しさ、つらさ。
木村にタクシーで俺の家まで送ってもらった。
「大丈夫ですか? 先輩、おうちはもうすぐですよ。歩けますか?」
タクシーを降りて、俺を支えながらアパートの俺の部屋の前まで来た。
すると木村は、支えていた俺を抱き込むように体勢を変えた。
「あの、先輩……僕、僕……先輩の事が……」
木村の顔がワンコから狼に変わったように見えた。
恐怖に身がすくむ。
「はい、スト――ップ。誰だか知らないけどご苦労さん。あとは俺がやるからもう帰って?」
木村から誰かが俺をうばいとる。
「は? 誰だよあんた」
木村の顔は怖いままだ。
「俺は先輩の……源二郎の恋人だ。だからお前の入る隙なんか少しもない」
恐る恐る俺を抱きしめる男の顔を見ると確かに琉斗で。
アメリカにいるはずの琉斗で。
俺を捨てたはずの琉斗で。
「ど……して」
声が震える。
「先輩、その人本当に先輩の恋人なんですか?」
まだ諦めきれないと食い下がる木村。
「ん、いや、えーと……その……分からん」
「え? せんぱぁーいぃ……」
へにょりと眉を下げ涙目になる琉斗。
「ほらほら、先輩は僕がこれからものにするんですから、お前が消えろよ!」
「いやいやいやいやいやいや、待って? ねぇ? 先輩? 俺たち恋人でしょう? そりゃ時間かかったのは申し訳ないですが……俺もいっぱいいっぱいで、これでも早かった方なんですよ? ねぇ? 許してくださいぃ」
イケメンなのに慌てる姿がおかしくて、なんだか少しだけ安心した。
「お座りっ」
突然の俺の命令に「わんっ」と座ったのは琉斗のみ。
木村は呆然と俺たち二人を見ていた。
「まぁ、こういう事だな。木村悪い。俺はお前の気持ちには応えられない。こいつだけで手いっぱいだわ」
片目をつぶり口角を上げた。
「――分かりました」
ぺこりと頭を下げ木村は帰って行った。
「琉斗、きちんと説明してくれるんだろうな?」
木村を見送ると、俺は琉斗を睨みつけた。
「はい……」
俺がとてつもなく怒っていると理解してワンコ座りのまましゅんとなる。
*****
「――で? 恋人だというにはあまりにも俺の事放置しすぎじゃないか?」
俺の部屋に場所を移し、リビングで正座をさせ問い詰める。
「すみませんでした! 俺、一年前アメリカ行きの話を聞いてこれはチャンスだって思ったんです! そりゃ仕事の事もですが拠点をむこうに移して先輩と結婚しようと思って。むこうじゃ州によって同性婚認められてますからね。でもそれにはちゃんと仕事を頑張って先輩をお迎えできるようにしないとって、この一年死に物狂いで働きました。それでようやくなんとか形になったのでお迎えに来たわけですが……」
ちらりと伺うように俺を見る。
こいつ今、大事なことをさらっと言わなかったか?
結婚? 結婚って言ったか?
「俺に言ってくれればよかったじゃないか」
「先輩に無理はさせられません……」
そう言う琉斗の頬は少しコケていて目の下にもクマがあった。
相談してくれ、とか一緒に頑張りたかった、とか色々言いたい事は沢山あったけどそれを見て俺は、全て許そうと思った。
そっと琉斗の頬に指を滑らせた。
「先輩……」
「俺もさ、もう恋人は嫌なんだ」
「――――え……」
泣きそうな顔になる琉斗。
俺はそんな琉斗を安心させるように手を取り、その指先に唇を寄せた。
「恋人なんかじゃもう我慢できないんだ。お前と家族になりたい」
「それって……」
「結婚しよう。琉斗」
「はい! ……はい! 先輩!」
「先輩はおかしいだろう?」
「――源二郎……さん」
「ふふ」
その後俺たちはアメリカに渡り、家族になった。
-終-
後輩でワンコな霧島 琉斗と付き合いだして早一年。
そろそろ一緒に住んでもいいかなぁと思っているのだ。
琉斗は猫を飼っているので主に琉斗の部屋で過ごし、週末は泊まる事も多い。
だからもう少し大きなところにふたりで住む方が経済的にもいいと思う。
まぁ本音としてはもっと一緒にいたい。という事だ。
いつものように朝、会社の最寄り駅で出てきた俺をみつけた琉斗が走り寄って来た。
「せーんぱいっ、考え事ですか?」
「あ、いや。こないだのコンペの事考えてた」
「あーあれはちょっと厳しめでしたねー。途中までいい線いってたと思うんですがライバル会社のあの提案は反則ですよねー」
「んー反則ではないんだろうけど、まぁうちとしては厳しいな」
いつも通りの朝、いつも通りの会話。
いつも通りの琉斗の笑顔。
やっぱり俺はこいつの事が、好きだなぁ……。
しみじみと思う。
今度一緒に暮らそうって言ってみようかなぁ。
「あ、そうだ先輩。俺来月からアメリカに行くことになりました」
「――は? 出張か?」
聞いてないけど。
「いえ、転勤です。大きなプロジェクトの立ち上げメンバーに選ばれたんです。準備も色々あってしばらく先輩と会えなくなるかもしれませんが、俺頑張るんで応援してください!」
は? こんな朝の通勤中に言う事か?
アメリカだぞ? 会いたいって思ってもすぐには会えないんだぞ?
何でお前はそんな平気な顔していられるんだ。
そりゃお前にとってビッグチャンスだけど……。
俺は素直に喜ぶ気持ちにはなれなかった。
*****
それから琉斗の宣言通り会社以外で琉斗に会う事もなく、会社で会ってもロクに話もできないでただ日にちだけが過ぎていった。
そして、何も言えないまま琉斗はアメリカに旅立った。
猫の源斗を連れて。
源斗は連れて行くのに俺は置いて行くんだな。
俺はお前の恋人じゃなかったのかよ……。
俺は空港にも行かず琉斗を見送る事無くひとり、部屋で涙を流し続けた。
俺たちの恋は終わった。
*****
あれから一年。
琉斗からは何の連絡もない。
先月から新入社員も入って来た。いつまでも引きずっていてはだめだ。
しっかりしなくては。
頬を打ち気合を入れる。
「先輩っ」
改札を出たところで声をかけられた。
俺は期待して振り向く。
当然あのワンコの笑顔はそこにはなくて、途端にがっかりしてしまった。
「先輩? どうされましたか? 元気がないようですが」
「あー、いやなんでもない。それより木村はもう仕事には慣れたか?」
「まだ、慣れませんが先輩のご指導のおかげでなんとかやれています。他の部署の連中と話をすると僕は先輩の下で働けて本当によかったって思います」
にこにこと嬉しそうに話す木村。
その笑顔を見ると胸が締め付けられるようだ。
その笑顔はあいつを思い出す。
「そうだ、先輩よろしかったら今日帰りに飲みにでも行きませんか?」
「あぁ、そうだな。頑張ってる木村に俺がおごってやるよ」
努めて明るい声で言う。
そうしていないと涙が零れてしまうから。
「わー、嬉しいです! えへへ。先輩と飲みに行けるなんて夢みたいです」
「大げさだなぁーはは」
ぽんぽんと頭を軽く叩き、はっとして手を引っ込める。
「わりぃ」
またやってしまった。
木村といるとあいつの事を思い出してあいつにやっていたように接してしまう。
そんなのただの代償行為……。何の解決にもなりはしない。
「僕、先輩に頭ぽんぽんされるの好きですよ? へへ」
「そっか」
*****
約束通り会社帰りに木村と飲みに行き、俺は酔いつぶれてしまった。
色んな事がつらすぎたのだ。
吐き出す事もなくただ蓄積されていく寂しさ、つらさ。
木村にタクシーで俺の家まで送ってもらった。
「大丈夫ですか? 先輩、おうちはもうすぐですよ。歩けますか?」
タクシーを降りて、俺を支えながらアパートの俺の部屋の前まで来た。
すると木村は、支えていた俺を抱き込むように体勢を変えた。
「あの、先輩……僕、僕……先輩の事が……」
木村の顔がワンコから狼に変わったように見えた。
恐怖に身がすくむ。
「はい、スト――ップ。誰だか知らないけどご苦労さん。あとは俺がやるからもう帰って?」
木村から誰かが俺をうばいとる。
「は? 誰だよあんた」
木村の顔は怖いままだ。
「俺は先輩の……源二郎の恋人だ。だからお前の入る隙なんか少しもない」
恐る恐る俺を抱きしめる男の顔を見ると確かに琉斗で。
アメリカにいるはずの琉斗で。
俺を捨てたはずの琉斗で。
「ど……して」
声が震える。
「先輩、その人本当に先輩の恋人なんですか?」
まだ諦めきれないと食い下がる木村。
「ん、いや、えーと……その……分からん」
「え? せんぱぁーいぃ……」
へにょりと眉を下げ涙目になる琉斗。
「ほらほら、先輩は僕がこれからものにするんですから、お前が消えろよ!」
「いやいやいやいやいやいや、待って? ねぇ? 先輩? 俺たち恋人でしょう? そりゃ時間かかったのは申し訳ないですが……俺もいっぱいいっぱいで、これでも早かった方なんですよ? ねぇ? 許してくださいぃ」
イケメンなのに慌てる姿がおかしくて、なんだか少しだけ安心した。
「お座りっ」
突然の俺の命令に「わんっ」と座ったのは琉斗のみ。
木村は呆然と俺たち二人を見ていた。
「まぁ、こういう事だな。木村悪い。俺はお前の気持ちには応えられない。こいつだけで手いっぱいだわ」
片目をつぶり口角を上げた。
「――分かりました」
ぺこりと頭を下げ木村は帰って行った。
「琉斗、きちんと説明してくれるんだろうな?」
木村を見送ると、俺は琉斗を睨みつけた。
「はい……」
俺がとてつもなく怒っていると理解してワンコ座りのまましゅんとなる。
*****
「――で? 恋人だというにはあまりにも俺の事放置しすぎじゃないか?」
俺の部屋に場所を移し、リビングで正座をさせ問い詰める。
「すみませんでした! 俺、一年前アメリカ行きの話を聞いてこれはチャンスだって思ったんです! そりゃ仕事の事もですが拠点をむこうに移して先輩と結婚しようと思って。むこうじゃ州によって同性婚認められてますからね。でもそれにはちゃんと仕事を頑張って先輩をお迎えできるようにしないとって、この一年死に物狂いで働きました。それでようやくなんとか形になったのでお迎えに来たわけですが……」
ちらりと伺うように俺を見る。
こいつ今、大事なことをさらっと言わなかったか?
結婚? 結婚って言ったか?
「俺に言ってくれればよかったじゃないか」
「先輩に無理はさせられません……」
そう言う琉斗の頬は少しコケていて目の下にもクマがあった。
相談してくれ、とか一緒に頑張りたかった、とか色々言いたい事は沢山あったけどそれを見て俺は、全て許そうと思った。
そっと琉斗の頬に指を滑らせた。
「先輩……」
「俺もさ、もう恋人は嫌なんだ」
「――――え……」
泣きそうな顔になる琉斗。
俺はそんな琉斗を安心させるように手を取り、その指先に唇を寄せた。
「恋人なんかじゃもう我慢できないんだ。お前と家族になりたい」
「それって……」
「結婚しよう。琉斗」
「はい! ……はい! 先輩!」
「先輩はおかしいだろう?」
「――源二郎……さん」
「ふふ」
その後俺たちはアメリカに渡り、家族になった。
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