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8 番外編 嘘つき ① @神楽坂 葉介
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「神楽坂、本当にいいのか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「俺の仕事なのに――本当すまん。今度埋め合わせするから」
そう言って本当に申し訳なさそうに太く凛々しい眉をへにょりと下げるのは同じ会社の先輩だ。
今日は何度目かの結婚記念日で早く帰ると奥さんと約束していたらしい。
終業時間間際、急に入った仕事に泣きそうになっていた先輩に僕から声をかけた。
「はいはい。じゃあ今度奥さんとの馴れ初めでも教えてもらおうかなぁ。僕も恋人欲しいですから参考にしたいです」
ソワソワと落ち着かない様子を見せるが、なかなか帰ろうとしない先輩の背中を押す僕の言葉にぱぁっと顔を輝かせる先輩。
「あ、ああ!そんなんでよければいくらでも!」
先輩は本当に人がいい。フリじゃなくて本当に申し訳ないと思ってくれている。だから余計に僕は『いい兄』のフリをする。まぁ相手は先輩だし、今回は『物分かりのいい長男』かな。
「楽しみにしてます。ほら、早く帰らないと。帰る前にケーキ取りに行ったり色々しないとなんでしょう?遅いと奥さん泣いちゃいますよ?」
「いや、泣きはしないだろうけど――、ありがとう。じゃあ、お先」
先輩が帰って、僕は広いオフィスのフロアにひとりになる。
今日は金曜日。よっぽどの事がなければみんなさっさと帰って行く。
僕は早く帰っても会う人もいないし、実家を出て一人暮らしをしているから弟たちの面倒をみる必要もない。
毎週のように集まっていた二人とも――――。
僕の友人たちはつい先日、場所は居酒屋だったけど『結婚式』を挙げた。
公的に『夫婦』になれたわけじゃないけど、もう何をしたって二人の間に誰も入り込む事なんてできない。
ディスプレイの中の沢山の数字を見ながらふぅと息を吐いた。
*****
僕は自分で自分が嫌になるほど嘘つきだ。
大家族の長男で、仕事が忙しい両親に代わりいつも弟たちの面倒をみていた。熱があって苦しくても元気なフリで弟たちの世話をした。
痛くても辛くても悲しくても、僕はお兄ちゃんだから頑張らなきゃいけない。いい兄として振舞う事で両親に褒められ、弟たちにも頼りにされた。
その事が嬉しくて、いつの間にか僕は『いい兄』でいる事が僕の存在理由だと思ってしまっていた。
そうやって我慢する事を覚え他者の表情を窺う子どもは自分のいびつさに気づく事なく成長し、同い年のみんなより随分と大人びた考え方をするようになっていた。だから対等であるはずの同級生に対してもつい弟たちに接するみたいにしてしまった。それって本当はみんなの事を下に見てるって事――。
そんな僕の事を周りは「助かる」「ありがたい」と言いながら利用した。できないフリをすればいつだって僕が助けてくれる。
僕は別にそれでもよかった。僕は長男でみんなの兄で。長男が頑張るのは当たり前。だから別に――――。
僕も周りのみんなもそう思っていた。
だけど、杉君や和君は違った。兄のように頼りにはしてくれていたけど、利用しようとかそんな事はなくて、いつだって僕たちは対等だった。
だから二人の事が大事で、大事だったはずなのに――僕は嘘をついた。
僕は最初から二人のボタンの掛け違いのようなすれ違いに気づいていた。
杉君が和君の事を好きな事も杉君自身が自覚するよりもっとずっと前から気づいていたし、和君が杉君の事を好きな事もすぐに分かった。僕の事は「神楽坂」で杉君の事は「杉くん」だったから。この違いに杉君が気付かないように「和君、杉君」だなんて僕も呼んだりして。和君は僕の事を本当に信用してくれていて何でも相談してくれていた。
まさか僕が二人の邪魔をしていたなんて思ってもいなかっただろうな……。
本当なら二人のすれ違いがこんなに長くなる事はなかったんだよ。
これは僕の初めての――『我儘』
僕はね……本当は――。
「あ、はい。大丈夫です」
「俺の仕事なのに――本当すまん。今度埋め合わせするから」
そう言って本当に申し訳なさそうに太く凛々しい眉をへにょりと下げるのは同じ会社の先輩だ。
今日は何度目かの結婚記念日で早く帰ると奥さんと約束していたらしい。
終業時間間際、急に入った仕事に泣きそうになっていた先輩に僕から声をかけた。
「はいはい。じゃあ今度奥さんとの馴れ初めでも教えてもらおうかなぁ。僕も恋人欲しいですから参考にしたいです」
ソワソワと落ち着かない様子を見せるが、なかなか帰ろうとしない先輩の背中を押す僕の言葉にぱぁっと顔を輝かせる先輩。
「あ、ああ!そんなんでよければいくらでも!」
先輩は本当に人がいい。フリじゃなくて本当に申し訳ないと思ってくれている。だから余計に僕は『いい兄』のフリをする。まぁ相手は先輩だし、今回は『物分かりのいい長男』かな。
「楽しみにしてます。ほら、早く帰らないと。帰る前にケーキ取りに行ったり色々しないとなんでしょう?遅いと奥さん泣いちゃいますよ?」
「いや、泣きはしないだろうけど――、ありがとう。じゃあ、お先」
先輩が帰って、僕は広いオフィスのフロアにひとりになる。
今日は金曜日。よっぽどの事がなければみんなさっさと帰って行く。
僕は早く帰っても会う人もいないし、実家を出て一人暮らしをしているから弟たちの面倒をみる必要もない。
毎週のように集まっていた二人とも――――。
僕の友人たちはつい先日、場所は居酒屋だったけど『結婚式』を挙げた。
公的に『夫婦』になれたわけじゃないけど、もう何をしたって二人の間に誰も入り込む事なんてできない。
ディスプレイの中の沢山の数字を見ながらふぅと息を吐いた。
*****
僕は自分で自分が嫌になるほど嘘つきだ。
大家族の長男で、仕事が忙しい両親に代わりいつも弟たちの面倒をみていた。熱があって苦しくても元気なフリで弟たちの世話をした。
痛くても辛くても悲しくても、僕はお兄ちゃんだから頑張らなきゃいけない。いい兄として振舞う事で両親に褒められ、弟たちにも頼りにされた。
その事が嬉しくて、いつの間にか僕は『いい兄』でいる事が僕の存在理由だと思ってしまっていた。
そうやって我慢する事を覚え他者の表情を窺う子どもは自分のいびつさに気づく事なく成長し、同い年のみんなより随分と大人びた考え方をするようになっていた。だから対等であるはずの同級生に対してもつい弟たちに接するみたいにしてしまった。それって本当はみんなの事を下に見てるって事――。
そんな僕の事を周りは「助かる」「ありがたい」と言いながら利用した。できないフリをすればいつだって僕が助けてくれる。
僕は別にそれでもよかった。僕は長男でみんなの兄で。長男が頑張るのは当たり前。だから別に――――。
僕も周りのみんなもそう思っていた。
だけど、杉君や和君は違った。兄のように頼りにはしてくれていたけど、利用しようとかそんな事はなくて、いつだって僕たちは対等だった。
だから二人の事が大事で、大事だったはずなのに――僕は嘘をついた。
僕は最初から二人のボタンの掛け違いのようなすれ違いに気づいていた。
杉君が和君の事を好きな事も杉君自身が自覚するよりもっとずっと前から気づいていたし、和君が杉君の事を好きな事もすぐに分かった。僕の事は「神楽坂」で杉君の事は「杉くん」だったから。この違いに杉君が気付かないように「和君、杉君」だなんて僕も呼んだりして。和君は僕の事を本当に信用してくれていて何でも相談してくれていた。
まさか僕が二人の邪魔をしていたなんて思ってもいなかっただろうな……。
本当なら二人のすれ違いがこんなに長くなる事はなかったんだよ。
これは僕の初めての――『我儘』
僕はね……本当は――。
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