おじさんと呼ばれて

ハリネズミ

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 というわけで、俺は外山と付き合う事にした。
 といっても俺の方はフリというか、俺に恋していると勘違いしてるお姫さまを守り本来手を取るべき相手王子さまに無事に受け渡す為の嘘の恋人という認識だ。
 だからキスもしないし、それ以上の事なんて絶対にしない。俺は外山の先輩で防波堤で番犬で、よく言ったとしてもお姫さまを守る騎士どまりだ。
 それにどんなにこっぴどくフラれたって、俺の心はまだ小津さんの事が好きなのだ。


*****

「ねぇ、先輩。――しん……さんって呼んでもいいですか?」

 名前を呼ばれドキリと心臓が跳ねた。『慎』だなんて両親に呼ばれるくらいで、就職を機に家を出てしまってからは滅多に実家に帰る事もないし、連絡もそうは取っていない。だから名前で呼ばれる事なんて最近では殆どなかった事なのだ。
 名前呼びくらいどうという事はないのだろうけど、それは本当の恋人関係にあるかもっと親しい間柄じゃないと変な気がした。
 仲のいい先輩後輩としたらおかしな話でもないのかもしれないけど――、困る。そう思う理由は分からないが、少し困ると思ったのだ。

「ばぁか、会社でそれはない。俺は先輩で、お前は後輩だ。公私は区別しねーとちゃんとした社会人にはなれねーぞ」

「――先輩は……いつもそんな事ばっかり……。ちゃんとしたって何ですか? 僕たちって……本当に付き合ってるんですよね? 会社以外ではあまり会ってくれなくなったし、付き合ってからの方が会う回数が減っちゃうって――――なんなんですか?」

 大きな瞳を涙でいっぱいにして見上げる外山。
 お前がそんな無防備だから……っ。俺は適切な距離を保つ為に会社以外で会うのを控えようとしていた、のに――。

 間違いがあっちゃダメだろう?
 いずれは誰かの元に行かなくちゃいけないんだ。それなのに俺なんかが手を出して、俺との事が真っ白なお前のシミになってしまわないように――。お前が少しの憂もなく誰かの元に行けないのは……今度こそ本当に自分で自分が許せなくなる。

 美少女でもないし美少年……という年齢ではないが、外山の潤んだ瞳は破壊力がエグイ。
 俺は別に外山の事が憎くてこんな事をしているわけではないのだ。なのにこういう風に見つめられたら――。
 無意識に伸ばした手を慌てて引っ込めて、後ろ頭をガシガシと掻いた。

「――勘弁してくれ……」

 ぽそりと口を衝いて出た言葉に、自分でも「しまった!」と思った時にはもう遅くて、外山は大粒の涙を零しながら綺麗に笑った。

 それが本当の意味での微笑みではない事くらいバカな俺にも分かった。
 もう一度手を伸ばそうとして、空を切る。外山が一歩うしろにさがったからだ。

 外山は綺麗な笑顔のまま、

「へへ、すみませんでした。僕先輩の優しさに頼り過ぎちゃってました、よね。明日……明日からちゃんと――ちゃんとしますから、今日は――……っ」

 最後まで言う事はできずに顔をくしゃりと歪ませて、そのまま走り去ってしまった。
 追いかけなきゃと思うのに、追いかけて何を言っていいのか分からなかった。あいつの笑顔を守りたかったはずなのに、俺のした事はまた間違いだったんだろうか。俺はまた大事な人を傷つけてしまったんだろうか――。
 小津さんに言われた「今回の事で大きく成長して――」という言葉を思い出す。
 ――成長……。ちっとも俺は成長できていない。
 自分が本当にどうするべきなのか……分からないのだ。

 ――どうすれば外山の事を守れる……?
 ――俺はどうするべきだった……?
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