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「――もういいよ。それよりずっと連絡をくれていたのに返せなくてごめん」
「あ、えっと……。それより……あの――」
と言いにくそうにする中村。
なんだろう?
こてんと首を傾ける。
中村は「うっ」と口元を押さえて顔を真っ赤にさせていて、僕が返事を返さなかったからまさか心配で眠れなくて、体調でも崩してしまったのだろうか? だとしたら申し訳ない。
熱を測ろうと手を伸ばそうとしたところで、続く中村の言葉に固まる。
「木場から聞いたんすけど……その……小津さんって恋人がいるんすか……?」
「へ?」
僕に恋人なんていた事ないけど? どうしてそういう話に――?
「黒髪の……若いイケメンが迎えに来たって――」
あっと思う。彼の事だ。
「あ、うん……えっと彼は――僕を助けてくれた人……」
「恋人ではないって事っすか?」
探るような視線に居心地の悪さを感じるが、それ以上言いようがない。こくりと頷く。
僕の答えにどこかほっとした様子を見せるが、その理由は分からない。
今日の中村はなんだか少しおかしく感じた。やっぱり体調が悪いのかな? 今日は確か大事な商談があったはず。中村がいなければ始まらない話だから帰る事はできそうにない。
それなら僕ができるだけ中村の負担を減らすようにフォローしよう。
それにはまず――。
「それよりさ、中村は合コン……楽しめた? いい人いた?」
そう軽い調子で訊いてみた。このまま気まずいままではうまくフォローもできないと思ったからだ。
彼についてこれ以上訊かれたくなかったという事もあるし、全部何でもなかった事として流してしまいたかったというのも本当だけれど――。
「――小津さんがいないのに……楽しめないっすよ――」
返ってきた中村の答えにイラっとした。
は? 僕がいないから楽しめなかった?
僕は中村に助けて欲しかったのに、中村は全部無視したじゃないか。
そりゃあ僕が色々嫌な思いをしたのは中村も不本意だったみたいだけど、でも僕に自己紹介するように促したのも中村だったよね?
僕は抑えていた感情が溢れ出しそうになって、思ってもいない事を言ってみた。
「中村は僕の事が好きなの?」
意地悪で言った言葉だった。
なのに中村の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていって――。
――え?
「――す」
「えっと……? 中村?」
「お……俺っ小津さんの事……好きです!あの日、ちょびっと小津さんの事困らせて、それで俺が助けて告白して――って思ってました……」
いつもの口調じゃないよそ行きの口調で語られるあの日のからくり。
ああ……なんて質の悪い……。
あの日の中村の言動のどこに好きがあったのか。
それにアレは僕を追い込む為にわざとだった? わざと僕は傷つけられたの?
時代遅れのナンパじゃあるまいに――暴漢から救うヒーロー気取り?
こうやって面と向かって好きと言われても素直に信じる事なんてできないし、アレがわざとだったと知り中村に対して怒りしかなかった。
あの日の居酒屋での事がフラッシュバックし、胃の辺りがむかむかと気持ち悪い。
「――悪い冗談はやめて欲しい」
「――小津さん……?」
「僕はきみの事嫌いじゃなかったよ。普段のきみの物言いだってそこまで不快に思った事もなかった。むしろ好ましく思っていたよ。だけど、あの日の事がわざとだと言うなら僕はきみを許せない。だいたいきみみたいな若い子が僕の事を好き? あの日若い子たちから向けられた興味本位の視線や悪意を受けて、若いきみが言う言葉を信じられると思うの? 僕はきみが新入社員の時に教えたつもりだったんだけど? 『失った信頼を取り戻すのは大変』だって、それをきみはしてしまったんだよ」
居酒屋での事がなければ、あるいは信じていたかもしれなかったけど、今の僕には無理だった。理不尽に傷つけられた僕の心に中村の想いは届かない。
おじさんだからって何をしてもいいって事にはならないんだ。
「――で、でもっ本当に俺、好きなんですっ。あいつらのやりすぎは謝りますから――っ」
そのどこまでも他人事な物言いに、怒りを通り越して僕の心は冷たく凍っていくようだった。
僕にとってはあの場にいた若者たちと中村は同じなんだ。
追い縋り僕の腕を掴む中村の手をゆっくりと外し、何の感情も乗らない笑顔で言った。
「ごめんね。――きみが今回の事で大きく成長して、いつか素敵な恋ができるように祈っているよ」
「――は……い……」
それきり項垂れて何も言わなくなってしまった中村を置いて、僕は自分のデスクへと向かった。
*****
自分の席に座り冷静になってくると、中村に対して罪悪感が沸き始めた。
いくらカッとなったからといっても、もっと言い方があったのではと思う。
どんな場合でも僕が他人の宝物を壊していいなんて事はなかったのに、それだけはしないと決めていたのに、僕は中村に酷い事をしてしまった――。
中村のキラキラの宝物を本人の目の前で粉々に砕いたんだ。
いくら腹を立てていたとしてもあんまりだ。
失った信頼を取り戻すのが至難の業であるのと同じで、一度口にしてしまった事は無かった事にはならない。
僕もまた中村と同じく未熟で、そして僕の方こそが人の心の分からない愚か者なのかもしれなかった……。
「あ、えっと……。それより……あの――」
と言いにくそうにする中村。
なんだろう?
こてんと首を傾ける。
中村は「うっ」と口元を押さえて顔を真っ赤にさせていて、僕が返事を返さなかったからまさか心配で眠れなくて、体調でも崩してしまったのだろうか? だとしたら申し訳ない。
熱を測ろうと手を伸ばそうとしたところで、続く中村の言葉に固まる。
「木場から聞いたんすけど……その……小津さんって恋人がいるんすか……?」
「へ?」
僕に恋人なんていた事ないけど? どうしてそういう話に――?
「黒髪の……若いイケメンが迎えに来たって――」
あっと思う。彼の事だ。
「あ、うん……えっと彼は――僕を助けてくれた人……」
「恋人ではないって事っすか?」
探るような視線に居心地の悪さを感じるが、それ以上言いようがない。こくりと頷く。
僕の答えにどこかほっとした様子を見せるが、その理由は分からない。
今日の中村はなんだか少しおかしく感じた。やっぱり体調が悪いのかな? 今日は確か大事な商談があったはず。中村がいなければ始まらない話だから帰る事はできそうにない。
それなら僕ができるだけ中村の負担を減らすようにフォローしよう。
それにはまず――。
「それよりさ、中村は合コン……楽しめた? いい人いた?」
そう軽い調子で訊いてみた。このまま気まずいままではうまくフォローもできないと思ったからだ。
彼についてこれ以上訊かれたくなかったという事もあるし、全部何でもなかった事として流してしまいたかったというのも本当だけれど――。
「――小津さんがいないのに……楽しめないっすよ――」
返ってきた中村の答えにイラっとした。
は? 僕がいないから楽しめなかった?
僕は中村に助けて欲しかったのに、中村は全部無視したじゃないか。
そりゃあ僕が色々嫌な思いをしたのは中村も不本意だったみたいだけど、でも僕に自己紹介するように促したのも中村だったよね?
僕は抑えていた感情が溢れ出しそうになって、思ってもいない事を言ってみた。
「中村は僕の事が好きなの?」
意地悪で言った言葉だった。
なのに中村の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていって――。
――え?
「――す」
「えっと……? 中村?」
「お……俺っ小津さんの事……好きです!あの日、ちょびっと小津さんの事困らせて、それで俺が助けて告白して――って思ってました……」
いつもの口調じゃないよそ行きの口調で語られるあの日のからくり。
ああ……なんて質の悪い……。
あの日の中村の言動のどこに好きがあったのか。
それにアレは僕を追い込む為にわざとだった? わざと僕は傷つけられたの?
時代遅れのナンパじゃあるまいに――暴漢から救うヒーロー気取り?
こうやって面と向かって好きと言われても素直に信じる事なんてできないし、アレがわざとだったと知り中村に対して怒りしかなかった。
あの日の居酒屋での事がフラッシュバックし、胃の辺りがむかむかと気持ち悪い。
「――悪い冗談はやめて欲しい」
「――小津さん……?」
「僕はきみの事嫌いじゃなかったよ。普段のきみの物言いだってそこまで不快に思った事もなかった。むしろ好ましく思っていたよ。だけど、あの日の事がわざとだと言うなら僕はきみを許せない。だいたいきみみたいな若い子が僕の事を好き? あの日若い子たちから向けられた興味本位の視線や悪意を受けて、若いきみが言う言葉を信じられると思うの? 僕はきみが新入社員の時に教えたつもりだったんだけど? 『失った信頼を取り戻すのは大変』だって、それをきみはしてしまったんだよ」
居酒屋での事がなければ、あるいは信じていたかもしれなかったけど、今の僕には無理だった。理不尽に傷つけられた僕の心に中村の想いは届かない。
おじさんだからって何をしてもいいって事にはならないんだ。
「――で、でもっ本当に俺、好きなんですっ。あいつらのやりすぎは謝りますから――っ」
そのどこまでも他人事な物言いに、怒りを通り越して僕の心は冷たく凍っていくようだった。
僕にとってはあの場にいた若者たちと中村は同じなんだ。
追い縋り僕の腕を掴む中村の手をゆっくりと外し、何の感情も乗らない笑顔で言った。
「ごめんね。――きみが今回の事で大きく成長して、いつか素敵な恋ができるように祈っているよ」
「――は……い……」
それきり項垂れて何も言わなくなってしまった中村を置いて、僕は自分のデスクへと向かった。
*****
自分の席に座り冷静になってくると、中村に対して罪悪感が沸き始めた。
いくらカッとなったからといっても、もっと言い方があったのではと思う。
どんな場合でも僕が他人の宝物を壊していいなんて事はなかったのに、それだけはしないと決めていたのに、僕は中村に酷い事をしてしまった――。
中村のキラキラの宝物を本人の目の前で粉々に砕いたんだ。
いくら腹を立てていたとしてもあんまりだ。
失った信頼を取り戻すのが至難の業であるのと同じで、一度口にしてしまった事は無かった事にはならない。
僕もまた中村と同じく未熟で、そして僕の方こそが人の心の分からない愚か者なのかもしれなかった……。
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