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「小津さーん、今日これからちょっとした飲み会があるんすけど、人数が足らないみたいで参加してくれませんかー? 小津さん暇っすよね?」
中村は僕の仕事が終わるのを待ったようにして声をかけてきた。
決めつけるような言い方に少しだけムっとするが、今日は金曜日。中村は折角の週末にひとりで過ごすだろう僕の事を可哀そうに思って誘ってくれたのだろう。そう思うと無下に断る事はできなかった。
「僕なんかが――いいのかな?」
「いいっす、いいっす。人数合わせなんで気楽にいきまっしょ。んじゃあツレに行けるって連絡しまーす」
すっすとスマホの画面を滑らせる指を見ながら、飲み会なんて随分久しぶりだなぁなんて、その時の僕は呑気にそんな事を考えていた。
*****
中村のツレへの連絡の後、連れて行かれたのはこじゃれた居酒屋だった。
それなりに人数がいるのか座敷を押さえているらしい。もうすでに集まっていて襖の向こうはガヤガヤと煩い。邪魔にならないようにそっと襖を開けて、僕に集中する視線に「失敗した」と思った。
普通に考えて若い中村のツレだというなら若者ばかりだと気づかなくちゃいけなかった。
「あの……中村、やっぱり僕は――」
「さぁさ、こっちですって」
中村は帰ろうとする僕の腕を掴み、そのままぐいぐいと引っ張っていき抜け出せないような奥に座らせた。
これですぐに帰る事はできなくなってしまった。
恨み言のひとつでも言ってやりたくなるが、これも若者のノリというやつなら中村に悪気はない。そしてこれは中村の気遣いなのだから少々の事は我慢しなくては、とこっそり溜め息を吐いた。
それに幸いな事にここは隅っこだ。
隅っこで大人しくして、しばらくしたらトイレに立つフリをして帰ればいい。
多めにお金を置いて行けば問題ないだろう。
僕の左側に中村が座り何やらせっせと注文したり、他の人と軽口をたたいたりしていた。
中村の楽しそうな様子に、まぁ来てよかったかなと思った。
人が楽しそうにする姿を見るのは好きだ。少しだけ僕の沈んだ気持ちを浮上させた。
「小津さんの番っす」
「へ?」
中村の声にぼんやりとしていた意識がクリアになり、その場に居た全員が僕の事を見ている事に気づいた。
訳が分からなくて何度も瞬く。
「訊いてなかったんすか? 今自己紹介してたとこっすよー。そんで小津さんの番だから、名前と年齢と――趣味とかっすかね?」
「な……んで?」
なんでただの飲み会に自己紹介なんているんだ? 僕は人数合わせで中村について来ただけだ。
これじゃあまるでコン……パ。
「そりゃ合コンっすから。自己紹介するの普通っしょ」
合コン?? 聞いてない聞いてない! 周りは20代だろう若者ばかり。いくらなんでも40過ぎの僕がその中に入れるわけがないじゃないか。
なんでこんな……もしかして……中村は僕の事が嫌い――?
だからこんな場違いな場所に僕を連れてきた?
「ほら、何してるんすか。早く早く」
僕の動揺なんてお構いなしに早く自己紹介するよう促す中村。
改めて周りを見回してみると、鋭くどこか値踏みでもするような視線で。
見られているだけだというのにぞわぞわとした気持ち悪さが胃の辺りから込み上げてきた。
僕と彼らの間には溝がある。年齢という名の大きな溝だ。溝に隔たれたあちら側とこちら側。僕ひとりだけがこちら側にいる。キラキラの世界に生きる彼らの瞳には僕はどんなにかみすぼらしく映っている事だろうか――。
僕はこれまでこんな悪意とも言えるような視線を向けられる事はなかった。
人生の先輩と後輩というお互いの立場を理解して、お互いの領域を犯すような事はしなかったからだ。だけど今日のこれは僕が彼らの領域に土足で入って来たと取られてもおかしくはない。
彼らが怖い。今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
それでも僕はちゃんとした大人として、逃げたりせずに敵ではないと示さねばならない。
覚悟を決めて無理矢理口角を上げる。
「小津美咲です。年齢は42歳。趣味は……読書、かな? よろしく」
何をよろしくするのか知らないが、とりあえずこんなとこだろうと必要最低限の事だけを伝えた。彼らの空気も少しだけ緩んだように思えた。
そして予想通りだけど、マウンティングが始まった。
僕が年齢を告げるとざわつき始めた。「え? 42?」「おじさんじゃなくておずさん? え? どっち?」そしてざわざわが次第にくすくすという笑い声に変わり、覚悟していた事とはいえ僕はいたたまれない気持ちになる。
緊張でからからになった喉を潤すようにビールを一気に煽った。
中村は僕の仕事が終わるのを待ったようにして声をかけてきた。
決めつけるような言い方に少しだけムっとするが、今日は金曜日。中村は折角の週末にひとりで過ごすだろう僕の事を可哀そうに思って誘ってくれたのだろう。そう思うと無下に断る事はできなかった。
「僕なんかが――いいのかな?」
「いいっす、いいっす。人数合わせなんで気楽にいきまっしょ。んじゃあツレに行けるって連絡しまーす」
すっすとスマホの画面を滑らせる指を見ながら、飲み会なんて随分久しぶりだなぁなんて、その時の僕は呑気にそんな事を考えていた。
*****
中村のツレへの連絡の後、連れて行かれたのはこじゃれた居酒屋だった。
それなりに人数がいるのか座敷を押さえているらしい。もうすでに集まっていて襖の向こうはガヤガヤと煩い。邪魔にならないようにそっと襖を開けて、僕に集中する視線に「失敗した」と思った。
普通に考えて若い中村のツレだというなら若者ばかりだと気づかなくちゃいけなかった。
「あの……中村、やっぱり僕は――」
「さぁさ、こっちですって」
中村は帰ろうとする僕の腕を掴み、そのままぐいぐいと引っ張っていき抜け出せないような奥に座らせた。
これですぐに帰る事はできなくなってしまった。
恨み言のひとつでも言ってやりたくなるが、これも若者のノリというやつなら中村に悪気はない。そしてこれは中村の気遣いなのだから少々の事は我慢しなくては、とこっそり溜め息を吐いた。
それに幸いな事にここは隅っこだ。
隅っこで大人しくして、しばらくしたらトイレに立つフリをして帰ればいい。
多めにお金を置いて行けば問題ないだろう。
僕の左側に中村が座り何やらせっせと注文したり、他の人と軽口をたたいたりしていた。
中村の楽しそうな様子に、まぁ来てよかったかなと思った。
人が楽しそうにする姿を見るのは好きだ。少しだけ僕の沈んだ気持ちを浮上させた。
「小津さんの番っす」
「へ?」
中村の声にぼんやりとしていた意識がクリアになり、その場に居た全員が僕の事を見ている事に気づいた。
訳が分からなくて何度も瞬く。
「訊いてなかったんすか? 今自己紹介してたとこっすよー。そんで小津さんの番だから、名前と年齢と――趣味とかっすかね?」
「な……んで?」
なんでただの飲み会に自己紹介なんているんだ? 僕は人数合わせで中村について来ただけだ。
これじゃあまるでコン……パ。
「そりゃ合コンっすから。自己紹介するの普通っしょ」
合コン?? 聞いてない聞いてない! 周りは20代だろう若者ばかり。いくらなんでも40過ぎの僕がその中に入れるわけがないじゃないか。
なんでこんな……もしかして……中村は僕の事が嫌い――?
だからこんな場違いな場所に僕を連れてきた?
「ほら、何してるんすか。早く早く」
僕の動揺なんてお構いなしに早く自己紹介するよう促す中村。
改めて周りを見回してみると、鋭くどこか値踏みでもするような視線で。
見られているだけだというのにぞわぞわとした気持ち悪さが胃の辺りから込み上げてきた。
僕と彼らの間には溝がある。年齢という名の大きな溝だ。溝に隔たれたあちら側とこちら側。僕ひとりだけがこちら側にいる。キラキラの世界に生きる彼らの瞳には僕はどんなにかみすぼらしく映っている事だろうか――。
僕はこれまでこんな悪意とも言えるような視線を向けられる事はなかった。
人生の先輩と後輩というお互いの立場を理解して、お互いの領域を犯すような事はしなかったからだ。だけど今日のこれは僕が彼らの領域に土足で入って来たと取られてもおかしくはない。
彼らが怖い。今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
それでも僕はちゃんとした大人として、逃げたりせずに敵ではないと示さねばならない。
覚悟を決めて無理矢理口角を上げる。
「小津美咲です。年齢は42歳。趣味は……読書、かな? よろしく」
何をよろしくするのか知らないが、とりあえずこんなとこだろうと必要最低限の事だけを伝えた。彼らの空気も少しだけ緩んだように思えた。
そして予想通りだけど、マウンティングが始まった。
僕が年齢を告げるとざわつき始めた。「え? 42?」「おじさんじゃなくておずさん? え? どっち?」そしてざわざわが次第にくすくすという笑い声に変わり、覚悟していた事とはいえ僕はいたたまれない気持ちになる。
緊張でからからになった喉を潤すようにビールを一気に煽った。
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