おじさんと呼ばれて

ハリネズミ

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1 いつか王子さまが ①

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 僕がまだ若かった頃、僕の周りには色づく友人たちが沢山いた。
 そんな友人たちを見ながら、ああいつか僕にも白馬に乗った王子さまが……なんて事を思っていた。

 僕の性嗜好は同性で、男にしか心惹かれない。
 世間的には未だに同性愛に対して偏見もあるし、異性愛者に比べてカップルの絶対数が致命的に少ない事は知っていた。
 だからといって僕は自分の恋を諦めたりはしていなかった。
 なぜかというと、僕の周りにはそりゃあ男女のカップルの方が多かったけど、同性カップルもそれなりにいたからだ。

 僕は昔からなぜかよく恋愛相談を受けていたので、僕にとって恋はとても身近な物だった。自分は恋した事なんてないけれど、そのキラキラと輝く想いの存在は知っていた。だってずっと見てきたから。友人たちのキラキラの想い。

 友人の話を聞いて僕も真剣に悩んだし、できるだけ友人の恋が実るように尽力した。それでもその全てがうまくいったわけじゃない。
 うまくいけば喜び、ダメな時は一緒になって泣いた。自分の物ではなくてもその想いは宝物だと知っていたから僕は蔑ろにはしたくなかった。だからたとえ他人の宝物想いであっても大切にしたかったんだ。
 それにそれはいつかの僕の宝物だって思ったから。僕の宝物を誰にも無下には扱って欲しくなかった。だから僕も大切にしたんだ。
 どんなに小さくてもどんな形をしていたって、それはみんな等しく大切な誰かの『宝物』

 世の中にはこんなにも恋に愛に溢れている。
 だからね、僕は勘違いしてしまったんだ。
 キラキラした恋や愛が身近に溢れすぎていて、僕にも――だなんて。
 僕はどこにでもいるような平凡な男で、どこもキラキラとなんかしていない。だから好意を持たれる事もなく、恋とも愛ともつかないような想いを抱く事はあったけれど、誰かとその想いを分かち合えた事は一度もなかった。

 中学、高校大学と他人の恋の応援をして、わくわくしながら王子さまを待っていた。
 だけど白馬に乗った王子さまは馬から降りる事はなくて、お姫さまと一緒に僕の隣りを通り過ぎて行くだけだった。
 そして社会人になって――今や40過ぎの『おじさん』と呼ばれる年齢になってしまった。
 街中で見かけるどんなカップルもひとりぼっちの僕には眩しくて、俯く事しかできなくなっていた。
 だけど妬んだりはしない。
 妬んだり恨んだりしても何も始まらないって知っていたから。
 僕は何も知らない子どもではないのだから。

 溜め息を吐き、長時間のデスクワークで凝り固まってしまった肩をほぐすようにコキコキと首を傾け回した。
 そして「ついでっす」といつものひと言と共に手渡された温かいお茶を飲み、「ほわぁあ」と疲れた声を漏らす。

小津おずさん、おじさんくさいっすー。あれっすか? どっこらしょとか言っちゃう系すか?」

 と隣の席に座る20代の若い後輩に揶揄うように言われた。今さっきお茶を持って来てくれたのもこの男だ。
 名前を中村 慎なかむら しんといって、他ではきちんとした言葉遣いができるのに僕に対してだけはこんな風だ。
 やんわりと注意をしても「またまたー」なんて言って相手にしてくれない。
 若い子の考える事は分からない。
 まぁ僕としても他所ではちゃんとやっているのだから、少しのひっかかりは覚えるもののまぁいいかと思う。それにもしかしたら中村が入社当時、色々と面倒をみた事で距離が近く、僕に対して気を許してくれているからなのかもしれないし。だとしたら悪い気はしない。
 そんなわけで口調に関してはいつもの事だし、内容も本当の事だから目くじらを立てる程の事でもない。

「はは。よく分かったね。つい言っちゃうかなー。実際おじさんだからしょうがないよ。許してよー」

 と僕は力なく笑った。中村もどこか満足気に笑っていた。

 そんな毎日。
 こんなくたびれたおじさんに王子さまが……?
 自分でもあり得ない話だとは思う。
 それでも僕は待たずにはいられないんだ。
 僕だけの王子さまを。

 王子さまの相手は若くてきれいなお姫さまだと知っていたとしても。


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