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番外編
9 あなたの幸せを願っています① @杉本 喜久乃
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10年前、当時のオレはまだ14歳で分かったばかりの二次性判定の結果に落胆していた。
オレの二次性は『Ω』だった。Ω性への差別は最近では少なくなったとは言え完全になくなったわけではない。Ωは他の二次性から食い物にされる事もしばしばで、人前で突然ヒートになりでもしたらどんな目に合うか分かったもんじゃなかった。嬲られ、尊厳を踏みにじられる。中にはそれを利用しようとするΩもいると訊くけど、それだって弱さ故の足掻きに思えた。
オレはそんな弱者になりたくはなかった。
検査結果報告書を握りしめこんなのは間違いであって欲しいと、あてもなくふらついていた。そんな時、彼に出会ったのだ。正確には彼の傍にいたΩらしき人が彼とは違う人の元へ行き、彼がその場に崩れ落ちるところを見たのだ。それは一瞬の出来事のようでいて、とてつもなく長い物語のようにも見えた。オレはそんな物語の登場人物たちを見ているだけの傍観者だ。
彼は酷く傷ついた顔をしていた。この世の終わりのような顔で去って行った人の背中を見つめ、声もなく涙を流していた。
オレはその人がαだと直感的にすぐに分かった。頂点に位置するはずのαが誰よりも弱く見えて、オレは何故だかその人の事を守りたいと思った。ただの通りすがりでもいいからあの場に行って、あの人を守りたいって――。
底辺であるΩが頂点であるαを守る。他の人が訊いたらバカにされそうな話だ。
これが『運命』? ううん違う。これは『運命』なんて大袈裟なものじゃない。あの人がαだとかオレがΩだとか、オレがただのその辺の石ころだったとしても関係ない。オレがあの人の事を守りたいと強く感じた。それだけだ。
オレはあの人の傷にはきっと時間が必要なんだと思い、「これは夢だよ」ってあの人を抱きしめて繰り返し囁いたんだ。夢から覚めた時、この傷が少しでも癒えていますようにと願いを込めて。
あの人を抱きしめながら、自分がΩである事を悲観して怯え震えていた心は自然と落ち着きを取り戻していた。
*****
それからオレは何度もあの場所であの人を探した。あれ以来一度も会う事は叶わなかったけど、あの人への気持ちが緩やかに『愛』に変わっていくのを感じていた。
そうして中学を卒業し高校に入り、高校を卒業し大学生になった。幸いオレはヒートサイクルは安定していたし、抑制剤のおかげで忘れずに飲んでさえいればβと変わらない生活を送る事ができていた。オレはそんな感じだけど、あの人はどうしているだろうか?
少しでもあの人と縁がありそうな、あの人と初めて出会ったあの場所のすぐ傍にある花屋でバイトを始めた。
あの日あの人の傍に投げ捨てられた薔薇の花束が印象的だった。捨てられても尚美しく存在した薔薇に勇気を貰えた気がしたのだ。Ωである自分。何が起ころうともオレはオレで変わらない。そう思えて、花屋でバイトをする事にしたのだ。
それに、あんな事があってはあの人が花に対して悪感情を抱いていてもおかしくはないけど、本来花はオレたちを癒してくれる存在なはずだ。だからできる事ならあの人にも花を嫌いになって欲しくはない。もしも花屋で会えたなら花の持つ優しさや慈しみを知って貰って、まだ傷ついたままなら花に少しでも癒されて本来の自分を取り戻して欲しいとも思っていた。オレがΩである事を受け入れ、オレがオレである事に誇りを持てたように――。
そうしてバイトを始めて大学を卒業してそのままこの花屋に就職して2年が過ぎる頃、あの人に再会した。
オレがあの人に最初に出会ってから10年が過ぎていた。
オレの二次性は『Ω』だった。Ω性への差別は最近では少なくなったとは言え完全になくなったわけではない。Ωは他の二次性から食い物にされる事もしばしばで、人前で突然ヒートになりでもしたらどんな目に合うか分かったもんじゃなかった。嬲られ、尊厳を踏みにじられる。中にはそれを利用しようとするΩもいると訊くけど、それだって弱さ故の足掻きに思えた。
オレはそんな弱者になりたくはなかった。
検査結果報告書を握りしめこんなのは間違いであって欲しいと、あてもなくふらついていた。そんな時、彼に出会ったのだ。正確には彼の傍にいたΩらしき人が彼とは違う人の元へ行き、彼がその場に崩れ落ちるところを見たのだ。それは一瞬の出来事のようでいて、とてつもなく長い物語のようにも見えた。オレはそんな物語の登場人物たちを見ているだけの傍観者だ。
彼は酷く傷ついた顔をしていた。この世の終わりのような顔で去って行った人の背中を見つめ、声もなく涙を流していた。
オレはその人がαだと直感的にすぐに分かった。頂点に位置するはずのαが誰よりも弱く見えて、オレは何故だかその人の事を守りたいと思った。ただの通りすがりでもいいからあの場に行って、あの人を守りたいって――。
底辺であるΩが頂点であるαを守る。他の人が訊いたらバカにされそうな話だ。
これが『運命』? ううん違う。これは『運命』なんて大袈裟なものじゃない。あの人がαだとかオレがΩだとか、オレがただのその辺の石ころだったとしても関係ない。オレがあの人の事を守りたいと強く感じた。それだけだ。
オレはあの人の傷にはきっと時間が必要なんだと思い、「これは夢だよ」ってあの人を抱きしめて繰り返し囁いたんだ。夢から覚めた時、この傷が少しでも癒えていますようにと願いを込めて。
あの人を抱きしめながら、自分がΩである事を悲観して怯え震えていた心は自然と落ち着きを取り戻していた。
*****
それからオレは何度もあの場所であの人を探した。あれ以来一度も会う事は叶わなかったけど、あの人への気持ちが緩やかに『愛』に変わっていくのを感じていた。
そうして中学を卒業し高校に入り、高校を卒業し大学生になった。幸いオレはヒートサイクルは安定していたし、抑制剤のおかげで忘れずに飲んでさえいればβと変わらない生活を送る事ができていた。オレはそんな感じだけど、あの人はどうしているだろうか?
少しでもあの人と縁がありそうな、あの人と初めて出会ったあの場所のすぐ傍にある花屋でバイトを始めた。
あの日あの人の傍に投げ捨てられた薔薇の花束が印象的だった。捨てられても尚美しく存在した薔薇に勇気を貰えた気がしたのだ。Ωである自分。何が起ころうともオレはオレで変わらない。そう思えて、花屋でバイトをする事にしたのだ。
それに、あんな事があってはあの人が花に対して悪感情を抱いていてもおかしくはないけど、本来花はオレたちを癒してくれる存在なはずだ。だからできる事ならあの人にも花を嫌いになって欲しくはない。もしも花屋で会えたなら花の持つ優しさや慈しみを知って貰って、まだ傷ついたままなら花に少しでも癒されて本来の自分を取り戻して欲しいとも思っていた。オレがΩである事を受け入れ、オレがオレである事に誇りを持てたように――。
そうしてバイトを始めて大学を卒業してそのままこの花屋に就職して2年が過ぎる頃、あの人に再会した。
オレがあの人に最初に出会ってから10年が過ぎていた。
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