81 / 87
番外編
8 むせ返るような花の香り、きみの匂い
しおりを挟む
「なん……で……?」
信じられない事が起こっているみたいに杉本くんの声が震え、唇が戦慄く。
俺からの愛を少しも期待していなかったみたいに。俺が『運命』とうまくいく事が俺の幸せで、『運命』に勝てるのだと信じているみたいに。
俺がαだから? だから『運命』と出会ったなら他に愛する人がいても『運命』と番う事が『運命』に勝つ事だと言うのか、アイツみたいに――。
確かに少し前の俺もそう考えていた。『運命』に負け続けた俺は敗者で、幸せにはなれない。もしも次に俺の『運命』に出会ったとして、『運命』と番わないという事は完全なる敗北を意味した。だから「勝たせてあげる」なんて事を言って、俺を『運命』の元へ笑顔で送り出すつもりなのだろう。実際世間ではそう見るのが普通だし、それほどまでに『運命』は甘美で、魂が求めてやまない至高の宝玉なのだ。そんな宝を自ら手放すバカはいない。
だけど今の俺にはそうじゃないって思えるんだ。きみと出会ってしまったから。俺は『敗者』でも『馬鹿者』でもいいんだよ。ただきみといる幸せを諦めたくはないんだ。
「俺は……杉本くんの事が好きだよ。『運命』に嫌われてるって言ったけど、詳しく話すと――俺には以前番がいたんだ。その番に『運命』が現れて、俺の元をあっさり去って行ったよ。俺と番いながらも『運命』を求めて待っていたらしいんだ。愛して守ってきたはずなのに、ずっとアイツの事を苦しめていたのが自分だったんだって分かって自分の事が許せなかった。『運命』にはどうあったって勝てやしない、と敗北感も感じていた。だけど及川さんと話してそれは違うんだって思えたんだ。友人が、覚悟もなく俺と番になった元パートナーが悪いってバッサリ。それはもう見事にバッサリだよ。すごいよな。俺がずっと悩んで自分を責めてきた事はまるで意味がなかった。でもすっきりしたんだ。俺はもうアイツの夫でも番でもない。やっとアイツへの心配でも懺悔でもなく、ただの友人として幸せを願う事ができたんだ。そして自分の幸せも――。俺は覚悟を持ってきみと付き合いたい。そして将来きみが受けてくれるなら――きみと結婚したい。もし俺の前に『運命』が現れてもきみを選ぶ。俺がきみを選ぶ事で『運命』に負けたとは思わないし、もしそれが負けで、負け続けたとしてもきみを手放す事なんて考えられないんだ」
ぴくりと揺れる俺の腕の中の杉本くんの身体。
「だけどオレ――、あなたを傷つけると思って嘘を――」
「嘘?」
そう問い返した途端、ぶわりぶわりとむせ返るような花の香りが辺りに広がった。
――デイジー……。
「――え?」
似ているけど少しだけ違うこの香りは――。これはΩのヒートだ。香りの元は俺の腕の中――。
「杉本……く……ん?」
「ごめ……なさ……いっオレ、オレ……っ」
杉本くんがΩ――――?
――どうして嘘を? 俺を傷つけるって……何で?
考えたくはないけどアイツみたいに――何か――。
心がざらりとして闇に引きずられそうになるが、ぐっと思いとどまる。
俺は覚悟を決めたはずだ。今大事なのは彼を疑う事ではなくて、信じる事だ。そして疑問や不安に思ったなら訊けばいい。
だけど今は彼を早く安全な場所へ連れて行かなくては――。
はっはっと短く息をして苦しそうにしている杉本くんを抱き上げて俺の自宅に連れて行く事にした。
何の用意もなくヒート中のΩを連れ歩くわけにはいかないし、タクシーだってΩ専用車をすぐに捕まえられるか分からなかった。幸いここから俺の自宅へは徒歩で10分くらいの所にあり、走れば本格的にヒートに突入するのに間に合うだろう。
段々濃くなっていく匂いに焦りを感じながらも杉本くんを抱えて必死に走った。
信じられない事が起こっているみたいに杉本くんの声が震え、唇が戦慄く。
俺からの愛を少しも期待していなかったみたいに。俺が『運命』とうまくいく事が俺の幸せで、『運命』に勝てるのだと信じているみたいに。
俺がαだから? だから『運命』と出会ったなら他に愛する人がいても『運命』と番う事が『運命』に勝つ事だと言うのか、アイツみたいに――。
確かに少し前の俺もそう考えていた。『運命』に負け続けた俺は敗者で、幸せにはなれない。もしも次に俺の『運命』に出会ったとして、『運命』と番わないという事は完全なる敗北を意味した。だから「勝たせてあげる」なんて事を言って、俺を『運命』の元へ笑顔で送り出すつもりなのだろう。実際世間ではそう見るのが普通だし、それほどまでに『運命』は甘美で、魂が求めてやまない至高の宝玉なのだ。そんな宝を自ら手放すバカはいない。
だけど今の俺にはそうじゃないって思えるんだ。きみと出会ってしまったから。俺は『敗者』でも『馬鹿者』でもいいんだよ。ただきみといる幸せを諦めたくはないんだ。
「俺は……杉本くんの事が好きだよ。『運命』に嫌われてるって言ったけど、詳しく話すと――俺には以前番がいたんだ。その番に『運命』が現れて、俺の元をあっさり去って行ったよ。俺と番いながらも『運命』を求めて待っていたらしいんだ。愛して守ってきたはずなのに、ずっとアイツの事を苦しめていたのが自分だったんだって分かって自分の事が許せなかった。『運命』にはどうあったって勝てやしない、と敗北感も感じていた。だけど及川さんと話してそれは違うんだって思えたんだ。友人が、覚悟もなく俺と番になった元パートナーが悪いってバッサリ。それはもう見事にバッサリだよ。すごいよな。俺がずっと悩んで自分を責めてきた事はまるで意味がなかった。でもすっきりしたんだ。俺はもうアイツの夫でも番でもない。やっとアイツへの心配でも懺悔でもなく、ただの友人として幸せを願う事ができたんだ。そして自分の幸せも――。俺は覚悟を持ってきみと付き合いたい。そして将来きみが受けてくれるなら――きみと結婚したい。もし俺の前に『運命』が現れてもきみを選ぶ。俺がきみを選ぶ事で『運命』に負けたとは思わないし、もしそれが負けで、負け続けたとしてもきみを手放す事なんて考えられないんだ」
ぴくりと揺れる俺の腕の中の杉本くんの身体。
「だけどオレ――、あなたを傷つけると思って嘘を――」
「嘘?」
そう問い返した途端、ぶわりぶわりとむせ返るような花の香りが辺りに広がった。
――デイジー……。
「――え?」
似ているけど少しだけ違うこの香りは――。これはΩのヒートだ。香りの元は俺の腕の中――。
「杉本……く……ん?」
「ごめ……なさ……いっオレ、オレ……っ」
杉本くんがΩ――――?
――どうして嘘を? 俺を傷つけるって……何で?
考えたくはないけどアイツみたいに――何か――。
心がざらりとして闇に引きずられそうになるが、ぐっと思いとどまる。
俺は覚悟を決めたはずだ。今大事なのは彼を疑う事ではなくて、信じる事だ。そして疑問や不安に思ったなら訊けばいい。
だけど今は彼を早く安全な場所へ連れて行かなくては――。
はっはっと短く息をして苦しそうにしている杉本くんを抱き上げて俺の自宅に連れて行く事にした。
何の用意もなくヒート中のΩを連れ歩くわけにはいかないし、タクシーだってΩ専用車をすぐに捕まえられるか分からなかった。幸いここから俺の自宅へは徒歩で10分くらいの所にあり、走れば本格的にヒートに突入するのに間に合うだろう。
段々濃くなっていく匂いに焦りを感じながらも杉本くんを抱えて必死に走った。
0
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説


好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

金色の恋と愛とが降ってくる
鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。
引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で
オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。
二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に
転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。
初のアルファの後輩は初日に遅刻。
やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。
転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。
オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。
途中主人公がちょっと不憫です。
性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。


たしかなこと
大波小波
BL
白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。
ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。
彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。
そんな彼が言うことには。
「すでに私たちは、恋人同士なのだから」
僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる