俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ

文字の大きさ
上 下
72 / 87
番外編

2 突然の喪失①

しおりを挟む
 俺たちの目の前に現れた男はぱっと見、特に秀でた所もないような凡庸な男に見えた。


*****

 その日は俺たちの結婚記念日で、一緒に出掛けてケーキを買って少し大きめの花束を買った。アイツはいつになく子どもみたいにはしゃいで持っていた薔薇の花の香りを楽しんでいた。俺はそれをすぐ傍で見ていた……はずなのに――突然すんすん、すんすんと別の何かを嗅ぎ取って、小さく呟いた……。

「――スズラン……」

 そうアイツが呟いて振り向いた先に男がいたのだ。
 男とアイツ以外の世界が止まったような気がした。当然俺も――。
 本能的に『ヤバイ』と感じていたが動けなかった。
 男はただ黙ってアイツの事を見ていた。アイツも俺なんかその場にいないかのように男の事を見つめていた。そして男が両手を広げて……アイツが――。
 嬉しそうに匂いを嗅いでいた花束を投げ捨て男の元へ走って行くアイツ。俺は焦って手を伸ばしたが、アイツは俺の手をすり抜けていった。
 何度もなんども抱きしめてきたこの手を――――。

 何が起こっているのか分からなかった。
 俺とアイツはれっきとした番で、愛し合っていて結婚までしていて――。
 今日は俺たちの8回目の結婚記念日で――――。

 なのに香るはずのないフェロモン香りを嗅ぎ取り、男を求めた。

 ――『運命』そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 運命の相手はたとえ既に他の誰かと番になっていたとしてもお互いのフェロモンを嗅ぎ取る事ができ、惹かれ合うのだと言う。そして運命の相手であれば項を噛む事で上書きが可能なのだ……。


 アイツが男の元へ駆けていく時の表情は俺が一度も見た事がないものだった。本当に幸せそうで――、きっともうあんな風に泣く事はないのだろう。

 ああそうか。アイツが泣いていた理由はこれか。全てが腑に落ちて、やっとアイツが泣いていた理由が分かって嬉しいはずなのにちっとも笑えない。
 何があっても俺がアイツを守るんだと思っていた。だけどこんなの――。

 さっきまで感じていたアイツの温もりが消えていく。ほんの数分前まで感じていたものなのに最初からなかったみたいに今はひどく冷たい。
 アイツも俺なんて最初からいなかったみたいに一度も振り向く事なく行ってしまった。
 アイツの背中を見送りながら俺は、幽霊にでもなったような気がしていた――。

 その日のうちに俺とアイツの繋がりが切れたのを感じた。あの男と番ったのだろう……。そして後日、記入済みの離婚届と指輪が送られてきて、一方的に俺は捨てられてしまった。


 俺はアイツにとって夫でも番でもなくなってしまった。あの男はアイツの運命で夫で番で――――俺の全ては奪われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

激重感情の矢印は俺

NANiMO
BL
幼馴染みに好きな人がいると聞いて10年。 まさかその相手が自分だなんて思うはずなく。 ___ 短編BL練習作品

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

たしかなこと

大波小波
BL
 白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。  ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。  彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。  そんな彼が言うことには。 「すでに私たちは、恋人同士なのだから」  僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

処理中です...