俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ

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番外編

2 突然の喪失①

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 俺たちの目の前に現れた男はぱっと見、特に秀でた所もないような凡庸な男に見えた。


*****

 その日は俺たちの結婚記念日で、一緒に出掛けてケーキを買って少し大きめの花束を買った。アイツはいつになく子どもみたいにはしゃいで持っていた薔薇の花の香りを楽しんでいた。俺はそれをすぐ傍で見ていた……はずなのに――突然すんすん、すんすんと別の何かを嗅ぎ取って、小さく呟いた……。

「――スズラン……」

 そうアイツが呟いて振り向いた先に男がいたのだ。
 男とアイツ以外の世界が止まったような気がした。当然俺も――。
 本能的に『ヤバイ』と感じていたが動けなかった。
 男はただ黙ってアイツの事を見ていた。アイツも俺なんかその場にいないかのように男の事を見つめていた。そして男が両手を広げて……アイツが――。
 嬉しそうに匂いを嗅いでいた花束を投げ捨て男の元へ走って行くアイツ。俺は焦って手を伸ばしたが、アイツは俺の手をすり抜けていった。
 何度もなんども抱きしめてきたこの手を――――。

 何が起こっているのか分からなかった。
 俺とアイツはれっきとした番で、愛し合っていて結婚までしていて――。
 今日は俺たちの8回目の結婚記念日で――――。

 なのに香るはずのないフェロモン香りを嗅ぎ取り、男を求めた。

 ――『運命』そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 運命の相手はたとえ既に他の誰かと番になっていたとしてもお互いのフェロモンを嗅ぎ取る事ができ、惹かれ合うのだと言う。そして運命の相手であれば項を噛む事で上書きが可能なのだ……。


 アイツが男の元へ駆けていく時の表情は俺が一度も見た事がないものだった。本当に幸せそうで――、きっともうあんな風に泣く事はないのだろう。

 ああそうか。アイツが泣いていた理由はこれか。全てが腑に落ちて、やっとアイツが泣いていた理由が分かって嬉しいはずなのにちっとも笑えない。
 何があっても俺がアイツを守るんだと思っていた。だけどこんなの――。

 さっきまで感じていたアイツの温もりが消えていく。ほんの数分前まで感じていたものなのに最初からなかったみたいに今はひどく冷たい。
 アイツも俺なんて最初からいなかったみたいに一度も振り向く事なく行ってしまった。
 アイツの背中を見送りながら俺は、幽霊にでもなったような気がしていた――。

 その日のうちに俺とアイツの繋がりが切れたのを感じた。あの男と番ったのだろう……。そして後日、記入済みの離婚届と指輪が送られてきて、一方的に俺は捨てられてしまった。


 俺はアイツにとって夫でも番でもなくなってしまった。あの男はアイツの運命で夫で番で――――俺の全ては奪われた。
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