俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ

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俺のかわいい後輩さま どこかの世界線で

5 薫君が薫君だから(1)

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俺はショックのあまり熱を出して数日間寝込んでしまった。

熱でまわらない頭で考える。
どこで間違えてしまったのだろうか。
俺は薫君の事が好きだ。婚約者がいると訊いて心が痛くて痛くてどうしようもなかった。
だけど、その婚約者が俺だった――。それを知ったのが薫君との結婚話が白紙に戻されてしまった後だった。いや、知ったというのはおかしい。俺は書類に書かれていた薫君の名前を見ていたし覚えてもいた。なのに婚約者との関係は一か月後から始まると勝手に思い込んでいた。勿論薫君とあの日あの場所で出会った事はイレギュラーな事で、あそこで会わなければ始まりは一か月後という事に間違いはないだろう。
だけど俺たちは出会ってしまったんだ。
気づかなきゃいけなかった。
せめてあの時、薫君が名乗った時に気づいていれば――――。

薫君との記憶をたどるように初めて出会ったあの日の事を思い出すと、そういえばと思う。
薫君は最初から断ろうとしていたようだった。でもそれは俺の事を想っての事のように思えた。じゃあ俺が薫君の事を好きだと伝えたら挽回できる?

――分からない。
いくら考えてみても答えなんか出ない。
薫君の気持ちは薫君に訊かなければ他人に分かりっこない。
それと同じで、俺の気持ちも薫君に伝えなければ薫君に分かりっこない。
――こんな何も分からない状態で、薫君に何も伝えない状態で――このまま終わりになんかしたくない。
そう思うと、大人しく寝ていてなんかいられなかった。両親が止めるのも訊かず重い身体を引きずって学校へと向かった。

いざ学校に着いてみても薫君のクラスも分からない。俺は自分では何でもそつなくこなすそれなりに優秀な人間だと思っていた。だけど、今の俺のありさまは――。
あの時の女生徒の言葉を思い出す。

「本当、間抜けだな……」

知らないという事がこんなにも不安にさせる。
俺は俺自身を見て欲しくて名前以外の情報はいらないと思った。相手が教えてくれないのなら好都合とまで思っていた。
実際会って自分の事を分かって欲しかったし、相手の事も分かりたいと思っていた。だけどそれって本当に正しい事だったんだろうか。
最初から知っていても知らなくても記号しか見ない人は記号しか見ない。
あの人たちだって俺の中身を見ていたはずだ。それでも最終的に見たのは記号だった。上辺だけ見ていたのはむしろ俺の方だったのでは――?

唯一知り得た情報の名前を出されても俺は気づけなかった。その事で薫君はどう思っただろうか。
俺が名前以外の情報を教えないし訊かなかった事で、親の為に仕方なく話を受けたと思われたんじゃないだろうか。
俺は俺の事を見て欲しいと言いながら相手の事なんてちっとも見ていなかった。
今更俺が好きだと伝えたところで本当に挽回なんてできるのか?
そもそも薫君自身この話に乗り気じゃなかったとしたら?
最初から俺の事なんて好きじゃなかったとしたら?
俺の鈍くて無神経なところに薫君が呆れてしまっていたとしたら……?

熱のせいか気持ちが後ろ向きになる。それを確かめる為に来たはずなのに訊くのが怖い。
さっきまでの勢いがどこかへいってしまった。
項垂れ、帰ろうとしてぽんっと軽く背中を押された気がした。そして聞こえた『頑張れ』というと同じ声。
うしろを振り向いてみてもやっぱり誰も居ない。
だけどなぜかこの声は俺に勇気をくれる。まるで薫君に応援されているような気持ちになるんだ。
萎れてしまった心を再び奮い起こす。

こんなところにつっ立っていたって何も始まらない。
何の為にここまで来たんだ。大好きな人に誤解されたままになんかしたくない。
クラスが分からないなら片っ端からあたって探せばいい。

俺は自分を鼓舞した。ふらつきながらも1年の教室を端から順番に薫君を探して回った。
やっと見つけて、授業中だって構うもんか俺は薫君の手を掴み外へと連れ出した。
外野の声なんか聞こえない。俺は薫君に伝えたい事があるんだ。

落ち着いて話をするために自分の家まで連れて行って、両親からはびっくりされた。そりゃそうだ。まだ熱が高いのに無理して出て行ったかと思ったら見知らぬ人間を連れて帰って来たのだ。
怒られるかとも思ったけど、俺の真剣な様子に何も言わずに俺の部屋でふたりきりにさせてくれた。ただし部屋のドアは開けておくよう約束させられた。

部屋に入りふかふかのクッションの上に薫君を座らせる。

「あの……何でこんな――」

戸惑いしかない様子の薫君。

「――まずは……いきなりでごめんっ」

俺は勢いよく頭を下げて謝った。少しだけくらりとするが構わない。

「こんな事するべきじゃないし、もう少しスマートなやり方もあったと思う。だけど、俺はこんなやり方しかできないんだ。薫君に俺の気持ちを伝えたくて、薫君の気持ちを知りたくて――。情けないやつで……ごめんね」

「そんな事……」

ふるふると頭を左右に振る薫君。色々とやらかしてしまった俺なのに薫君の瞳には侮蔑の色はなく、俺の事が心配だというように揺れていた。
さっきまで繋いでいた手が熱くて、熱がある事がバレてしまっているのだろう。

「俺、二次性が分かるまではΩだって思われてたんだ。それで何人かのαが俺の事を番に欲しいって言ってくれてて、だけど俺の二次性はαで、その事が分かった途端俺の事を好きだって言ってくれてた人たちみんな態度を変えてしまった。俺はαだとかΩだとかそんな事に囚われず俺自身を見て欲しかった。だから名前以外の情報を聞かなかったし教えなかった。実際会って判断して欲しかったんだ。そうじゃないと俺の本当に欲しい物は手に入らないと思ったから」

「――そう、だったんですね……」

「うん。だから薫君の事が嫌だとかそういう事ではなかったんだよ。この結婚話に期待もしていたんだ。でも薫君に出会って、自分の気持ちに気づいてしまったからこの結婚はナシにしてもらおうと思っていたんだけど――」

「…………」

俺の言葉に薫君は表情を曇らせた。

――ってこんな言い方じゃまた誤解させてしまう。
俺は慌てて言葉を重ねた。

「俺は間抜けな事に結婚話を白紙にされて初めて、薫君と婚約者が同一人物だって分かったんだ。だから初めて会った時に薫君が悩んでいたのが俺との結婚話を穏便に解消しようとしている話だとは思っていなかった。だから応援するだなんて事を言ってしまったんだ。学校で女生徒たちに囲まれていた時も薫君があんな風に言われる事が悲しかったし許せなかった。だから俺が婚約者だと言って薫君を守りたかったんだ。薫君に他に婚約者がいると思っていても、あの瞬間だけは俺が薫君の婚約者になりたかった。薫君を守れるのは俺だけだって思いたかった。あの日あの後もずっと考えてた。薫君の事、俺の婚約者の事。気づいてしまった俺の気持ち。薫君と番になれなくてもこのまま結婚するのは相手に対してあまりにも不誠実に思えて、断ろうって――そう思っていたんだ。俺は薫君の事が好きだ。薫君がαだろうがΩだろうが、βだろうが関係ない。薫君が薫君だから好きなんだ。俺たちはまだ数える程しか会っていないし話だってそんなにはしていない。だけど、好きになってしまったんだ。どうしようもなく薫君の事が好きなんだよ――」

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