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俺のかわいい後輩さま どこかの世界線で

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それから4年。俺は高校3年生になったけど、自分から誰かを求めた事はなかった。また、誰からの愛情も受け取る事もなかった。どうしてもあの日の事がちらついて、相手が見ているのは俺の記号だけなんじゃないかって、そんな考えが頭を過ぎり誰の事も好きにはなれなかったのだ。


父はαだけどギラギラしたところがなく、あまり多くを望まない。母も同じだ。自分と自分の周りの人間が幸せであったならそれで充分だと考える人だ。出世に不利な事であっても家族を優先させる。そんな父だから母も好きになったのだろう。俺から見てもふたりの間にある『愛』は穏やかでとても心地のいいものだ。だから憧れた。自分もそんな愛が欲しいと思った。
父と母、ふたりが手を繋いでできた丸い輪の中に俺が居る。
俺はその輪の中で両親に沢山の愛情を貰った。傍にいるだけで安心できた。
いつか自分も愛する人とそんな風にできたらって思っていた。

本当はあの日ちょっとだけ泣いちゃったんだ。
フラれて悲しかったわけではなく、俺は両親のような二次性なんかに囚われない確かな愛を手に入れられなかった事が悲しかったんだ。
どんな容姿をしているとかどんな性格がいいとか、そんな事は問題じゃなかった。
その人の傍に居て幸せを感じられる人。その人も俺の傍に居て幸せを感じてくれる人。そんな人が俺にも現れるってそう思っていた。あの中の誰かがそうなんだって勝手に思ってた。

あれから俺も成長して現実を知っていくと、もしかしたら両親は特別で俺なんかには最初から無理な話だったんじゃないかって最近では思うようになっていた。
そんな時俺の元にとある話が舞い込んだ。
俺の結婚話だ。
まずは婚約からという事らしいが、この話は父親の勤めている会社の社長直々の話で普通に考えて断る事は難しかった。
父は「一応話は伝えたけど――断ってもいいんだよ。楓の気持ちで決めていいんだ」と言ってくれた。

実際、いくら社長からの話であっても普通はなんとかお断りする話なのかもしれない。それくらいこの話は怪しかった。
だけどこの話は、見方を変えると少しだけ『希望』も孕んでいるように思えた。
だから少しくらい怪しくても受ける事にしたんだ。
写真もなく名前以外の情報が一切ないなんてあり得ない話であったとしても。

この話を受けた時点で俺たちは仮の婚約者になる。そして一か月後に初めて顔合わせをして、その場で正式に婚約する。そこからは待ったなしでデートを5回(デート内容まできっちりと書き込まれている)、そしてこの辺で最高級と言われるホテルで番になってその10日後には結婚する――と綿密な予定が組まれていた。それはもう考える隙を与えないかのように。
もう一度父から渡された予定表に目を通す。
名前だけしか教えてくれない事や何の為にこんな予定表があるのか分からない。
相手に余裕がないようにも見えるし、一ヶ月という期間はこちらに逃げる猶予を与えてくれているようにも見える。婚約後の綿密さは無言の圧のようなものも感じなくもない。
とにかく相手の意図するところがまったく分からないのだ。

この話……本当に受けてしまってもいいのだろうか?
そんな考えが頭を過ぎるが、何かが俺の耳元で囁いた。
『大丈夫』
その声に聞き覚えもないし、辺りを見回してみても声の主の姿もない。
ただの幻聴だったとしても不思議とその声を無視する事はできなかった。
その声は繰り返す。
大丈夫。
ふぅと息を吐く。

この話を受けるにあたってひとつだけお願いする事にした。
相手に伝える情報も俺の名前だけにして欲しいという事だ。お互いが知るのはお互いの名前だけ。何の前情報もなく一か月後の顔合わせの日に初めて知るんだ。会って話して、そして決めるんだ。
紙の上の情報なんか何の意味もない。ありのままの俺を見てもらい判断してもらう。そして俺もありのままの相手を見たい。

少しの不安と同じくらいの希望を胸に、名前を知るだけの相手と婚約者(仮)になった。

及川 薫おいかわ かおる、それが婚約者(仮)の名前だ。


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