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もう少しだけ待っていて
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連れて行かれた先は、まだ新しいマンションの一室だった。
建ったばかりなのだろうか新築の匂いが鼻腔をくすぐる。
「――ここ、は?」
「俺たちの家だよ」
「――――え?」
翔はそう言うと僕をお姫さま抱っこのまま寝室に連れて行き、大きなベッドの上にゆっくりと降ろしてくれた。
何が何だか分からなくて何度も瞬いて、翔の動きをひとつも見逃さないように目で追った。
翔は僕の前に片膝をつくと、ズボンのポケットから取り出した小さな箱の蓋を開けて目の前に差し出した。
「一条 彼方さん、愛しています。俺と結婚して下さい」
キラリと光る小さなダイヤのついた指輪とともに贈られた言葉。
驚きのあまり言葉が出ない。
固まったまま、なかなか返事をしない僕を翔は不安そうに見つめている。
何か言わなきゃって思うのに何て言ったらいいのか分からない。
だって……僕は――。
「捨てられるんじゃ……ないの?」
やっと出たのはそんな言葉。
声が震える。
「なっ何で俺が彼方を捨てるんだよっ!?」
「だって、最近ちゃんと会ってくれないし、折角会えてもすぐ帰っちゃうし……それに――――いつも僕の知らない人の匂い――させてるじゃない。だから僕は……もうダメ、なんだって――うぅ……ひぅ……」
ぽろぽろと零れ落ちる涙たち。
「俺……またやらかしちゃってたのか――」
翔の眉がへにょりと垂れてなんとも情けない顔をしていた。
そしてくしゃりと顔を歪ませて今にも泣きそうな顔で僕を見つめる。
「ごめん。ごめんな彼方。俺20歳になったら彼方に結婚申し込もうって決めてたんだ。随分長いこと待たせちゃったからさ、色々ちゃんと準備して驚かせたかったんだ。彼方に「嬉しい」って笑って欲しかったんだ。このマンションも指輪もお金は自分で稼いだんだよ?まだ未成年だったから兄ちゃんにお願いして俺の代わりに株の売買とかやってもらったけど、銘柄選んだり売買のタイミング見極めたりしたのは俺だから。他にもマンション買うのに保証人になってもらったりして大分甘えちゃったけど……でも、それでも彼方に喜んで欲しかったから――俺頑張ったんだ。最近彼方に会えなかったのは――恥ずかしい話だけど用意できたお金が少しだけ足らなくて急遽バイトの時間増やしたりして本当に時間がなくて、おまけに手続きやら何やらもあって――」
「あの子――は?今日一緒にいた子――」
「今日?――あぁ、あの人はバイト先の店長さん。ああ見えて35歳の既婚者で番持ちだよ?彼方に年齢的に近いし俺センスないから……指輪決めるのに相談に乗ってもらってて、さっきは受け取りに行くのについてきてもらってたんだ。金額が金額なだけに不安でさ……。兄ちゃんたちはお店があるし、父さんは会社で母さんも外せない用事があるって言うから――。さっき言ってた匂いっていうのももしかしたら店長さんのかな?俺ぜんぜん気づかなかったよ」
あの子が既婚者で番がいるΩだと言うのなら翔が残り香に気づかないのも本当の事だろう。番持ちのΩのフェロモンはなくなるわけじゃないけど、番のαにしか効果がない。だから香っていても他のαを誘う事はない。
「…………」
「まだ不安?何でも訊いて?全部ちゃんと説明する」
「翔……」
赤く腫れあがってしまっている翔の頬にそっと触れた。
「ごめん。――殴っちゃって……。痛かったよね――」
翔は頬に触れた僕の手の上にそっと自分の手を重ねた。
翔の手は僕が思ってた以上に大きくて――大人の手をしていた。
「彼方の手はひんやりしてて気持ちいいな」
「翔――」
「叩かれてびっくりしたけど、彼方にまた我慢させちゃってたんだな。そうならない為に頑張ってたはずなのに……。だからこれは甘えてばかりいた俺への罰。――それで俺の事も許して……?」
僕はこくりと頷いた。
僕への指輪を選ぶのに他の人を頼らないでだとか、僕に隠し事をするならもっとうまくやってだとか、不安で不安でつらかったって色々言いたい事はあったけど、全部まるっと飲み込む事にした。
本当、奏の言う通り『大丈夫』だった。
ふふと笑うと翔が何かを思い出したように突然大きな声を出した。
「あ!だけど、あの男は何!??」
「へ?」
「彼方を抱きしめてたよね?キスしようとしてたよね???」
眉間に皺を寄せ、声が段々低くなっていく。
「あの人は……同僚で、番になってって言われたけど、ちゃんと断ったよ?最近僕が塞ぎこんでるから心配してショッピングモールに誘ってくれて、友人としてって事だったんだけど――」
「むむむ……。はぁああああああ……結局は俺のせいって事かぁ……」
と脱力して大きな溜め息を吐いた。
「全部俺が悪い。ごめんな。だけど、もうあの男と――いや、他のαとも二度とふたりっきりで会ったりしないで?彼方、愛してる。こんな俺だけど、結婚してくれますか……?」
二度目のプロポーズに、まだ返事をしていなかったんだと気がついた。
「うん、――はい。結婚して下さい」
「よ……よかったぁーっ!」
タックルするみたいに抱きしめられて、勢い余ってベッドにふたりで倒れ込んだ。
そのまま見つめ合ってキスをしてしっとりと――っていうところなんだろうけど、僕たちは仔犬みたいにじゃれ合ってもつれ合って、声をあげて笑った。
僕たちの出会いは不思議で、これが運命じゃなかったら何なのっていうくらいあり得ないように惹かれ合った。
長い長い20年という歳月。いつもお互いの事を想いお互いの事だけ見つめていた。
途中色々あったけど、それも全部お互いを愛していたから。
だからこの先、何があっても僕たちは『大丈夫』
これから僕たちは、本物の『番』になります。
-おわり-
建ったばかりなのだろうか新築の匂いが鼻腔をくすぐる。
「――ここ、は?」
「俺たちの家だよ」
「――――え?」
翔はそう言うと僕をお姫さま抱っこのまま寝室に連れて行き、大きなベッドの上にゆっくりと降ろしてくれた。
何が何だか分からなくて何度も瞬いて、翔の動きをひとつも見逃さないように目で追った。
翔は僕の前に片膝をつくと、ズボンのポケットから取り出した小さな箱の蓋を開けて目の前に差し出した。
「一条 彼方さん、愛しています。俺と結婚して下さい」
キラリと光る小さなダイヤのついた指輪とともに贈られた言葉。
驚きのあまり言葉が出ない。
固まったまま、なかなか返事をしない僕を翔は不安そうに見つめている。
何か言わなきゃって思うのに何て言ったらいいのか分からない。
だって……僕は――。
「捨てられるんじゃ……ないの?」
やっと出たのはそんな言葉。
声が震える。
「なっ何で俺が彼方を捨てるんだよっ!?」
「だって、最近ちゃんと会ってくれないし、折角会えてもすぐ帰っちゃうし……それに――――いつも僕の知らない人の匂い――させてるじゃない。だから僕は……もうダメ、なんだって――うぅ……ひぅ……」
ぽろぽろと零れ落ちる涙たち。
「俺……またやらかしちゃってたのか――」
翔の眉がへにょりと垂れてなんとも情けない顔をしていた。
そしてくしゃりと顔を歪ませて今にも泣きそうな顔で僕を見つめる。
「ごめん。ごめんな彼方。俺20歳になったら彼方に結婚申し込もうって決めてたんだ。随分長いこと待たせちゃったからさ、色々ちゃんと準備して驚かせたかったんだ。彼方に「嬉しい」って笑って欲しかったんだ。このマンションも指輪もお金は自分で稼いだんだよ?まだ未成年だったから兄ちゃんにお願いして俺の代わりに株の売買とかやってもらったけど、銘柄選んだり売買のタイミング見極めたりしたのは俺だから。他にもマンション買うのに保証人になってもらったりして大分甘えちゃったけど……でも、それでも彼方に喜んで欲しかったから――俺頑張ったんだ。最近彼方に会えなかったのは――恥ずかしい話だけど用意できたお金が少しだけ足らなくて急遽バイトの時間増やしたりして本当に時間がなくて、おまけに手続きやら何やらもあって――」
「あの子――は?今日一緒にいた子――」
「今日?――あぁ、あの人はバイト先の店長さん。ああ見えて35歳の既婚者で番持ちだよ?彼方に年齢的に近いし俺センスないから……指輪決めるのに相談に乗ってもらってて、さっきは受け取りに行くのについてきてもらってたんだ。金額が金額なだけに不安でさ……。兄ちゃんたちはお店があるし、父さんは会社で母さんも外せない用事があるって言うから――。さっき言ってた匂いっていうのももしかしたら店長さんのかな?俺ぜんぜん気づかなかったよ」
あの子が既婚者で番がいるΩだと言うのなら翔が残り香に気づかないのも本当の事だろう。番持ちのΩのフェロモンはなくなるわけじゃないけど、番のαにしか効果がない。だから香っていても他のαを誘う事はない。
「…………」
「まだ不安?何でも訊いて?全部ちゃんと説明する」
「翔……」
赤く腫れあがってしまっている翔の頬にそっと触れた。
「ごめん。――殴っちゃって……。痛かったよね――」
翔は頬に触れた僕の手の上にそっと自分の手を重ねた。
翔の手は僕が思ってた以上に大きくて――大人の手をしていた。
「彼方の手はひんやりしてて気持ちいいな」
「翔――」
「叩かれてびっくりしたけど、彼方にまた我慢させちゃってたんだな。そうならない為に頑張ってたはずなのに……。だからこれは甘えてばかりいた俺への罰。――それで俺の事も許して……?」
僕はこくりと頷いた。
僕への指輪を選ぶのに他の人を頼らないでだとか、僕に隠し事をするならもっとうまくやってだとか、不安で不安でつらかったって色々言いたい事はあったけど、全部まるっと飲み込む事にした。
本当、奏の言う通り『大丈夫』だった。
ふふと笑うと翔が何かを思い出したように突然大きな声を出した。
「あ!だけど、あの男は何!??」
「へ?」
「彼方を抱きしめてたよね?キスしようとしてたよね???」
眉間に皺を寄せ、声が段々低くなっていく。
「あの人は……同僚で、番になってって言われたけど、ちゃんと断ったよ?最近僕が塞ぎこんでるから心配してショッピングモールに誘ってくれて、友人としてって事だったんだけど――」
「むむむ……。はぁああああああ……結局は俺のせいって事かぁ……」
と脱力して大きな溜め息を吐いた。
「全部俺が悪い。ごめんな。だけど、もうあの男と――いや、他のαとも二度とふたりっきりで会ったりしないで?彼方、愛してる。こんな俺だけど、結婚してくれますか……?」
二度目のプロポーズに、まだ返事をしていなかったんだと気がついた。
「うん、――はい。結婚して下さい」
「よ……よかったぁーっ!」
タックルするみたいに抱きしめられて、勢い余ってベッドにふたりで倒れ込んだ。
そのまま見つめ合ってキスをしてしっとりと――っていうところなんだろうけど、僕たちは仔犬みたいにじゃれ合ってもつれ合って、声をあげて笑った。
僕たちの出会いは不思議で、これが運命じゃなかったら何なのっていうくらいあり得ないように惹かれ合った。
長い長い20年という歳月。いつもお互いの事を想いお互いの事だけ見つめていた。
途中色々あったけど、それも全部お互いを愛していたから。
だからこの先、何があっても僕たちは『大丈夫』
これから僕たちは、本物の『番』になります。
-おわり-
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