俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ

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もう少しだけ待っていて

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僕は走りに走った。
こんなに走ったのなんて高校を卒業して以来?
どのくらい走ったのか分からないけどもう走れない、とその場にしゃがみ込んだ。
少し遅れて後ろから追いかけてくる気配がして、逃げなきゃと思うのにもう色々と限界で立ち上がる事はできなかった。せめてもと身を丸めて自分を世界から隠してしまおうとした。

「はぁはぁ……はぁ……。も、彼方……はや、すぎぃ――」

捕まえたとばかりに抱きしめられ、「いやいや」と頭を振り身を捩った。

「離してっ!ばかっ!嫌い!大嫌いっ!!もう嫌ぁっ!」

こんな風に泣いて喚き散らすのも、翔に手をあげたのも初めてだった。
僕の方が年上なんだから我慢しなきゃって、いつも我慢してた。
信じていたし、なにより大好きだったから。

だけどあんな可愛い子と一緒にいるのを見ちゃったら……さすがにもう無理。
僕は翔を誰かと分け合いたくはないんだ。
翔があの子を選ぶなら僕はひとりの方がいい。
だから優しい翔が僕の事を可哀そうに思って手放せないと言うなら――、嫌いになって?
僕は思いつく限りの罵詈雑言を翔に浴びせた。それでも翔は僕の事を抱きしめてなだめるように背中をさすってくれた。

「彼方……ごめん、ごめんな」

繰り返される謝罪。それは何に対して?
僕たちの別れに対しての謝罪?

嫌われなきゃと思っていたはずなのに、やっぱり翔と離れるのは嫌で悲しくて涙が止まらない。
もう何も言う事ができなくて、ただ翔の腕の中で声もなく泣いた。

「彼方……」

突然頭上に何かが優しく触れたかと思ったら浮遊感がして、翔に抱き上げられたんだと分かった。

「え?何?」

「危ないからそのまま俺にしがみついていて?」

そう言う翔の声ははちみつみたいに甘くて、瞳はもっともっと甘くて――。

何でそんな声で、そんな瞳で僕の事を見るの?
もう僕たちは終わりじゃないの?

いくら見つめてみても翔はそれ以上何も言わずただ優しく僕の事を見るだけだった。
僕はこの後何があっても取り乱したりなんかせず、落ち着いていようと翔の腕の中ですんすんと愛しい人の香りを嗅いだ。


この香りをずっと覚えておきたくて――。

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