上 下
36 / 87
僕のかわいいこぐまさま

7 (2)

しおりを挟む
「彼方、今日俺んち来る?」

僕が弱音を吐いた翌日の放課後、奏がそんな事を言った。

「旋堂さんは?」

「今日はどうしても抜けられない用事があるんだって。だから俺の事慰めて?」

なんて、僕の様子がいつもと違っていたから心配した奏なりの励ましなのだろう。
下手なウインクなんかしておどけて見せる。

「しょうがないなぁ。久しぶりに行ってやるか」

だから僕も軽口で応じる。
婚約者ができてからは学校では今まで通り会えるもののお互いの家で遊ぶ事がなくなっていたから、久しぶりの及川家だった。


懐かしいなぁなんてほんの数か月の事なのに久しぶりに帰った実家のような気がした。
門をくぐりドアを開け、玄関で笑顔で迎えてくれた奏の母親のかおるさんの姿を認めた途端、ドクン!!と動悸がして、全身にものすごいスピードで血が巡っていくのを感じた。
はぁはぁと息も荒く下腹部がズクズクと痛む。自分の身体に何が起こったのか理解できず怖い。

「――彼方?」

奏の僕を心配する声も、鼓膜に膜が張ったみたいにどこか遠くから聞こえてくるようで、パニックを起こしそうになり立っていられなくなってがくんと膝をついた。

「彼方君!? 大丈夫かい??」

遠くで聞こえる薫さんの声。奏が僕を抱き起そうと僕に向って手を伸ばした。

やだっ僕に触れていいのはこの手じゃない!

僕はその手から逃げるように身体をぎゅっと丸めて小刻みに震えた。
むわりと広がる僕のフェロモン。

僕はこの日初めてのヒートを起こしてしまった。

薫さんはそれに気づくと奏にこの場から急いで離れるように言い、僕の家に連絡を入れさせた。
奏はαだから、もしもがあっては困る。

それから薫さんは僕を抱きかかえ隔離部屋へと連れて行ってくれた。
柔らかなベッドの上に僕を降ろすと棚から薬のシートを探し、慣れた手つきでプチプチとシートから錠剤を取り出した。

「ヒートは初めてだったよね?これはΩ用の抑制剤だよ。お水なしで飲めるやつだから口開けて?」

言われるがまま口を開けようとするがガチガチと歯が鳴るほど震えていて、うまく開ける事ができない。
薫さんは少し強引に自らの指を僕の口の中に突っ込むと、「ごめんね」と言ってさっき取り出した錠剤抑制剤を入れた。

「大丈夫、大丈夫だからね。誰もキミを害する人はここにはいないから安心して」

優しくそう言い背中をさすり続けてくれた。

10分ほどして呼吸も段々落ち着いてきて、意識もはっきりしてきた。
はっきりしてきて分かる事――。

「ありがとう……ございます。もう……大丈夫、です」

「よかった」

薫さんのほっと安心した笑顔にズキズキと胸が痛む。

ほどなくして母さんが車で迎えに来てくれた。
僕は薫さんにお礼を言う母さんの影に隠れるように立ち、薫さんの顔を見ないようにした。



僕は――明らかに薫さんに反応してヒートを起こしてしまったから――――。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

目が覚めたら異世界で魔法使いだった。

いみじき
BL
ごく平凡な高校球児だったはずが、目がさめると異世界で銀髪碧眼の魔法使いになっていた。おまけに邪神を名乗る美青年ミクラエヴァに「主」と呼ばれ、恋人だったと迫られるが、何も覚えていない。果たして自分は何者なのか。 《書き下ろしつき同人誌販売中》

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

婚活パーティーで、国一番の美貌の持ち主と両想いだと発覚したのだが、なにかの間違いか?

ぽんちゃん
BL
 日本から異世界に落っこちた流星。  その時に助けてくれた美丈夫に、三年間片思いをしていた。  学園の卒業を目前に控え、商会を営む両親に頼み込み、婚活パーティーを開いてもらうことを決意した。  二十八でも独身のシュヴァリエ様に会うためだ。  お話出来るだけでも満足だと思っていたのに、カップル希望に流星の名前を書いてくれていて……!?  公爵家の嫡男であるシュヴァリエ様との身分差に悩む流星。  一方、シュヴァリエは、生涯独り身だと幼い頃より結婚は諦めていた。  大商会の美人で有名な息子であり、密かな想い人からのアプローチに、戸惑いの連続。  公爵夫人の座が欲しくて擦り寄って来ていると思っていたが、会話が噛み合わない。  天然なのだと思っていたが、なにかがおかしいと気付く。  容姿にコンプレックスを持つ人々が、異世界人に愛される物語。  女性は三割に満たない世界。  同性婚が当たり前。  美人な異世界人は妊娠できます。  ご都合主義。

前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙
BL
ハーララ帝国第四皇子であるエルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララはある日、高熱を出して倒れた。数日間悪夢に魘され、目が覚めた彼が口にした言葉は…… 「皇帝なんて興味ねえ!俺は魔法陣究める!」 天使のような容姿に有るまじき口調で、これまでの人生を全否定するものだった。 * * * * * * * * * 母親である第二皇妃の傀儡だった皇子が前世を思い出して、我が道を行くようになるお話。主人公は研究者気質の変人皇子で、お相手は真面目な専属護衛騎士です。 ○注意◯ ・基本コメディ時折シリアス。 ・健全なBL(予定)なので、R-15は保険。 ・最初は恋愛要素が少なめ。 ・主人公を筆頭に登場人物が変人ばっかり。 ・本来の役割を見失ったルビ。 ・おおまかな話の構成はしているが、基本的に行き当たりばったり。 エロエロだったり切なかったりとBLには重い話が多いなと思ったので、ライトなBLを自家供給しようと突発的に書いたお話です。行き当たりばったりの展開が作者にもわからないお話ですが、よろしくお願いします。 2020/09/05 内容紹介及びタグを一部修正しました。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

処理中です...