35 / 87
僕のかわいいこぐまさま
6 一条 彼方の場合(1)
しおりを挟む
恋とか愛とか番とか、僕とは無縁のどこか別の世界の話であって欲しいと願っていた。
僕たちがまだ何者でもなかった頃、それなりに女の子にもモテたけど誰の事もそういう意味での『好き』にはなれなかった。
二次性が分かって僕が『Ω』になった日、周りの僕を見る目が変わったのを感じた。それまでの僕は自由で、幼馴染で親友の奏と一緒になって色んな事をした。できた。
だけど僕はΩ。Ωにはいづれ発情期がきて、αと番う。
それは誰か――神さまによって決められた未来。
どんなルートを辿っても約束された幸せだと言われるけど、僕は誰の事も好きになれないのに誰と番うと言うのか……番わなくてはいけないのか。そんなものが幸せなんだろうか。
αであったなら誰とも番わず生涯を終える事も可能だったんだろうか。
だけど僕はΩだ。Ωが生涯ひとりでいるという事は長い長い期間危険と隣り合わせに生きていくという事だ。突発的なヒートを起こして誰とも知れない相手に項を噛まれてしまえばそこで『The End』だ。人生終了のお知らせだ。それなのにそれが幸せ?項を噛まれたら噛んだ相手が誰であっても好きになる?
そんなわけないのに。
Ωは何でも受け入れて何にでも幸せを感じないといけないの?
僕の両親が母さんの見合い現場に父さんが突撃して番った略奪婚だったとしても、奏の両親が破局したはずの元婚約者で電撃純愛婚だったとしても、やっぱりそんなドラマみたいな事誰の身にも起こる事じゃないって思うんだ。そもそも誰の事も好きになれない僕にそんな事起こるはずがない。
だとしたら僕に残された道は――事故婚か流され婚か――いづれにしてもそこに愛はないわけで。
両親の事は好きだし、奏の事だって他の沢山の友人より好きだし特別だ。好きという感情が分からないわけじゃない。だけどそれは恋愛とは違う。
小さい頃はお互いの両親に僕らが番になったらいいのになんて言われてたけど、僕は奏の事をそんな風に見た事はないし奏の方だってそうだ。
あの頃の僕たちは『同じ』だった。だから奏も恋愛なんて無縁な世界で生きていくんだと勝手に思ってた。
だけど、気が付けば奏はしっかりと自分だけの相手を見つけた。婚約者の事を話す奏はとても幸せそうで、急に僕とは違う世界の人に見えたんだ。
奏が恋に気づかず戸惑っていた時僕は偉そうな事を言ったけど、奏が旋堂さんの事を好きだと思えた事が正直羨ましいと思った。奏は見つけたんだって思ったんだ。僕だけ置いて行かないでって思ったんだ。
だから奏に「自分でそろそろ考えないといけないと思うから」なんて言い方をした。あれは少しのいじけと僕自身へあてた言葉。
結局僕は誰かを愛したいんだ。愛せない事が苦しいんだ。
誰もが誰かに恋をして、それが当たり前の世界で僕だけが誰も愛せなかったから恋も愛も番もいらないなんて、ただひとり僕だけが仲間外れな気がしていただけだったんだ。
僕がΩになった日、自分だけが異質な存在になったと感じたのと同じ。
それでも奏だけは僕と同じだって思ってた。だからひと足先に愛する人を見つけた奏の事が本当に羨ましかったんだ。
奏はαだったから愛する人を見つける事ができたの?
「はぁあああ……」
思ったより大きなため息が出た。
「そんな大きなため息なんか吐いたりして、何か悩みでもあるのか?」
スマホをいじって旋堂さんとメッセージをやり取りしていた奏がにやついていた顔を引きしめて言った。
「んー言ってもしょうがない事なんだけどさ、αだったらなーって」
「へぇ?彼方はαとかΩとかまったく気にしてないと思ってた」
「うーん。考えずにはいられないって言うか――まぁ色々あるよね」
「ふーん。でも俺は、彼方はどの性だったとしても『彼方』だと思うけどね?αでもβでもΩでも彼方は彼方じゃん。なーんにも変わらない」
そう言ってにっと笑う奏。
「はは、そりゃそうだね」
確かに僕は僕だ。今までだって奏と一緒にどこへだって、どこまでだって行けた。何だってできたんだ。
それが僕だったはずだ。それなのにΩになった日、僕は僕じゃなくなったと思ってしまった。
何かに怯え何にもできないと思い込まされていた。
Ωを憐れむような沢山の視線。
だから身近に幸せで自由なΩがいてもそれは愛し愛される番がいるから、と物語の中の出来事のように思っていた。誰の事も愛せない僕とは違うって――。
僕は奏と恋愛する事も番う事もないけれど、どんな事があっても味方でいてくれるって信じられる。
僕が道に迷った時、手を差し伸べてくれる一人だ。
両親だって道隆おじさんだって、その番の凛さんだってそのはず。
僕は今はまだそういう相手に出会っていないだけで、仲間外れなんかじゃないって初めて思えた。
だからきっと僕はいつかどこかで絶対に『運命』を見つけて恋に落ちるんだ。
落ちるってくらいだからしようと思ってできる事じゃない。だから今はまだその時じゃないってだけ。
そう考えると少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
僕との話が終わり、再びスマホに視線を落とす奏の顔がとても幸せそうで、奏に運命を感じていたら――なんて一瞬考えて、ないなと自分でその考えを打ち消した。
奏と『恋』とか『愛』とかはやっぱり考えられない。
それくらいに奏は大事な『幼馴染』であり『親友』であり、『家族』だった。
僕たちがまだ何者でもなかった頃、それなりに女の子にもモテたけど誰の事もそういう意味での『好き』にはなれなかった。
二次性が分かって僕が『Ω』になった日、周りの僕を見る目が変わったのを感じた。それまでの僕は自由で、幼馴染で親友の奏と一緒になって色んな事をした。できた。
だけど僕はΩ。Ωにはいづれ発情期がきて、αと番う。
それは誰か――神さまによって決められた未来。
どんなルートを辿っても約束された幸せだと言われるけど、僕は誰の事も好きになれないのに誰と番うと言うのか……番わなくてはいけないのか。そんなものが幸せなんだろうか。
αであったなら誰とも番わず生涯を終える事も可能だったんだろうか。
だけど僕はΩだ。Ωが生涯ひとりでいるという事は長い長い期間危険と隣り合わせに生きていくという事だ。突発的なヒートを起こして誰とも知れない相手に項を噛まれてしまえばそこで『The End』だ。人生終了のお知らせだ。それなのにそれが幸せ?項を噛まれたら噛んだ相手が誰であっても好きになる?
そんなわけないのに。
Ωは何でも受け入れて何にでも幸せを感じないといけないの?
僕の両親が母さんの見合い現場に父さんが突撃して番った略奪婚だったとしても、奏の両親が破局したはずの元婚約者で電撃純愛婚だったとしても、やっぱりそんなドラマみたいな事誰の身にも起こる事じゃないって思うんだ。そもそも誰の事も好きになれない僕にそんな事起こるはずがない。
だとしたら僕に残された道は――事故婚か流され婚か――いづれにしてもそこに愛はないわけで。
両親の事は好きだし、奏の事だって他の沢山の友人より好きだし特別だ。好きという感情が分からないわけじゃない。だけどそれは恋愛とは違う。
小さい頃はお互いの両親に僕らが番になったらいいのになんて言われてたけど、僕は奏の事をそんな風に見た事はないし奏の方だってそうだ。
あの頃の僕たちは『同じ』だった。だから奏も恋愛なんて無縁な世界で生きていくんだと勝手に思ってた。
だけど、気が付けば奏はしっかりと自分だけの相手を見つけた。婚約者の事を話す奏はとても幸せそうで、急に僕とは違う世界の人に見えたんだ。
奏が恋に気づかず戸惑っていた時僕は偉そうな事を言ったけど、奏が旋堂さんの事を好きだと思えた事が正直羨ましいと思った。奏は見つけたんだって思ったんだ。僕だけ置いて行かないでって思ったんだ。
だから奏に「自分でそろそろ考えないといけないと思うから」なんて言い方をした。あれは少しのいじけと僕自身へあてた言葉。
結局僕は誰かを愛したいんだ。愛せない事が苦しいんだ。
誰もが誰かに恋をして、それが当たり前の世界で僕だけが誰も愛せなかったから恋も愛も番もいらないなんて、ただひとり僕だけが仲間外れな気がしていただけだったんだ。
僕がΩになった日、自分だけが異質な存在になったと感じたのと同じ。
それでも奏だけは僕と同じだって思ってた。だからひと足先に愛する人を見つけた奏の事が本当に羨ましかったんだ。
奏はαだったから愛する人を見つける事ができたの?
「はぁあああ……」
思ったより大きなため息が出た。
「そんな大きなため息なんか吐いたりして、何か悩みでもあるのか?」
スマホをいじって旋堂さんとメッセージをやり取りしていた奏がにやついていた顔を引きしめて言った。
「んー言ってもしょうがない事なんだけどさ、αだったらなーって」
「へぇ?彼方はαとかΩとかまったく気にしてないと思ってた」
「うーん。考えずにはいられないって言うか――まぁ色々あるよね」
「ふーん。でも俺は、彼方はどの性だったとしても『彼方』だと思うけどね?αでもβでもΩでも彼方は彼方じゃん。なーんにも変わらない」
そう言ってにっと笑う奏。
「はは、そりゃそうだね」
確かに僕は僕だ。今までだって奏と一緒にどこへだって、どこまでだって行けた。何だってできたんだ。
それが僕だったはずだ。それなのにΩになった日、僕は僕じゃなくなったと思ってしまった。
何かに怯え何にもできないと思い込まされていた。
Ωを憐れむような沢山の視線。
だから身近に幸せで自由なΩがいてもそれは愛し愛される番がいるから、と物語の中の出来事のように思っていた。誰の事も愛せない僕とは違うって――。
僕は奏と恋愛する事も番う事もないけれど、どんな事があっても味方でいてくれるって信じられる。
僕が道に迷った時、手を差し伸べてくれる一人だ。
両親だって道隆おじさんだって、その番の凛さんだってそのはず。
僕は今はまだそういう相手に出会っていないだけで、仲間外れなんかじゃないって初めて思えた。
だからきっと僕はいつかどこかで絶対に『運命』を見つけて恋に落ちるんだ。
落ちるってくらいだからしようと思ってできる事じゃない。だから今はまだその時じゃないってだけ。
そう考えると少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
僕との話が終わり、再びスマホに視線を落とす奏の顔がとても幸せそうで、奏に運命を感じていたら――なんて一瞬考えて、ないなと自分でその考えを打ち消した。
奏と『恋』とか『愛』とかはやっぱり考えられない。
それくらいに奏は大事な『幼馴染』であり『親友』であり、『家族』だった。
0
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

金色の恋と愛とが降ってくる
鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。
引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で
オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。
二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に
転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。
初のアルファの後輩は初日に遅刻。
やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。
転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。
オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。
途中主人公がちょっと不憫です。
性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。


たしかなこと
大波小波
BL
白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。
ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。
彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。
そんな彼が言うことには。
「すでに私たちは、恋人同士なのだから」
僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。
N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ
※オメガバース設定をお借りしています。
※素人作品です。温かな目でご覧ください。
表紙絵
⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる