俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ

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俺のかわいい幼馴染さま

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凛がアシスタントになって一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ三ヶ月が過ぎる頃それは起こった。
最初は小さなミスだった。
これまでミスらしいミスをしてこなかった凛が、ミスを連発するようになったのだ。
考えられないくらい小さなミスだ。

「凛、どないしたんや?これまでようやってくれとったやないか。こんなミスいくらなんでもおかしいで?なんか悩みでもあるん?」

「――すみませんでした」

道隆のそんな心配しての声かけにも凛は何ひとつ言い訳する事なく、ただ謝罪して唇を噛みしめるだけだった。

道隆は何かがおかしいと感じた。だからこその声かけだったのだが、本人が何がどうしたとも言ってくれないのだからどうする事もできない。
この三ヶ月、一番近くで凛の事を見てきた。
凛の人となりは分かっていた。
真面目で負けん気が強く、自分にも他人にも厳しい。
Ωである事で甘えたりもしないし、Ωだから仕方がないと他者に思わせたりもしない。
そんな凛がこんな初歩的なミスを何度も犯すだろうか?

仕事に戻り忙しそうに働く凛の姿をじっと見つめる。
近頃では難しい顔ばかりしている凛。絶対に何か理由があるはずだった。

なんで相談してくれへんのや?パートナー思うてるんは俺だけなんか?

このままでは自ら辞める事はなくてもこちらから辞めさせる事になってしまう。
折角仕事を覚えてきたのにだとか、次に使えるか分からないアシスタントにまたいちから教えなくてはいけないだとか、そういう事ではなく、ただ凛が自分の傍からいなくなる事が道隆は嫌だった。



*****
それからも何度か訊いてみたのだがいつも決まって「すみません」と俯くだけの凛。言わないのなら言うまで待とうと、道隆には珍しく少し拗ねたような気持ちでそんな事を思った。
そう決めて数時間後、偶然見てしまった。
ミスをしていたのは凛ではなかった。
凛はミスをだけだったのだ。
凛が目を離した隙に大事な書類を隠されたり、大事な伝言が伝えられなかったり、私物を捨てられたりもしていた。
それを見つけ次第さりげなく元の場所に戻しておくようにしたのだが、一向におさまらない。
なにせ不特定多数の人間がやっていた事だったから数が多すぎた。道隆としてもどう対処していいものか考えあぐねていた。
それに、道隆はそんな事をする相手に怒りを覚えたが、それ以上に自分の事が許せなかった。
仕事上のパートナーとして凛の事を大事に思っていたし、失いたくないと思っていた。
なのに…………。

こんなんあの凛が言うわけないやんか。俺は凛のパートナーやで、俺が気付いてやらんでどうするねん!それを子どもみたいに拗ねるやなんて――。俺はまた大事な人を失うとこやった……!
ほんまにアホ過ぎる……。自分で自分に腹立つわっ!


道隆は凛と話をしようと思った。凛は自分にとって大事なパートナーであり、凛にも自分の事をパートナーとして信頼して欲しいと、言葉を尽くして伝えなければ。今度こそ大事な人を失わってしまわないように。

いざ凛と向き合おうとしてみると本人がいない。しばらく待ってみても戻る気配もなく、こんなに時間がかかる要件はなかったはずだと心配で堪らない。カチコチと音をたて規則正しく動く壁に掛けられた時計を睨みつけるように見つめた。
そしていくら時計を見つめてみても凛が戻らない事に道隆の不安は大きく膨れ上がった。

もうこれ以上は待てないと社内を必死で探した。道隆の尋常ならざる様子にすれ違う人間全てが不思議そうに遠巻きに眺めていた。
誰彼構わず尋ね歩く事をしなかったのは大事にしたくないだろう凛の事を思う道隆なりの配慮であった。

いくつ目かの会議室の前に立つと中から人の話し声が聞こえてきた。
道隆は中の人に気づかれないようにドアを少しだけ開け、そっと中を窺ってみた。
4,5人の僅かに見覚えのあるΩらしき女たちと同期のα園田そのだが居た。凛は取り囲まれるようにして立っていた。
叩かれたのだろう頬を腫らし、口の端には血が滲んで見えた。
それを見た瞬間、道隆の目の前は真っ赤に染まった。
だが、そのまま出て行っても意味がない。言い逃れされてしまえば何の解決にもならず、ますます凛が嫌がらせを受ける可能性があったのだ。
そう考え、道隆はなんとか自分を抑えその場に留まった。

「山田、あんた生意気なのよ!あんたみたいななΩが三条様のアシスタントだなんてっ!さっさと辞めなさいよっ」

「そうよ!あんたがあの三条様のお傍にいるなんてわっ!」

そうヒステリックに叫ぶΩたち。

不細工なΩ?あんたごとき?あり得ない?
そう言うお前らの方がよっぽどあり得へんっ。
俺のアシスタントが次々と辞めていったんはコレが原因やったんか……っ。
こんなになるまで気づけへんとは――――っ!パートナーの事が大事やなんて口ばっかりやないかっ!
道隆の怒りのボルテージは上がり切っていて、いつ爆発してもおかしくないくらいになっていた。

凛はΩたちを睨みつけるだけで何も言わない。
Ωたちと凛の睨み合いが暫く続きどうしたものかと思っていると、園田が徐に口を開いた。

「――お前さ、三条のお気に入りなんだろう?どうやって誑し込んだんだよ。俺はΩたちこいつらと違って三条に恨みがあるんだよ。あいつは俺が喉から手が出る程欲しい出世の道をいともたやすく手放して笑ってやがるんだぜ?必死に欲しがってる俺をバカにしてると思わないか?だったらさ、あいつがバカにしてる俺がお前をにしたら――どうなるかな?それでも笑っていられると思うか?」

そう言ってにちゃりと笑った。

『番』という言葉に凛の喉はひゅっと鳴った。
凛が園田を好きだという事実はない。その存在すらも今さっき知ったくらいだ。だというのに番にという事は、無理矢理番うという事を意味している。
αは何人でも番を持つ事ができるがΩはひとりだけしか持つ事はできない。
その生涯のうちひとりだけ、唯一無二の存在。
凛は自分がΩである事を多少の不便さやいじけはあっても、本気で卑下した事など一度もなかった。だけど、今初めて自分がΩである事を心底情けないと思った。自分の意思とは無関係に力によってねじ伏せられてしまう存在だからだ。
どう頑張ってみてもαには敵わない。αのひと噛みですべてが決まってしまうのだ。今まで必死になって頑張ってきた事すべてが、全部無意味な物になってしまうのだ。
その事実を今更ながら思い知らされ、絶望と怯えの混じった瞳で園田の事を見つめた。


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