俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ

文字の大きさ
上 下
13 / 87
俺のかわいい婚約者さま

婚約者さま 番外編1 雨の日には

しおりを挟む
朝から雨が降っていた。ここ最近続く雨にみんなどこか憂鬱そうに浮かない顔をしている。
だけど僕は雨は嫌いではない。
思い出すのは8年前のあの日――。



*****
6歳だった僕は新しく買ってもらった長靴が嬉しくて、ひとりでこっそり散歩に出かけた。
ちゃぷちゃぷ、らんらん、雨の中を歩いている僕はまるで物語の主人公になったみたいで楽しくて、どこまででも歩いて行ける気がした。
それなのに突風に煽られて傘がどこかへ飛んで行ってしまい、僕の楽しくウキウキとした気分も一緒に飛ばされてしまった。
きょろきょろと辺りを見回してみるが、夢中で歩いていた為ここがどこか分からない。
容赦なく打ち付ける雨に僕はすぐに濡れネズミに早変わりだ。
助けを求めようにも誰もいないからできないし、子ども用の携帯も持って出なかった。
こんな事は初めてで、どうしていいのか分からなくなった。
さっきまで嬉しくて楽しくて雨はキラキラと輝いて見えて、毎日雨が降ればいいのになんて思っていたのに、今はとても心細くて不安で――――雨なんか……大嫌い…………。

「ふぇ……」

不安を我慢できなくて声をあげて泣こうとする寸前、どこからかか細い鳴き声のようなものが聞こえた気がした。
きょろきょろと辺りを見回すと、道の端に置かれた段ボールの中から聞こえてきたようだった。

中を覗くと、ずぶ濡れの小さな黒い仔猫が僕を見上げて「みーみー……」と力なく鳴いていた。

「猫しゃん猫しゃん、おげんきになって……?」

それはもしかしたら自分への言葉だったかもしれない。
雨の中ずぶ濡れの仔猫。助けてって全身で訴えてくる。
僕は恐る恐る仔猫を抱っこして何とか温めようと懐に入れた。

段々小さくなっていく鳴き声。励まし続ける事しかできないけど、もうそれも聞こえなくなって――不安ばかりが募っていく。
仔猫には僕しか頼れる人がいないんだから僕がしっかりしなきゃと思うのに、心細くて涙がどんどん瞳に溜まっていった。


―――すると突然影が差して、雨が止んだ。
違う。誰かが傘をさしかけてくれたんだ。
パパ? ママ?
顔を上げると大きなお兄さんが心配そうな顔で僕の事を見ていた。

「どうしたの……? 傘もささないで、風邪をひいてしまうよ?」

どこまでも優し気な瞳。それにどこか甘い匂いまでした。
お兄さんはすぐに鞄から大きなタオルを出してくれて僕を包んでくれた。仔猫はお兄さんの懐へ。
甘く優しい匂いに包まれてさっきまで感じていた不安はもうない。
あったかくて気持ちいい……。
僕もあの子みたいにお兄さんに抱っこされたらもっと気持ちいいんだろうな……。
じっと見つめていたものだからお兄さんは仔猫の事が不安で見つめているのだと勘違いしたようで。

「大丈夫だよ。この子は僕が病院に連れて行くから。キミはおうちの人が心配するから帰りなさい」

ゆっくりとした優しい声だった。

「猫しゃんだいじょうぶ?」

「うんうん」

その人の大きくて温かい手がゆっくりと僕の頭を撫でた。
思わずその手にすりすりと擦り寄ってしまった。
僕も猫だったら――――。



*****
僕が覚えているのはそこまでだ。
不安と緊張がお兄さんのおかげで一気に解けて眠ってしまったのだ。

目が覚めたら家の自分のベッドで寝ていた。両親に訊ねても僕がいなくなった事に慌てていてあの人に充分なお礼もせず、名前も連絡先も訊くのを忘れてしまったという事だった。
あの後何度か両親に強請ってあの場所に行ってみたけどあの人を見つける事はできなかった。
仔猫もどうなったのか――――。
いや、あの人の手に渡った時点であの子は幸せを掴んだんだ。きっと大丈夫。

あれから8年。いつまでも色褪せないあの人との記憶。
僕にはあの人といつかどこかの未来でまた繋がるのだという確信があった。
僕の『運命』

ああ、早くあの人に会いたい――――――。



-おわり-

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

激重感情の矢印は俺

NANiMO
BL
幼馴染みに好きな人がいると聞いて10年。 まさかその相手が自分だなんて思うはずなく。 ___ 短編BL練習作品

龍神様は大事な宝玉を昔無くしたらしい。その大事な宝玉、オートマタの俺の心臓なんですけど!?

ミクリ21 (新)
BL
オートマタの俺は、普通の人間みたいに考えたり喋ったり動く。 そんな俺の心臓はとある宝玉だ。 ある日、龍神様が大事な宝玉を昔無くしたから探しているとやってきた。 ……俺の心臓がその宝玉だけど、返す=俺終了のお知らせなので返せません!!

たしかなこと

大波小波
BL
 白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。  ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。  彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。  そんな彼が言うことには。 「すでに私たちは、恋人同士なのだから」  僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...