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俺のかわいい婚約者さま
婚約者さま 番外編1 雨の日には
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朝から雨が降っていた。ここ最近続く雨にみんなどこか憂鬱そうに浮かない顔をしている。
だけど僕は雨は嫌いではない。
思い出すのは8年前のあの日――。
*****
6歳だった僕は新しく買ってもらった長靴が嬉しくて、ひとりでこっそり散歩に出かけた。
ちゃぷちゃぷ、らんらん、雨の中を歩いている僕はまるで物語の主人公になったみたいで楽しくて、どこまででも歩いて行ける気がした。
それなのに突風に煽られて傘がどこかへ飛んで行ってしまい、僕の楽しくウキウキとした気分も一緒に飛ばされてしまった。
きょろきょろと辺りを見回してみるが、夢中で歩いていた為ここがどこか分からない。
容赦なく打ち付ける雨に僕はすぐに濡れネズミに早変わりだ。
助けを求めようにも誰もいないからできないし、子ども用の携帯も持って出なかった。
こんな事は初めてで、どうしていいのか分からなくなった。
さっきまで嬉しくて楽しくて雨はキラキラと輝いて見えて、毎日雨が降ればいいのになんて思っていたのに、今はとても心細くて不安で――――雨なんか……大嫌い…………。
「ふぇ……」
不安を我慢できなくて声をあげて泣こうとする寸前、どこからかか細い鳴き声のようなものが聞こえた気がした。
きょろきょろと辺りを見回すと、道の端に置かれた段ボールの中から聞こえてきたようだった。
中を覗くと、ずぶ濡れの小さな黒い仔猫が僕を見上げて「みーみー……」と力なく鳴いていた。
「猫しゃん猫しゃん、おげんきになって……?」
それはもしかしたら自分への言葉だったかもしれない。
雨の中ずぶ濡れの仔猫。助けてって全身で訴えてくる。
僕は恐る恐る仔猫を抱っこして何とか温めようと懐に入れた。
段々小さくなっていく鳴き声。励まし続ける事しかできないけど、もうそれも聞こえなくなって――不安ばかりが募っていく。
仔猫には僕しか頼れる人がいないんだから僕がしっかりしなきゃと思うのに、心細くて涙がどんどん瞳に溜まっていった。
―――すると突然影が差して、雨が止んだ。
違う。誰かが傘をさしかけてくれたんだ。
パパ? ママ?
顔を上げると大きなお兄さんが心配そうな顔で僕の事を見ていた。
「どうしたの……? 傘もささないで、風邪をひいてしまうよ?」
どこまでも優し気な瞳。それにどこか甘い匂いまでした。
お兄さんはすぐに鞄から大きなタオルを出してくれて僕を包んでくれた。仔猫はお兄さんの懐へ。
甘く優しい匂いに包まれてさっきまで感じていた不安はもうない。
あったかくて気持ちいい……。
僕もあの子みたいにお兄さんに抱っこされたらもっと気持ちいいんだろうな……。
じっと見つめていたものだからお兄さんは仔猫の事が不安で見つめているのだと勘違いしたようで。
「大丈夫だよ。この子は僕が病院に連れて行くから。キミはおうちの人が心配するから帰りなさい」
ゆっくりとした優しい声だった。
「猫しゃんだいじょうぶ?」
「うんうん」
その人の大きくて温かい手がゆっくりと僕の頭を撫でた。
思わずその手にすりすりと擦り寄ってしまった。
僕も猫だったら――――。
*****
僕が覚えているのはそこまでだ。
不安と緊張がお兄さんのおかげで一気に解けて眠ってしまったのだ。
目が覚めたら家の自分のベッドで寝ていた。両親に訊ねても僕がいなくなった事に慌てていてあの人に充分なお礼もせず、名前も連絡先も訊くのを忘れてしまったという事だった。
あの後何度か両親に強請ってあの場所に行ってみたけどあの人を見つける事はできなかった。
仔猫もどうなったのか――――。
いや、あの人の手に渡った時点であの子は幸せを掴んだんだ。きっと大丈夫。
あれから8年。いつまでも色褪せないあの人との記憶。
僕にはあの人といつかどこかの未来でまた繋がるのだという確信があった。
僕の『運命』
ああ、早くあの人に会いたい――――――。
-おわり-
だけど僕は雨は嫌いではない。
思い出すのは8年前のあの日――。
*****
6歳だった僕は新しく買ってもらった長靴が嬉しくて、ひとりでこっそり散歩に出かけた。
ちゃぷちゃぷ、らんらん、雨の中を歩いている僕はまるで物語の主人公になったみたいで楽しくて、どこまででも歩いて行ける気がした。
それなのに突風に煽られて傘がどこかへ飛んで行ってしまい、僕の楽しくウキウキとした気分も一緒に飛ばされてしまった。
きょろきょろと辺りを見回してみるが、夢中で歩いていた為ここがどこか分からない。
容赦なく打ち付ける雨に僕はすぐに濡れネズミに早変わりだ。
助けを求めようにも誰もいないからできないし、子ども用の携帯も持って出なかった。
こんな事は初めてで、どうしていいのか分からなくなった。
さっきまで嬉しくて楽しくて雨はキラキラと輝いて見えて、毎日雨が降ればいいのになんて思っていたのに、今はとても心細くて不安で――――雨なんか……大嫌い…………。
「ふぇ……」
不安を我慢できなくて声をあげて泣こうとする寸前、どこからかか細い鳴き声のようなものが聞こえた気がした。
きょろきょろと辺りを見回すと、道の端に置かれた段ボールの中から聞こえてきたようだった。
中を覗くと、ずぶ濡れの小さな黒い仔猫が僕を見上げて「みーみー……」と力なく鳴いていた。
「猫しゃん猫しゃん、おげんきになって……?」
それはもしかしたら自分への言葉だったかもしれない。
雨の中ずぶ濡れの仔猫。助けてって全身で訴えてくる。
僕は恐る恐る仔猫を抱っこして何とか温めようと懐に入れた。
段々小さくなっていく鳴き声。励まし続ける事しかできないけど、もうそれも聞こえなくなって――不安ばかりが募っていく。
仔猫には僕しか頼れる人がいないんだから僕がしっかりしなきゃと思うのに、心細くて涙がどんどん瞳に溜まっていった。
―――すると突然影が差して、雨が止んだ。
違う。誰かが傘をさしかけてくれたんだ。
パパ? ママ?
顔を上げると大きなお兄さんが心配そうな顔で僕の事を見ていた。
「どうしたの……? 傘もささないで、風邪をひいてしまうよ?」
どこまでも優し気な瞳。それにどこか甘い匂いまでした。
お兄さんはすぐに鞄から大きなタオルを出してくれて僕を包んでくれた。仔猫はお兄さんの懐へ。
甘く優しい匂いに包まれてさっきまで感じていた不安はもうない。
あったかくて気持ちいい……。
僕もあの子みたいにお兄さんに抱っこされたらもっと気持ちいいんだろうな……。
じっと見つめていたものだからお兄さんは仔猫の事が不安で見つめているのだと勘違いしたようで。
「大丈夫だよ。この子は僕が病院に連れて行くから。キミはおうちの人が心配するから帰りなさい」
ゆっくりとした優しい声だった。
「猫しゃんだいじょうぶ?」
「うんうん」
その人の大きくて温かい手がゆっくりと僕の頭を撫でた。
思わずその手にすりすりと擦り寄ってしまった。
僕も猫だったら――――。
*****
僕が覚えているのはそこまでだ。
不安と緊張がお兄さんのおかげで一気に解けて眠ってしまったのだ。
目が覚めたら家の自分のベッドで寝ていた。両親に訊ねても僕がいなくなった事に慌てていてあの人に充分なお礼もせず、名前も連絡先も訊くのを忘れてしまったという事だった。
あの後何度か両親に強請ってあの場所に行ってみたけどあの人を見つける事はできなかった。
仔猫もどうなったのか――――。
いや、あの人の手に渡った時点であの子は幸せを掴んだんだ。きっと大丈夫。
あれから8年。いつまでも色褪せないあの人との記憶。
僕にはあの人といつかどこかの未来でまた繋がるのだという確信があった。
僕の『運命』
ああ、早くあの人に会いたい――――――。
-おわり-
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