6 / 87
俺のかわいい婚約者さま
6
しおりを挟む
あの後もデートを重ね、何度も楓君を試すように楓君の『好き』を確認した。
その都度楓君は嫌な顔ひとつみせず「好きです」と真っすぐに伝えてくれた。
それでやっと少しだけ楓君の『好き』を信じてみようと思い始めた頃だった。
会社から帰ると自宅前に俯き佇む少年の姿を見つけた。辺りが暗くてこの距離からは顔までは確認する事ができない。だけど、うちに用事がある少年といえば楓君の事しか思い浮かばなくて、仕事での疲れが一瞬で癒され喜びに変わる。
小走りに近寄ると、気配に気づき顔を上げたのは全く知らない少年だった。
まだ成長途中の若木のような、だけどひと目でαと分かる風貌の楓君と同じ年ごろの少年。
それ以上近づけなくてピタリと足を止めた。
「えーと……?」
「あんたが薫さん?」
少年は俺の事を憎いとでもいうような鋭い視線で睨んでいて、全身で威嚇している。少しだけΩとしての本能が恐怖を覚える。
「――そう、だけど? キミは誰、かな?」
相手の正体が分からない以上弱みを見せてはいけない。声が震えてしまわないようにゆっくりとはっきりとした声で訊ねた。
「俺は一条遥。楓の幼馴染みで、将来結婚する約束をしている」
「――――え? キミは……α……でしょう?」
「だから何だよ!αだろうがΩだろうが関係ない! 俺は楓の事が好きなんだ! 他の事なんか知らない!」
少年、一条君の言葉に雷に打たれた気がした。
自分が一番言われたくなかった二次性での決めつけ。
Ωは綺麗で可愛くて小さくて守りたくなるような見た目じゃないといけない。
Ωはヒートがありそのフェロモンは香しく、どんな相手も魅了するものだ。
ΩはΩはΩは――――――。
どれも俺には当てはまらないもの。
それなのにαの楓君の相手はαではダメでΩでなくちゃいけないだなんて、そんな事言っちゃいけなかった、のに。
「お前となんか……本当は結婚したくないって言ってた。今、楓の家経済状態が苦しいからお金の為だって……愛してるのは俺だけ、だって……楓は……そう言ってた――」
一条君はそれだけ言うともっと何か言いたそうにしていたけど、それ以上は何も言う事なく帰って行った。
光り輝いていた世界が一瞬にして粉々に砕け散った気がした。
ああ、でもそれが一番しっくりくるな。
俺はΩであってもあの少年のように美しくもないし、自分に自信もない。
誰からも愛されない、求めてはもらえないΩなんだ。
たとえ一条君が言っている事が本当の事でなくてもそんな事は関係ない。最初から関係なかったんだ。
*****
その夜、俺は楓君に電話で別れを告げた。
本当は会って直接言った方がいいに決まってるけど、どうしても面と向かっては言える気がしなかったのだ。
平静を装い、静かに言葉を紡ぐ。
「大丈夫だよ。結婚なんかしなくてもキミのおうちへの援助はするし、キミは自由だ。本当に好きな相手と結婚したらいい。だから――だからね、この婚約はなかった事にしよう――」
「え? 薫さん??? どういう事ですかっ? 理由を……理由を教えてくださいっ!」
俺は何度も練習した台詞を一方的に伝えると通話を終え震える指でタン……タン……と画面をタップした。いくつ目かの操作の後、画面に浮かぶ『連絡先を削除しますか? YES/NO』の文字。
俺は唇を噛みしめゆっくりとYESに触れた――――――。
これでもう終わり――。
これから先、あの子が笑うその傍に俺はいない。堪えていた涙がポロリと零れ画面を濡らす。
諦める事なんて慣れっこになっていたのに俺の中で楓君の存在はこんなにも大きなものになっていたなんて――――。
悲しむな。寂しがるな。俺にそんな資格なんてない。
楓君との縁を切ったのは他でもないこの俺自身。
俺は元々結婚する事なんて諦めていたのにキミの『好き』に甘えて幸せな夢をみてしまった。
夢ならそろそろ覚めないと――。
楓君、俺はキミといられて本当に幸せだったよ。抱えきれない程の沢山の幸せをありがとう。
だからね楓君、俺の事なんて早く忘れてキミも幸せになって。キミが本当に愛する人と世界一幸せに……。
心からキミの幸せを願っているよ――。愛しい愛しい俺の天使……。
無理矢理笑顔を作ろうと口角を上げてみてもうまく笑えず、その頬を熱い物がいつまでも流れ続けていた。
その都度楓君は嫌な顔ひとつみせず「好きです」と真っすぐに伝えてくれた。
それでやっと少しだけ楓君の『好き』を信じてみようと思い始めた頃だった。
会社から帰ると自宅前に俯き佇む少年の姿を見つけた。辺りが暗くてこの距離からは顔までは確認する事ができない。だけど、うちに用事がある少年といえば楓君の事しか思い浮かばなくて、仕事での疲れが一瞬で癒され喜びに変わる。
小走りに近寄ると、気配に気づき顔を上げたのは全く知らない少年だった。
まだ成長途中の若木のような、だけどひと目でαと分かる風貌の楓君と同じ年ごろの少年。
それ以上近づけなくてピタリと足を止めた。
「えーと……?」
「あんたが薫さん?」
少年は俺の事を憎いとでもいうような鋭い視線で睨んでいて、全身で威嚇している。少しだけΩとしての本能が恐怖を覚える。
「――そう、だけど? キミは誰、かな?」
相手の正体が分からない以上弱みを見せてはいけない。声が震えてしまわないようにゆっくりとはっきりとした声で訊ねた。
「俺は一条遥。楓の幼馴染みで、将来結婚する約束をしている」
「――――え? キミは……α……でしょう?」
「だから何だよ!αだろうがΩだろうが関係ない! 俺は楓の事が好きなんだ! 他の事なんか知らない!」
少年、一条君の言葉に雷に打たれた気がした。
自分が一番言われたくなかった二次性での決めつけ。
Ωは綺麗で可愛くて小さくて守りたくなるような見た目じゃないといけない。
Ωはヒートがありそのフェロモンは香しく、どんな相手も魅了するものだ。
ΩはΩはΩは――――――。
どれも俺には当てはまらないもの。
それなのにαの楓君の相手はαではダメでΩでなくちゃいけないだなんて、そんな事言っちゃいけなかった、のに。
「お前となんか……本当は結婚したくないって言ってた。今、楓の家経済状態が苦しいからお金の為だって……愛してるのは俺だけ、だって……楓は……そう言ってた――」
一条君はそれだけ言うともっと何か言いたそうにしていたけど、それ以上は何も言う事なく帰って行った。
光り輝いていた世界が一瞬にして粉々に砕け散った気がした。
ああ、でもそれが一番しっくりくるな。
俺はΩであってもあの少年のように美しくもないし、自分に自信もない。
誰からも愛されない、求めてはもらえないΩなんだ。
たとえ一条君が言っている事が本当の事でなくてもそんな事は関係ない。最初から関係なかったんだ。
*****
その夜、俺は楓君に電話で別れを告げた。
本当は会って直接言った方がいいに決まってるけど、どうしても面と向かっては言える気がしなかったのだ。
平静を装い、静かに言葉を紡ぐ。
「大丈夫だよ。結婚なんかしなくてもキミのおうちへの援助はするし、キミは自由だ。本当に好きな相手と結婚したらいい。だから――だからね、この婚約はなかった事にしよう――」
「え? 薫さん??? どういう事ですかっ? 理由を……理由を教えてくださいっ!」
俺は何度も練習した台詞を一方的に伝えると通話を終え震える指でタン……タン……と画面をタップした。いくつ目かの操作の後、画面に浮かぶ『連絡先を削除しますか? YES/NO』の文字。
俺は唇を噛みしめゆっくりとYESに触れた――――――。
これでもう終わり――。
これから先、あの子が笑うその傍に俺はいない。堪えていた涙がポロリと零れ画面を濡らす。
諦める事なんて慣れっこになっていたのに俺の中で楓君の存在はこんなにも大きなものになっていたなんて――――。
悲しむな。寂しがるな。俺にそんな資格なんてない。
楓君との縁を切ったのは他でもないこの俺自身。
俺は元々結婚する事なんて諦めていたのにキミの『好き』に甘えて幸せな夢をみてしまった。
夢ならそろそろ覚めないと――。
楓君、俺はキミといられて本当に幸せだったよ。抱えきれない程の沢山の幸せをありがとう。
だからね楓君、俺の事なんて早く忘れてキミも幸せになって。キミが本当に愛する人と世界一幸せに……。
心からキミの幸せを願っているよ――。愛しい愛しい俺の天使……。
無理矢理笑顔を作ろうと口角を上げてみてもうまく笑えず、その頬を熱い物がいつまでも流れ続けていた。
0
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

金色の恋と愛とが降ってくる
鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。
引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で
オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。
二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に
転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。
初のアルファの後輩は初日に遅刻。
やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。
転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。
オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。
途中主人公がちょっと不憫です。
性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。


たしかなこと
大波小波
BL
白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。
ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。
彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。
そんな彼が言うことには。
「すでに私たちは、恋人同士なのだから」
僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。
N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ
※オメガバース設定をお借りしています。
※素人作品です。温かな目でご覧ください。
表紙絵
⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる