恋の賞味期限はいつですか?

ハリネズミ

文字の大きさ
上 下
15 / 15

しおりを挟む
「紫央は俺より年下で、天使みたいに可愛くて――」

「え? いやいや、ちょっと待って? 何の話? 天使って? 俺もうこんなでっかいし、天使とは程遠くない??」

「そんな事ない。俺にとって紫央は多分年とってしわしわになっても天使なんだと思う」

 大真面目にそんな事を言い、穏やかに笑う千歳くんに真っ赤になりながらも「えー?」って思う。

「でさ、天使を俺が穢しちゃダメだって思ったんだよ。昔……紫央が生クリームたっぷりのシュークリームを食べてる時に……べちゃって――顔中クリームが飛び散ってさ……」

 そういえばそんな事もあったな、と思う。
 顔中についたクリームを舐めてって千歳くんにお願いしたけど、真っ赤な顔で拒否られて悲しかった記憶。
 ――ん? 待てよ。そういえばその頃から千歳くんの様子がおかしかったような……?

 苦笑する千歳くん。

「それがさ……アレに見えちゃって――」

「アレ?」

「う、ん……。当時クラスの男子が、その……そういう事に興味があるのか……色々と……その……」

 歯切れも悪く話しにくそうに話す千歳くん。最初は何の事を言っているのか分からなかったけど、千歳くんの真っ赤な顔でピンとくるものがあった。

「――あぁ、……むぐぐ」

 急いで口を両手で塞がれて最後まで言う事ができなかった。

「な、な、な、な、な、何を言いだすのかな???」

 えー? 話を出したのは千歳くんなのに理不尽だ。
 俺はある事を思いつきにやりと笑う。ちょっとした悪戯だ。

 俺の口を塞いだままの千歳くんの手の平をぺろりと舐めた。ん、甘い。
 声にならない悲鳴を上げて千歳くんは勢いよく両手を後ろに隠した。

「ふっ。千歳くんの方が天使じゃん。俺こんなだよ?」

 少し恥ずかしかったけど、ズボンの上からでもはっきりと分かる自分の兆してしまった下半身を示す。
 千歳くんの『好き』に、千歳くんとの少しの触れ合いに、すぐにこんな風になっちゃうのに、そんな俺を穢すの穢さないのと何言ってるのって話だよね。

「千歳くんの言いたい事はだいたい分かった。つまりは天使の俺を自分の欲望で穢してしまわないように離れようとしたって事? 好きなのに?」

「ああ……。好きだからこそ紫央の傍にはいられないって思ってわざと遠くの学校にいったり留学したり……修行したりした。けどダメだったんだ。紫央の事が好き過ぎて、紫央も成長した今ならって思うのに5年も経って今更返事して「もう他に恋人がいるよ」なんて事言われたくなくて、だから返事もできずに……隣りのお兄さんとしてでいいから傍にいようと――」

 ああこれが千歳くんの本心なんだ。今までのはパティシエの千歳くんが作った飴かなんかでガチガチにコーティングされた見せかけの心だったんだ。
 ほーんと、何て凄腕パティシエなんだ――。

「――……くん」

 俺はわざと昔みたいに千歳くんの事を呼んだ。

「俺はどんなちとくんの事もずっと好きだし、嫌いになんかなりっこない。ちとくんからなら何をされたっていいし、穢すだなんて思わないで? ちとくんにとって俺が天使だとしたら俺にとっての天使はちとくんだから。俺が何かしたらちとくんの事を穢す事になるの?」

 「違うっ!」と慌てた様子で顔を真っ赤にしてぶんぶんと頭を思い切り振る千歳くん。
 ああもうそんなに振ったら髪が乱れちゃうよ? 本当に可愛いんだから。
 愛しい人の可愛い様子に目を細め、千歳くんの乱れてしまった髪を優しく撫でつけながら思う。

 千歳くんの話を聞いて、色々と言いたい事は山ほどあった。
 俺だって精通してからずっと千歳くんの言葉を借りれば、千歳くんの事を穢し続けていた。でもさ、それって普通の事じゃん? 俺は罪悪感なんてこれっぽっちも抱かなかったよ。好きなんだから当たり前の事だと思ってたし、いつか現実でもそうなりたいって思ってたから。

 真っすぐで不器用で、きっちりとしていないと嫌だけど俺の事はそうできなかった千歳くん。
 俺がもっと大人だったらよかったのかな? でもそんな事今更だし、重要なのはこれからだ。

「だからさ、もうごちゃごちゃと考えるのは止めて――ねぇ、俺と恋をしてみない? もう充分寝かしたでしょう? さっきくれたクッキーみたいにほろ苦くて、いい事ばかりじゃないかもしれないけど、それでも美味しいって思えるよ。ふたりならきっとね。――ちとくん、好きだよ」

 少し驚いた顔をして、すぐに千歳くんは笑顔で頷いてくれた。


 そうあの失敗作のクッキーもさっきのクッキーも同じ。ふたりで食べたならすごくすごく美味しいと思えた。

 長く寝かされた恋が、今やっと形になったのだ。

 恋に賞味期限なんかない。それが俺の結論。

 たとえ味を変える事があるとしても俺たちの恋は美味しいままなんだ。ずっとずーっと。


*****

 追記:ちとくんが生クリームを使ったお菓子を作れなかったのは、生クリームがを連想させて罪悪感を覚えるからだと分かった。
 実際俺とそういう事をするようになって段々慣らしていって、色を変えた生クリームならなんとか使えるようになったんだけど、それでも時々耳まで真っ赤にさせているのを見ると、どうしてやろうかと口元がにやけてしまうのは許して欲しい。
 やっぱり誰がなんと言おうと、天使なのはちとくんだよ。


 そしてお店の事。ふたりで考えた生クリームを使った新作は、シュークリームにほろ苦いクッキーで作った羽根を飾って天使を模した物だ。

 『aimer de l'ange天使の恋』、ほろ苦くも甘い俺たちの恋。



 追記の追記:ルイはあれからすぐに新しい恋を探すんだってフランスに帰って行った。勿論そんなのはルイの嘘だって分かってるけど、俺たちはその嘘が本当になって、ルイが新しい素敵な恋を見つけられますようにと願わずにはいられなかった。
 ルイの恋が美味しく焼けますように。



-終わり-
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

俺のかわいい婚約者さま リメイク版

ハリネズミ
BL
『俺のかわいい婚約者さま』 及川薫28歳は、見た目がごつくお見合い相手さえみつからない熊のような容姿の男性Ωである。 「薫!お前に婚約者ができたぞ!」 いくらお見合い話を打診してみても見合いの席にすら着く事もできなかったこの10年。なのに婚約者ができた? 混乱状態のままの薫の元に現れたのは――14歳の天使だった。 🌸かわいい〇〇さまシリーズ🌸纏めていきます。 『俺のかわいい婚約者さま』『俺のかわいい幼馴染さま』 『僕のかわいいこぐまさま』『もう少しだけ待っていて』 『俺のかわいい婚約者さま・続』

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。 【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】 ※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。 ※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。 ※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。 ※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。

【完結】冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさないっ

北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。 ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。 四歳である今はまだ従者ではない。 死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった?? 十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。 こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう! そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!? クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...